国内リーグ、インフラ、そして育成 未知の国・キルギスのサッカー事情
本日(11月14日)、キルギスの首都ビシュケクで開催されるワールドカップ・アジア2次予選。日本がアウェーで対戦するキルギスは、現在グループ2位につけており、最新のFIFAランキングでも29位の日本に最も近い94位となっている。だがランキング以前に、国内リーグやインフラや育成事情などを比較しても、日本とキルギスの力の差は明らかである。
キルギス代表については昨年11月の対戦時に、宇都宮徹壱ウェブマガジンでこのような記事を掲載している。あれからちょうど1年が経過したが、それほど大きな変化はなさそうだ。本稿では対戦相手のキルギスについて、あえて戦力分析ではなく、同国のサッカーをめぐる現状をお伝えする。今夜の試合観戦の一助になれば幸いだ。
■「プレミア」とは名ばかりの国内リーグ
今回の日本代表で、キルギスの人々が最も注目しているのは中島翔哉なのかもしれない。FCポルトへの移籍金が1200万ユーロ(約14億4000万円)と報じられた時、現地では「国内リーグの全選手の年俸をかき集めても10分の1にしかならない」ことが話題になったからだ。
キルギスの国内リーグは今年から「キルギス・プレミアリーグ」に名称変更されている。8チームが所属し、4回戦総当りのリーグ戦でチャンピオンを決定。ここ8シーズンは、ドルドイ・ビシュケクとアライ・オシュによるタイトル寡占状態が続いている。
もっとも、キルギスの「プレミア」は名ばかりのものである。入場料は何と無料。理由は明らかにされていないが、現地在住の友人いわく「有料にすると貧しい人が来なくなるからでしょう」。加えてTV中継もなし。現在はYouTubeによる配信のみで、来年からようやく地上波での放送が始まるそうだ。
入場料収入もなければ放映権収入もない。ならば、どうやってリーグ運営を維持しているのか。プレミアリーグのチェアマン、ヌルベック・アタハノフ氏は、スポンサー収入だけが頼りであることを明かした。
「キルギスにはカザフスタンのような天然資源はないし、ウズベキスタンやタジキスタンのように国家からのサポートも受けられない状況だ。われわれのリーグは、志のあるビジネスマンたちの情熱によって支えられている」
ちなみにチェアマン自身も、もともとは現地で最も有名な飲料メーカー『ショロ』の経営者。リーグの大口スポンサーだったことがきっかけで、リーグ経営のトップに迎え入れられたという。今後は新たなビジネスモデルを模索するそうだが、真の意味での「プレミア」への道は、まだまだ遠いと言わざるを得ない。
■旧ソ連時代の施設が今も使用される事情
試合の2日前、会場のドレン・オムラザコフ・スタジアムを訪れてみた。予想したとおり、旧ソ連様式の古めかしい施設。オープンが第二次世界大戦中の1941年、最後に改修されたのも63年というから老朽化が著しい。芝の管理もずさんで、地面が露出した部分には緑色のペンキが吹き付けられていた。
どんなにドレン・オムラザコフが旧態依然で、ピッチ状態が劣悪であっても、ここ以外に国際Aマッチを開催できるスタジアムは国内に存在しない。最初は「ドルドイのスタジアムでやればいいのに」と思っていたが、日本代表がトレーニングで使用していた何の変哲もないピッチが、実は「スタジアム」だと知って愕然とした。裕福とされるドルドイでさえこの有り様なのだから、他のクラブのインフラは推して知るべし。
余談ながら、今回の試合は「無観客試合になるかもしれない」という情報があった。10月10日のホームでのミャンマー戦で、観客がピッチに入り込んだことがFIFAに問題視されたからだ。現地で確認したところ、観客は選手とツーショット写真を撮ろうとしたらしい。入場無料でセキュリティーも緩く、練習場のような施設での試合観戦が常態化した、キルギスならではのハプニングと言えよう。
キルギスの著名なスポーツジャーナリストであるタヒール・ガファロフ氏に、スポーツインフラをめぐる厳しい現状について意見を聞いた。ガファロフ氏は、旧ソ連時代と比較しながら、このようにコメントしている。
「ソ連時代は各共和国のインフラ整備に熱心だったが、今のキルギス政府にはスポーツにお金を回す余裕がない。それだけ貧しいということだ。それでもソ連時代より、キルギスの代表として国際大会に出場できる今のほうがいい。昔は、まず市や州の代表になり、共和国の代表になり、そこからソ連代表を目指した。五輪で金メダルを獲るよりも難しかったんだよ(笑)」
なおガファロフ氏によれば、このほど大統領令により、ビシュケク郊外にスポーツコンプレックスを作るための土地が確保されたという。とはいえ、施設を作るための資金調達は、国ではなく民間に委ねられることになる。こちらも気の長い話になりそうだが、かすかな光明と言えるかもしれない。
■国内リーグに関心がないキルギスの子供たち
最後に、キルギスの育成事情について見ておきたい。話を聞いたのは青年海外協力隊のスタッフとして、現地の子供たちにサッカーを教えている飯田悠介氏。飯田氏によれば、育成現場の環境は「むしろ日本より恵まれているかもしれない」とのこと。特に人工芝のフットサルコートは、地方でもあちこちで見かけるそうだ。そこでは、どんな指導が行われているのだろうか。
「ドルドイの育成現場を見ましたが、入団テストがないのでレベル差が著しかったですね。『お金さえ払えば来る者は拒まず』という感じで、3〜40人くらいの子供たちを1人のコーチが見ていました。指導メソッドに関しては、そんなに古さは感じないです。バレーボールなんかだと、数十年前のトレーニング方法をいまだに続けていたりしていますから」
指導してみて驚かされたのは、現地の子供たちがとにかくアグレッシブなこと。フィジカルコンタクトをいとわず、熱くなりすぎてゲーム中に殴り合いになることも珍しくないという。「先祖が遊牧民だからか、子供でも戦う気満々なんですよね(苦笑)。最初は戸惑いましたよ」と飯田氏。そしてこう続ける。
「この国の子供たちは、基本的にサッカーが大好きですね。どこへ行っても、ボールを蹴っている姿を見かけますし。ただし国内リーグの選手には、ほとんど関心を示さないんですよ。『憧れの選手は?』って聞くと、いきなりメッシやロナウドになってしまう(笑)。おそらくTVで国内リーグが見られないからでしょうね。こっちで『プレミア』と言えば、イングランドかロシアですから」
国内リーグは「プレミア」を名乗るもののビジネスとして成立しておらず、インフラは旧ソ連時代のものが今も使用され、育成環境はいちおう機能しているものの子供たちは自国の選手に関心がない。キルギスのサッカー事情をまとめると、このようになる。そんな中、ビシュケクで行われる日本との対戦は、何かが変わるきっかけとなるかもしれない。
ひとつ前例がある。4年前の2015年6月16日、ビシュケクで行われたワールドカップ・アジア2次予選の対オーストラリア戦。この試合は、史上最多となる1万8000人もの観客を集め、キルギスの代表人気に火を点けることとなった。今回、初めて日本代表をホームに迎えることで、新たな刺激がこの国のサッカー界にもたらされる可能性は十分に考えられる。そんな期待を抱きながら、試合会場に向かうことにしよう。
<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>