首位ベレーザの背中を捉えるのは、どのチームか。拮抗した試合で輝いた仙台と長野のチーム力(1)
試合後、記者会見場に現れたマイナビベガルタ仙台レディース(以下:仙台)の越後和男監督は視線を落とし、数秒間の沈黙の後、静かに口を開いた。
「(後半アディショナルタイムに同点に追いつかれて)ショックが大きいですね。ただ、選手は最後まで頑張ってくれたと思います」(越後監督/仙台)
仙台が掴みかけていた勝利は、後半アディショナルタイムにするりとこぼれ落ちた。
歓喜と絶望感がピッチ上に交錯したその瞬間をあっさりと過去のものにしてしまわないように、ゆっくりとした口調で、越後監督は続けた。
「(1-0で)逃げ切れるかな、と感じた時点で、僕に隙があったのだろうと思います」(越後監督/仙台)
拮抗した試合では、「ちょっとした油断」や、「ほんのわずかな隙」で勝負は決まってしまう。その「油断」や「隙」をコントロールするのはとても難しく、ましてや、ハードなゲームで体力の全てを出し尽くした後半アディショナルタイムは、気持ちに体がついていかない場面も出てくるだろう。
しかし、それは相手も同じ条件である。
AC長野パルセイロ・レディース(以下:長野)は負けている状況で、仙台が逃げ切ることを計算して守備を固めたゴールをこじ開けるには、かなり困難な状況だった。
しかし、最後まで諦めない信念とハードワークが、それを可能にした。
値千金の同点弾を決めた長野のMF國澤志乃は、そのゴールを次のように振り返った。
「五嶋(京香)が(シュートを)打って、キーパーが弾いたボールをヘディングでシュートしました。そこで、(相手の)キーパーとディフェンダーが重なったところに内山(智代)が飛び込んで潰れてくれたから、こぼれてきたボールを押し込むことができました。最後まで諦めないみんなの頑張りがゴールにつながったと思います」(國澤/長野)
【ともに3連勝で迎えた上位対決】
なでしこリーグは5月27日(土)と28日(日)に各地で第10節が行われた。
先週の第9節を終えて、順位は、首位の日テレ・ベレーザから5位の浦和レッズレディースまでが勝ち点4差にひしめく混戦になっており、2位の長野と4位の仙台は共に勝ち点「17」で並んでいた。また、両チームは首位の日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)を勝ち点「3」差で追っており、共に3連勝中と、勢いを持ってこの試合を迎えた。
試合は縦に速い攻撃を持ち味とする両チームが良さを出し合い、前半は拮抗した。
1対1に強い選手が多いのも、両チームに共通する特徴である。4-4-2のシステムで、各ポジションのマッチアップでは球際の激しい攻防が見られた。
仙台の越後監督は、前半の狙いについて、以下のように語った。
「(長野は)似たようなタイプのチームなので、どちらがカウンターの精度が高いかがポイントになると思っていました」(越後監督/仙台)
仙台はFWケイトリン・フォードとFW浜田遥が2トップを形成し、積極的にロングボールで2人を活かすチームの共通意識が見られた。
しかし、長野は高いラインを保ちながら、仙台のロングボールに対しては素早くディフェンスラインを下げて対応。センターバックのDF坂本理保とDF木下栞、ボランチのMF齊藤あかねとMF國澤が仙台のフォードと浜田を包囲して、仙台のカウンター攻撃の迫力を半減させた。
また、選手間の距離が遠い仙台に対し、長野はよりコンパクトな陣形で、縦に速い攻撃を意識しつつも、丁寧につないで崩す攻撃の幅も見せた。
長野の本田美登里監督も、拮抗したゲームになることは予測していたという。
「お互いに辛抱して1点ゲームになることは想定内でした。その中で大きなミスをしないこと、90分間のうちに必ずチャンスは来るから、そのチャンスを絶対に逃さないようにしようと選手に伝えました。ガマン比べになるということは選手たちも想定内だったと思います」(本田監督/長野)
しかし、長野の得点源で、攻撃の起点になるFW横山久美に対し、仙台は徹底した対策を取っていた。
横山がボールを持つと、まずセンターバックのDF市瀬菜々とDF北原佳奈のどちらかが素早く寄せて攻撃を遅らせ、その間に戻ったボランチのMF佐々木繭とMFカトリーナ・ゴリーが背後から挟み込んでボールを奪う。横山は力強いドリブルで1人、2人とかわしたプレーもあったが、多くの場面では四方からじわじわと囲まれて選択肢を狭められ、周囲のサポートを活かせずボールを絡め取られて、仙台のカウンターを見送る羽目になった。
前半6分、仙台はGKブリトニー・キャメロンのゴールキックを、長野陣内中央で浜田がヘディングで後ろに反らすと、MFカトリーナ・ゴリーが抜け出してすかさずミドルシュートを打った。このシュートは、GK望月ありさが右に倒れこみながら弾いた。
16分、仙台はカウンターから、右サイドハーフのMF安本紗和子の縦パスを右サイドのタッチライン際で浜田が受け、ペナルティエリア右隅からニアサイドを狙って打ったが、クロスバーの上に外れた。
さらに仙台は20分、フォードが左サイドをドリブルで突破してチャンスメイク。最後はゴリーが中に入れたパスを、佐々木がペナルティエリア手前から走りこんでダイレクトで打ったが、シュートはバーを豪快に越えてしまった。
一方、長野は28分、中央で左サイドハーフのMF野口彩佳が縦に入れたボールを國澤がスルー。背後で受けた横山からリターンを受けた國澤が、ペナルティアーク付近から弾道の低い左足のシュートでゴールを狙ったが、GKブリトニーの正面へ。
さらに、長野は36分には坂本からのロングフィードをペナルティエリアの右隅で受けたFW泊志穂が角度のない位置からシュートを打ったが、このシュートもGKブリトニーが難なくキャッチ。
45分、仙台はDF坂井優紀が右サイドをオーバーラップしてゴール前にライナー性のクロスを上げると、一度はクリアされたが、こぼれ玉を拾った安本がペナルティエリアの外で左足に持ち替えてミドルシュート。しかし、このシュートも枠の上に浮いてしまった。
両チームとも、決定機を確実にゴールを決めきれずに、0-0で後半を迎えた。
【浜田の先制ゴール、國澤の同点弾】
試合は、後半開始早々の47分に動いた。
仙台は46分に安本と左サイドバックのDF万屋美穂が立て続けに長野のゴール前に精度の高いクロスを入れてチャンスを演出すると、一気に流れを呼び込んだ。
そして、その1分後の47分には、GKブリトニーの飛距離のあるゴールキックに、長野陣内中央で浜田が高さを活かして競り勝ち、前線のフォードにパスを送った。フォードはボールを収めると、すかさずゴール前に走りこんだ浜田に浮き玉でパス。スピードに乗った浜田は、ペナルティアーク付近からダイレクトで右足を一閃。ゴール左隅にシュートを突き刺し、仙台が先制に成功した。
「ケイト(ケイトリン・フォード)は相手にとって脅威ですけれど、自分はそうでもないので、ケイトを活かすためにできることをやりたい」(浜田/仙台)
と、謙遜する浜田だが、フォードとの2トップのコンビネーションが相手の脅威になることを示したゴールでもあった。
その後は、前がかりになって攻め急ぐ長野に対し、仙台はピッチを広く使うことで精度の高いカウンターを浴びせ、試合の主導権を握った。
仙台は先制した余裕から、縦への早い攻めだけに執着せず、中盤でビルドアップしながらボールをつなぎ、長野のディフェンス網を効果的に崩してチャンスの数を増やしていった。
そんな中、長野は2トップの泊と横山以外の9人が自陣のゴール前にブロックを作って仙台の攻撃に耐えると、65分に左サイドハーフの野口に変わって同ポジションにMF内山智代を投入。75分には、トップの泊に代えてFW山崎円美を投入した。
横山は相変わらず仙台の執拗なマークに苦しんでいたが、フレッシュな2人が入ったことで前線が活性化。仙台のマークが分散することで長野が押し込む場面が増え、形勢が逆転した。
79分には横山がペナルティエリアの外で鋭い切り返しから2人をかわし、左足でミドルシュートを放ったが、シュートはGKブリトニーの正面に飛んでしまった。
仙台の越後監督は、85分過ぎに一気に3人の交代カードを切った。
まず、85分にトップの浜田を下げて同ポジションにFW西川明花を投入し、ボランチのゴリーを下げて同ポジションにMF岸川奈津希を投入。88分には、左サイドバックの万屋のポジションにDF三橋眞奈を投入した。
ラストの10分あまり、ゴール前で分厚い守備を形成して逃げ切りを図りつつ、隙あらばカウンターを狙った仙台。
だが、その仙台が最後の最後で見せたわずかな守備のほころびを、長野は見逃さなかった。
電光掲示板に3分と表示された後半アディショナルタイムに突入してまもなく、長野は両サイドバックを含めた全選手が上がって総攻撃を仕掛けた。
すると、DF五嶋京香が25m以上あろうかというゴール正面からミドルシュートを放つ。ゴール前では死角になっていたのか、仙台のGKブリトニーはこれを、ギリギリで手を出してパンチング。ボールは真上に高く上がった。
それを、ゴール前、落下地点にいち早く入っていた國澤がヘディングでゴールを狙った。その瞬間、仙台も2人が飛び込んでシュートをブロック。そして、交代で入った長野のMF内山がそのせめぎ合いの真っ只中に勇気を持って飛び込んで、交錯したことでボールがこぼれ、これを再び國澤が、今度は右足で押し込むと、ボールは静かにゴールラインを割った。
ゴールの瞬間、何人かがゴール前にもつれて倒れこんでいたため、スタンドからは何が起きたのか分からず、スタジアムは一瞬、騒然としたが、直後に長野の同点ゴールを認める笛が吹かれた。
長野の同点ゴールが決まった後、間もなく試合終了のホイッスルが鳴った。勝利を手中に収めかけていた仙台は、この試合にかける長野の執念に苦しめられ、試合は痛み分けのドローで幕を閉じた。
第10節を終えて、長野は勝ち点18で3位、仙台は同勝ち点ながら、得失点差で4位になり、リーグ中断期間を迎えることになった。