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【エイジテック革命】第9回 AIによる健康リスク予測技術の進化

斉藤徹超高齢未来観測所
ヘルスデータがあなたの健康リスクを予測する(写真:アフロ)

健康リスク予測技術の進化

超高齢化社会の課題を解決に導くさまざまなエイジテックの中で、最も注目すべき技術のひとつが「健康リスク予測」です。日々の健康状態をデータで解析し、異常が実際に発生する前に予兆を告知する。年1度の健康診断や、自覚症状でしか得ることの出来なかった病気の予兆が、各種バイタル・データのモニタリングと解析を通じて、日常的に得ることができるようになりました。これにより、重篤化する前にリスクを予測し、軽減することが可能となったのです。

こうした健康予測を可能にするのが、バイタル・センサーやAI(人工知能)による機械学習です。過去に収集されたデータや日常活動で収集されたヘルスデータを教師データとして機械学習を行うことで、起こり得るさまざまなリスクを予測することが可能となります。転倒リスク、健康異常リスク、認知症リスクなど、高齢者特有のリスクをAI活用することにより、予知することができる技術が現在複数生まれています。

こうした技術の代表事例を今回はご紹介しましょう。

転倒リスクを事前に予知するバランス測定器 ジブリオ(ZIBRIO)

画像提供:ジブリオ(ZIBRIO)
画像提供:ジブリオ(ZIBRIO)

高齢期に要介護状態にならないためのひとつに挙げられるのが、転倒リスクを避けることです。足の筋力が弱まるとちょっとしたことでつまずきやすくなります。「骨折・転倒」は女性が要介護となる理由の3位を占めています。

テキサス州ヒューストンのテキサス・メディカル・センター(Texas Medical Center)で活動するメンバーを中心に開発されたジブリオ(ZIBRIO)は、自分の身体バランスを測定することができる測定器です。

測定の仕方は極めて簡単です。体重計のような形状のジブリオに乗り、1分間じっと静止しているだけです。しかし実際には動くことなく60秒間立ち続けるのは、実は極めて困難な作業です。よほど体幹が強い人でない限り、人は直立を保つために、体のバランス調整を行っています。

ジブリオは、そうした身体がバランスを取ろうとする圧力変化の動きを全て測定します。深層学習データを適用し、ユーザーの姿勢制御における安定性と不安定性のパターンを識別し、10点満点のバランススコアとして算出します。そして、ユーザーが今後12か月間に転倒するかどうかの可能性を予測するのです。

バランススコアを算出する技術は、特許を取得したBrioCoreテクノロジーに基づいており、宇宙飛行士やアスリート、高齢者などを対象に15年間にわたり蓄積されてきた研究成果がベースとなっています。

簡単に客観データとして見ることが可能となることで、自分の身体バランスが低下しているのか、バランスエクササイズの効果が出ているのかを知ることができます。理学療法士なども、臨床の場においてクライエントの状態を把握することができることで、的確なトレーニング指導を行うことができるようになるのです。

ジブリオ・チームのCEO、キャサリン・フォースは、運動制御の博士号を持ち、NASAで博士号取得後の研究を行った姿勢の安定性に関する専門家です。彼女は、2014年から、高齢者に関するバランスの研究を始め、その後シードラウンド資金を調達することで、研究にさらなる厚みが加わりました。2019年にはサウス・バイ・サウスウエストのピッチコンテスト、ヘルス&ウェアラブル部門、NASAピッチでファイナリストに選出され、2020年にはAARP のイノベーション・ラボのグランド・ピッチ・ファイナルで優勝を果たしています。

高齢者の健康リスクをいち早く感知する携帯端末 テンポ(Tempo)

画像提供:ケア_プレディクト
画像提供:ケア_プレディクト

ケア・プレディクト(Care Predict)が提供するのは、高齢者の健康状態を監視し、リスク予防につながるアラートを提供する腕時計型のウエアラブル端末、テンポ(Tempo)です。

一般に年齢が高くなるほど、日々の健康コンディションは不安定になります。日常のちょっとした変化に気づけないことが、その後の健康悪化につながってしまう場合もあります。テンポはこうした高齢者の日常行動パターンを常にモニタリングし、健康状態の低下の兆候に気づき、早期介入を図り、予防につなげることを目的としています。

例えば、高齢者がうつ状態になる場合、数日前から、落ち着かない睡眠パターン、衛生状態の悪化、食事パターンの変化などが見られるようになります。テンポは、この微妙な変化を検出し、健康状態の悪化を予測します。

搭載されているリモートセンシング技術を使い、食事、歩行、位置情報、活動レベル、睡眠時間、睡眠の質、料理、入浴、食事時間などの情報をテンポは常時収集します。継続的に収集されたこれらの情報は深層学習システムで解析され、高齢者の行動パターンを学習し、パターン変化を検出します。得られた予測と警告は、ブラウザやスマートデバイス上で自動化されたデジタルダッシュボードを通じ、ウェルネス・インサイトとして介護者に提供されるのです。

こうしたテクノロジー活用により、転倒、栄養失調、うつ、セルフネグレクト、栄養失調、尿路結石といった深刻なリスクを引き起こす前の小さな変化に気づき、早期に注意を払うことができるのです。実際にこれを使うことで、尿路感染症を臨床診断より最大3.7日早く、うつを実診断よりも2週間早く予想できたそうです。

一般家庭での使用も一部始まっていますが、主にテンポが使用されているのは介護施設です。転倒情報を含むすべての注意アラートをスタッフにプッシュ送信することで、問題が深刻化する前に発見することができるようになります。また双方向マイクが内蔵されており、高齢者が必要なときにいつでも助けを求めることもできます。さらにドアキーとして、これを使うことも可能です。

会話を通じて健康リスクを予知するAIボット マイ・エレノア(MyEleanor)

画像提供:マインド・ユー
画像提供:マインド・ユー

マインド・ユー(MyndYou)は、高齢者との定期的な会話を通じ、直近に起こりそうな健康リスクを察知し関係者に伝えるサービスを提供する企業です。その会話を行う主体は生身の人間ではなく、A Iを活用した自動音声ボットです。

マインド・ユーの音声ボット、マイエレノア(MyEleanor)による会話内容は、最近の健康状態に関する話しかけや、定期的に服薬しているかどうか、慢性疾患の管理状態などに関する質問などです。A Iエンジンを通じて行われるマイエレノアの会話は普段の人間との通話とさほど変わることがありません。

会話を通じて得た情報、感知された声の微妙な変化などは、独自のデータ解析エンジンで、リスクがある人を探り当て、HIPAA法(電子化した医療情報に関わるプライバシー・セキュリティ保護法)に基づき、ケアチームに適切な情報として提供されます。感知情報は、健康状態の悪化、服薬に関するトラブル、転倒リスク、認知症リスクなどです。

認知機能の低下は、慢性疾患の急性増加と相関することも多く、身体的な悪化や入院のリスクが高まることが予測できます。マインド・ユーは、脳の健康状態の指標である「コグニティブ・コンプレキシティ(Cognitive Complexity)」の力を利用し、慢性疾患の急性悪化につながる異常を早期に検知します。

このバーチャル・ケア・アシスタントを活用することで、一人一人、人間で行っていると多大な労力と手間、判断がかかる作業を、AIの力によってリスク対応が必要とされる人の一次トリアージ(選別)を簡便に行うことができるようになるのです。

現在このサービスを利用者は、主に生命保険会社、健康保険組合、病院などの法人組織です。保険加入者や組合員の健康状態をマイエレノアで定期的にモニタリングすることで、起こり得るリスクを事前に取り除き、引いては組織全体のコスト削減、リスク低下につなげることができるようになります。

世界の状況を改善することを目的とした官民協力のための国際組織「世界経済フォーラム」は、マインド・ユーを2021年に最も有望なテクノロジー・パイオニア100社に選出しています。

このように、バイタルデータとAIの組み合わせにより高齢者の将来起こりうるリスクを未然に予測し、防止するという手法は、高齢者の健康リスクのみならず、それ以外の高齢者が抱えるリスク予防にも応用可能でしょう。金融被害リスク、運転事故リスクなど、さまざまな分野への展開も今後期待されるところです。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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