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クラヴェネスの挑戦:サッカー界の不平等に立ち向かう、勇気ある発言で得た名誉とリスク

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
ノルウェーサッカー協会会長、リーセ・クラヴェネスさん 筆者撮影

ノルウェーでサッカーは人気のスポーツだ。同時に男子団体戦となると「弱い(笑)」と自虐するほど、世界的には目立たない。雪国ノルウェーはクロスカントリースキーなど冬の競技はとことん強いが、夏の競技ではメダルが取れないと自虐する国だ。

しかし!そんなノルウェーが誇る人物がサッカー界から誕生した。日本では無名かもしれないが、ノルウェーでその名を知らぬ人はいないだろう。

1981年生まれのリーセ・クラヴェネス(Lise Klaveness)さんは、ノルウェーサッカー協会会長で、弁護士でもあり、サッカーの世界のジェンダー不平等に改革と自己内省の光を当てている。

保守的で男子中心の世界だったサッカーの世界に、違和感を覚え続けた。それでも子どもの頃から、サッカーは大好きだった。

FIFA総会での感動的なスピーチ

元ノルウェー代表のサッカー選手で73試合に出場した経歴をもつ 筆者撮影
元ノルウェー代表のサッカー選手で73試合に出場した経歴をもつ 筆者撮影

2022年の国際サッカー連盟(FIFA)総会で放たれた有名なスピーチを一部引用しよう。

FIFAは模範となるべき存在です。

私は今、ノルウェー初の女性サッカー会長として、皆さんの前で謙虚に話をするためにここにいます。私の夢は今でもサッカーです。男の子も女の子も、肌に色がある人も、ストレートもクィアも、誰もが平等に尊重され、認められるサッカー。

ワールドカップの準備期間中に負傷した移民労働者、死亡した移民労働者の家族は、ケアされるべきです。

ワールドカップで働く労働者の自由と安全を確保しない雇用主を、受け入れる余地はありません。

女子の試合を開催できない指導者を、受け入れる余地はありません。

この夢の劇場にやってくるLGBTQ+の人々の安全と尊重を、法的に保証できないホスト国を、受け入れる余地はありません。

ヨーロッパでは今、残酷な戦争が起きています。旧ワールドカップ開催国が、私たちの加盟国のひとつに侵攻してきました。FIFAは躊躇していましたが、国際的な圧力によって行動が強いられました。FIFAは従うではなく、率先しなければなりません。

今この瞬間の緊急性を見過ごせば、将来スタジアムは空っぽになってしまうでしょう。

「男性の世界で働くのはどうか」とよく聞かれます。私はいつもこう答えます。「いいえ。私は男性の世界では働きません。サッカーは世界中のすべての女の子と男の子のものです」

私たちは共に立ち上がり、最初にボールを蹴るすべての人に与える約束と夢に応えましょう。

ノルウェーサッカー公式HP「Calls out for change at the FIFA Congress」

「女性のパイオニア」「女性リーダー」、さまざまな肩書で彼女は称えられる。

2022年、カタールで開催された国際サッカー連盟(FIFA)総会で、人権侵害と差別について勇気あるスピーチを行ったことは、世界中で高く評価された。ノルウェーでは「発言の自由」名誉賞を受賞した。

スーツを着た男性だらけの会場で、長い赤毛の女性は「異色」きわまりなかった。「親愛なる会長」と彼女は呼び掛けたが、FIFA会長は彼女の目を見なかった。

ノルウェーのダーグブラーデ紙は「高齢男性たちにショックを与えた」と見出しをくけた。

勇気ある発言で得た名誉とリスク

差別、透明性の欠如、人権の軽視、FIFAシステムの腐敗を批判するスピーチは、誰もができるものではない。

男性中心の世界で放った宣言には、代償が伴った。

ノルウェーとクラヴェネス本人は政治的に孤立するリスクを冒した。2025年の欧州選手権や国際的な地位獲得に影響する可能性もあった。欧州サッカー協会(UEFA)と国際サッカー連盟(FIFA)の対立が激化するリスクもあった。クラヴェネスの身の安全が脅かされるリスクもあった。

しかし、彼女の勇気で、ワールドカップとサッカーの世界で移民労働者の置かれた状況がより明確に地図上に示された。UEFAとFIFAにおいて、このトピックをめぐる議論、運動、民主主義を高めることに貢献した。

クィアとして感じるスポーツ界の問題

ノルウェー文化大臣も同席したスポーツ界の性の多様性を考える会 筆者撮影
ノルウェー文化大臣も同席したスポーツ界の性の多様性を考える会 筆者撮影

クラヴェネスさんは同時に性的マイノリティLGBTQ+でもある(この記事では「クィア」と統一)。同性のパートナーとノルウェーで子どもを育てている。

6月末でのプライド週間では、性の多様性に遅れているスポーツ界の問題を話し合うための会議で、クラヴェネスさんも招かれていた。

スポーツの世界で同性愛者としてカミングアウトしたことについて、こう話した。

自分がクィアであることに気づいてからは、クィアである自分を信じて、両親も受け入れてくれて、早くに結婚しました。

女性スポーツの世界にはクィアは実際は大勢いるんです。男性スポーツの世界とは正反対で、女性スポーツでは声をあげると、アスリートとしての存在感が薄れ、商業的な価値観を失います。

私はそのような現状に抵抗しているんです。レインボーファミリーでも、子どもを安心して学校に通学させられるような社会のために。

「トップレベルのサッカー界には、クィアだとオープンにしている男性はほとんどいません」

スポーツの世界でも、サッカーはとりわけ性の多様性において厳しい世界だとクラヴェネスさんは話した。

だからこそ、ノルウェーではプライド月間中に、首相をはじめとする政治家たちが動こうとしていることが励みになるという。

ノルウェーが誇るクラヴェネスの影響力

ノルウェーでは今「リーセ・クラヴェネス」は誇りだ。

北欧が最も大事にするジェンダー平等という価値観で、巨大な権力構造と古い風習に立ち向かおうとしている。

リーセ・クラヴェネスの闘う後ろ姿を見て、勇気をもらっている人の数は計り知れない。公正な社会は一晩で築けるものではないが、ひとりひとりが少しずつ貢献して、時間をかけて大きな変化を起こすことは可能だ。

私たち一人一人の中に「リーセ・クラヴェネス」がいれば、社会の不平等は時間をかけて解体されるかもしれない。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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