「ラーメン二郎」で大盛りを食べ残した客は本当に悪いのか? 再発しないための3つの対策
ラーメン二郎で<食べ残し>
世間を賑わせている話題があります。
それは、<食べ残し>です。
<ラーメン二郎「2度と来ないで」投稿が話題…食べきれない「大」注文客、拒否できる?>という記事でも紹介されているように、有名なラーメン二郎でのできごとでした。
店主が「大(大盛り)」は分量が多くて食べられないからと提言したにも関わらず、客が「大」を注文して半分以上を食べ残しました。
店主がこの時の様子や怒りをTwitterに投稿して大きな話題となり、拡散されて議論を呼んでいます。
この件に関しては、「食べ残した方が悪い」「この客は食べ物を粗末にしている」「出禁にされるのも当然」「客は神様ではない」など、二郎の店主を支持する意見がほとんどを占めています。
海外では
日本人の感覚からすると「食べ残すことはいけない」「食べ残しはもったいない」というのが多いと思いますが、他の国では<食べ残し>に対して、どのような感覚を持っていたり、対処していたりするのでしょうか。
アメリカでは、食べ残したものは「ドギーバッグ(Doggy Bag)」や「トゥーゴーボックス(To Go Box)」と呼ばれる入れ物で持ち帰って食べます。高級レストランであっても、ほとんどのレストランでは食べ残したものを持ち帰ることが可能です。
地域によって違いますが、ヨーロッパでもある程度は食べ残したものを持ち帰ることができます。
アメリカでもヨーロッパでも<食べ残し>はもったいないと考えられているので、持ち帰って食べられるようになっているのです。
中国を始めとして、韓国やタイなどのアジアでは、<食べ残し>に対して寛容な時があります。
中国では、来賓としてもてなされたら、お腹が一杯であることを示すためにも食べ残すことがマナーと言われています。ただ、自身の経験からすると、私は少し違った見方をしています。
例えば中華圏では、客が食べ足りないことを最も恐れるので、もてなす方がたくさん注文します。そうなると、客は必然的に全てを食べるのが難しくなり、<食べ残し>せざるをえなくなるのです。
また、普段の食事に関しては、食べ残すことを何とも思っていないわけではなく、アメリカと同じように持ち帰ることができます。
日本では、食中毒の発生など衛生面を考慮して、店が食べ残し物の持ち帰りを許可しないことがほとんどです。そのため、食べ残した物を持ち帰るという風習がありません。
これは即ち、<食べ残し>がそのまま食べ物の廃棄につながるということであり、それが<食べ残し>がもったいないという考えを促しているようにも感じられます。
<食べ残し>を減らす方向
<食べ残し>に関して、世の中の動きはどうなっているのでしょうか。
ここで述べている<食べ残し>は、「売れ残りや食べ残しによって、まだ食べられる食品が捨てられること」=「食品ロス」の問題と関係しています。
日本では農林水産省が2013年あたりから食品ロスの削減に向けた取り組みを行っており、自治体でも食品ロスを削減する施策を行っています。
多くの有名シェフも食品ロスに関心を持っており、「レフェルヴェソンス」の生江史伸氏や「フロリレージュ」の川手寛康氏などが参加するいただきますプロジェクトが立ち上がったり、<肉好きには知っておいてほしい、新肉ブーム「ノーズ トゥ テール」>で紹介したようにパーク ハイアット 東京が牛肉を無駄なく食べるフェアを行ったりしています。
<知らないと恥ずかしい、食のサステナビリティ>では「ラチュレ」の室田拓人氏が敬虔な気持ちで食材となる動物に向き合っていることを紹介しました。
食品ロスの多いアメリカ、環境問題に敏感な北欧、食育が発達しているフランスでも食品ロスは問題とされており、国連が10月16日を「世界食料デー」と制定して、人々の喚起を促しています。
世界的には、ますます食べ物を無駄にしないようにする方向にあり、この観点からも<食べ残し>はよしとされていません。
本当に悪なのか
以上述べてきたようなことも含めて、私は<食べ残し>はよいと考えていませんし、食べ物を紹介する仕事を行っていることからも、生産者や作り手に対して尊敬の念を持っているので、食べ残すことはまずありません。
食の業界の未来を考えても、よくないことだと認識しています。
従って、冒頭で紹介した二郎の件については、提案を聞かずに食べ残した上、そのことを何とも思っていないような客に対して残念な気持ちを抱いています。
また、店主の気持ちもよく理解でき、客がほぼ一方的に批判をされるのも仕方がないと考えています。
しかし、それだけでは何もポジティブな進展がありません。
今一度冷静になって状況を鑑みると同時に、どうすれば今回のようなことが起きないかを考察してみましょう。
以下、3点がポイントだと考えています。
それぞれ説明していきましょう。
店主の判断はどうだったか
店主が怒っている理由は、もちろん、一生懸命に作ったラーメンを、半分も食べ残されたことでしょう。
加えて、最初に提案したにも関わらず、聞き入られなかったことも怒りに拍車を掛けていると思われます。
件の客は二郎で食べた経験がなかったとあるので、分量が多いと説明されても、どれくらいであるのか想像ができなかったのかも知れません。
二郎のラーメンのことを最もよく知っているのは、もちろん店主です。
そうであれば、「客は神様ではない」という意見があるように、二郎で食べた経験がない客に対して「大」を出さないようにしてもよかったのではないでしょうか。
店主は、「大」は非常に多いので、客はまず食べ残すだろうと判断していたのです。そうであれば、「大」の提供を拒否して、もっと小さなサイズを提供していた方が、食べ残した後で怒って出禁にし、Twitterに投稿してするよりも、お互いによい体験を共有できたと思います。
客が意図的であったかどうか
客がたくさん食べ残したことはいけませんが、食べ残した理由が大切ではないでしょうか。
もしも、SNSに投稿したいがために「大」を注文し、意図的に食べ残したのであれば、弁解の余地はありません。
ただ、店主のTweetの投稿を読むと、客は意図的であった上に態度も悪かったように見受けられますが、一方の発言だけなので、実際はもう少し状況やニュアンスが違っていたかも知れないことも留意する必要があります(この一文は追記)。
私は基本的に、他の人が普通に食べているものを、個人的な好き嫌いや「おいしい」「おいしくない」で食べ残すことは、自分をコントロールできない子供ではない限りよくないと考えています。
しかし、件の客はもしかすると、本当に食べられると考えていたが予想外に多くて食べられなかったり、体調が悪くて食べられなかったりしていたのだとしたら、その客に対して少しくらいは寛容になってもよいのではないでしょうか。
<食べ残し>は悪いことですが、絶対的な悪ではありません。状況によって異なります。体調が悪くなったり、苦しくなったりするまで食べる必要は、本当にあるのでしょうか。
客観的にどうなのか
農林水産省の「外食・中食産業における食品ロスについて」によると、結婚式では22.5%、宴会では15.2%、レストランでは3.1%も<食べ残し>があるので、<食べ残し>は身近に存在すると言ってよいでしょう。
二郎はもともと大盛りをウリにしているラーメン店であり、他にも食べ残す客がいることも考えられるので、この客だけがひどく批判されるのも厳しいような気がします。
決して客は神様ではありませんが、しかるべきお金を支払って食べ物を購入している限り、全てを食べなければならないという契約でなければ、完食しなければならない理由はありません。
カレー店や洋食店などで、大盛りメニューにチャレンジする企画があります。そこではしかるべき金額を支払った上で、分量が多いメニューを食べますが、食べ残しても文句は言われません。
二郎の「大」もこういったチャレンジメニューと似たような趣向であると考えると、「大」に挑戦して食べ残したことを、ここまで批判されることもないと思うのです。
再発を防止するには
以上考察してきましたが、最初に述べたように、私は二郎の店主が間違っていて、客が正しいと言いたいわけではありません。問題を切り分けて考え、こういった不幸が二度と起こらないようにしたいのです。
その再発防止策として以下の3つを提案したいと思います。
- 明示する
- 罰金を課す
- 段階を設ける
それぞれ説明しましょう。
明示する
「大」が多いと口頭でいくら説明しても、主観的な表現なので、どれくらい多いのか伝わりにくいです。
分量がウリの店であればあるほど、メニュー表示や店内表示で、どのサイズがどれくらいの分量なのか、分かり易く表示しておけばミスマッチが少なくなります。
食券制になっているので、特に券売機で購入する時に明示しておく必要があるでしょう。写真でもよいでしょうし、具体的にグラムを表現するだけでもよいです。
いずれにせよ、客観的に判断できるようにしておけばよいと考えます。
罰金を課す
先に述べたチャレンジメニューのように、食べ残した場合には罰金を課すという手段もあります。
たくさん食べてもらいたいので、「大」は利益を度外視して提供しているのであれば、<食べ残し>にペナルティを与えてもよいのではないでしょうか。
システムは異なるものの、ブッフェでは、食べ残したら罰金を課すレストランもあります。
店が分量をサービスしているの店であれば、客はその代わりにペナルティを課されるのは仕方ありません。店と客がお互いに納得できるシステムを構築することが必要であると考えています。
段階を設ける
段階を設けて、選べる分量を増やせるようにすることです。
今回の件であれば、初めてなので、まずは普通盛りを食べなければならず、それを完食したら、ショップカードにスタンプを押すなりして記録し、その次に多い分量を選べるようにすればよいでしょう。
食券制になっているので、券売機にルールを明記しておく必要があります。確かに手間はかかりますが、このようにすれば、店主の判断でどの分量かを提案する必要はなくなるのではないでしょうか。明確な基準ができあがり、店も客もすっきりとします。
大盛りチャレンジ店でもこういった段階を設けているので、客には抵抗なく受け入れられる仕組みではないでしょうか。
一期一会
一日三食を基準に考えれば、一生における食事の回数はある程度は限られています。そういった制限のある中で、どこで何を食べるのかは、まさに一期一会だと私は思っています。つまり、ある人がある店である食べ物を食べることは、とても運命的であるのです。
従って、<「串から外さないで」と主張する焼き鳥店は正しいか? 飲食店の「こだわり」がもたらす功罪>でも述べましたが、その大切な一食をより豊かなものにするため、店は「客の食の体験を高める」ようにしてもらいたいと願っており、それを通して、店にもよい体験が共有されると信じています。
今回の件は、いままさに人類が直面し、まだ解決に至っていない<食べ残し>の問題であり、食べ残すとはどういうことであるのかを改めて考えさせられるものでしたが、私が考える食において最も大切なことは、客が生産者や作り手を尊敬し、店が客を尊重することです。
それがなされていない限りは、このような不幸な事件がまた起きるのではないかと危惧しています。