Bリーグ誕生の立役者だがハンドボールは初心者 葦原一正氏がリーグ代表に選ばれた透明すぎるプロセス
葦原一正氏がリーグの新代表に
2月17日、都内で日本ハンドボールリーグ(JHL)の代表理事就任会見が開かれた。JHLは2020-21シーズンが45回目で、現在は男子11チーム、女子9チームが参加している。
新代表理事に内定した葦原一正氏はコンサルタント会社を皮切りにプロ野球の2球団でキャリアを積み、2015年夏からはBリーグの専務理事兼事務局長も務めた人物。2020年夏にバスケットボール界からは退き、その後はスポーツビジネスに関するコンサルタントとして活動していた。
リーグが協会から独立
葦原氏の代表理事就任はJHLの「法人化」に伴うものでもある。サッカーやバスケットボールは男子のトップリーグが協会と別組織になっている。大まかの規模感としてJリーグなら300億円前後、Bリーグなら50億円弱の年間予算がある。
日本ハンドボール協会(JHA)は予算が10億円に届かない規模で、今季までは協会内の任意団体としてトップリーグ(JHL)が活動していた。4年前の取材時に聞いた話によると、常勤スタッフは協会とリーグで合わせて7,8人という説明だった。
一方でハンドボールはドイツ、フランス、スペインといったヨーロッパ諸国ではサッカーやバスケットボールと並ぶメジャー競技。当然ながらオリンピック種目でもある。
なお今年1月に開催された男子世界選手権で日本はクロアチアと引き分けるなど善戦しつつ、19位で大会を終えた。世界選手権を視聴された方ならおわかりだろうが、競技が持つ「エンターテイメント性」はピカイチだ。
選考は第三者委員会
日本ハンドボール協会の湧永寛仁会長は17日の会見で、こう述べていた。
「日本ハンドボールリーグは協会の中にあり、任意団体として事務局機能を独自に有して運営しています。リーグの法人化についてはかねてより協会内で議論を重ねており、2019年7月には理事会にて法人化設立委員会の発足を決議。昨年11月に日本ハンドボールリーグの法人化を正式に決定し、準備を進めてきました。
法人化の目的は意思決定のスピードを高め、スポンサー獲得、映像や肖像権ビジネスの拡大を通じてリーグの価値向上につなげることです。リーグの価値向上は競技の普及および振興を図るJHL設立の趣旨につながります」
代表、役員の選任についてはこう説明していた。
「今までの閉鎖的なイメージから脱するため、第三者委員会による選考を選択しました。委員長は第三者委員である間野教授に務めていただいています。公平に、ハンドボール界の発展にもっともふさわしい方の人選を期待し、葦原さんを初代代表理事候補者として選定しました」
代表候補の条件は?
選定委員会のトップを任されたのが、早稲田大学スポーツ科学学術院の間野義之教授。専門はスポーツ政策で、スポーツビジネスやガバナンス問題にも通じている。葦原氏と同時期に日本バスケットボール協会の理事も務めていた。チーム関係者、弁護士、税理士など7名のメンバーで議論し、3名の候補が上がった中で「第一候補者」に浮上したのが葦原氏だった。
予め人選に目星をつけた中で形式的に議論するプロセスでなく、「筋書きのない議論」が行われたようだ。
代表理事候補者選定委員会で「評価基準」に提示された16項目はこうだった。
◆規定要件
1 一般社団・財団法人法および関係法令法規に定める要件を満たしている。
2 将来構想の策定やスポーツリーグの経営に対する深い見識を有しそれらの推進に相応しい人格を有している
3 企業経営全般、法律、会計、財務、スポーツ分野において専門的な知識や経験を有する
◆経歴
4 スポーツリーグ及び事務局での従事経験を有している
5 法人(一般企業、スポーツ団体等)での役員経験を有している
◆実務経験
6 人事・採用・人材開発、マネジメントに関わる業務への従事経験や知識を有している
7 プロスポーツ興行の企画立案経験を有している
8 事業計画・予算計画策定の経験を有している
◆業務知識
9 事業戦略立案、中期経営計画、財務計画立案の知識を有している
10 海外リレーション(国際関連業務)に関する知識を有している
11 企業法務や実務に関する知識を有している
◆競技歴
12 ハンドボール選手経験
13 ハンドボールチームの運営経験
14 ハンドボールに対する理解、造詣を有する
★経営者
15 協会・リーグでの代表者(会長、代表理事、チェアマン)の経験
16 企業代表者の経験
葦原氏はハンドボールと関わった経験を持たず、この2月までは観戦経験すらなく「レミたん(土井レミィ杏利選手)しか知らなかった」というハンドボール初心者だ。したがって「競技歴」に限れば0点だったわけだが、他の条件を高レベルで満たす候補だった。
選考委員会は12月に立ち上がって会合を2回行い、葦原氏への打診は1月29日。同時期の他のオファーも受けていた中で彼は「変革意欲を感じた」「潜在能力が極めて大きい」というハンドボール界に足を踏み入れる決意を下した。
「収益化は簡単でない」
葦原氏はプロスポーツに関わってきた人物だが、ハンドボールリーグのプロ化へ急いで舵を切る考えは持っていない。彼は会見でこう語っていた。
「『プロ化』『どう稼ぐのか』という質問もあると思うけれど、一旦は冷静に進めたい。ビジネスとして成り立たせるのは大事だけど、いきなり大きく収益化するのはそんな簡単でない。その前にやるべきことがいくつかあって、まず課題整理をきっちりしたい。その後がガバナンスで、誰が決めてどこに責任があるというルールの設定が大事。そのうえでビジョンを明確にして、色々なパートナーさんを探しに行ける状況になる。4月に就任したら全チームを回って、各チームの代表者と話をして、どのような課題を認識しているのか、ハンドボールの強みをきっちり聞いて、優先順位を決めた上で解決案を作りたい」
JHLは男子が実業団チーム多め、女子はクラブチーム多めという濃淡こそあれ、実業団志向とプロ志向のチームが混在する構成だ。リーグ戦もサッカーやバスケのような「ホーム&アウェイ制」ではなく、都道府県協会が試合の開催と運営の実務を引き受けている。チームが興行権を持ち、試合を安全に滞りなく開催する、チケットを売るといった実務を担う体制にはない。
ハンドボールは選手数が1チーム7名で、仮にプロとなっても「成り立ちやすい」規模感ではある。しかしチームと競技者にとってメリットがない形で改革は成就しない。
「課題の優先順位からシステムも分かる」
新代表はこうも述べていた。
「正直まだ何も考えていません。プロ化も選択肢の一つだと思うけれど、唯一の正解でもない。何が課題で何が起こっているかも分かっていません。ただ課題の優先順位をつければ、どういうシステムが良いか分かります。気持ちとしては半年か1年をメドに何らかの方向性を提示できればいい」
葦原氏は有給のプロ経営者としてJHLの代表に招かれ、改革に乗り出す。しかし当面はチームからの会費が収入の柱で、「チームがリーグを経済的に支える」体制だ。JリーグやBリーグのように放映権料収入、スポンサー料収入を獲得し、分配金などで「リーグがクラブを経済的に支える」体制に変えられれば、リーグは強い立場となる。
リーグ改革への課題は?
ガバナンスを実務的に見れば「お金を払う側が強い」というシンプルな構図がある。しかしJHLは経済的に見ればチームが強い。
日本のハンドボールを見るスポーツとして考えると、「客目線の乏しさ」が明らかにある。開催地が多岐に渡り、コアなファンでない限り「いつどこで開催しているか」が分かりにくい。入口で土足禁止に気づき、寒い中靴下でフロアに入らなければいけないこともある。試合を自前でやる、ファンを意識して試合をやるという、いわば「プロ以前」の課題が多い。
個人を見ればTikTokで大人気の「レミたん」こと男子日本代表・土井レミイ杏利選手のような人材がいて、ファンサービスや普及などに尽力している選手もいる。そして誰もが認める「ポテンシャル」はある。
ただしハンドボール界が事業的に自立し、発展するプロセスには相応の時間がかかる。葦原新代表が述べるように、課題整理、ビジョンの提示、ガバナンスの確立といった「基本」の構築が一手目だろう。リーグのパートナーを引き込み、投資をするためのリソースを増やすことはおそらくその次だ。
改革の熱源は当事者意識
トップリーグの全てがプロになるか、混合リーグになるかという未来像は不透明だ。ただしファンを増やす、リーグを支える仲間を増やすという方向性は誰もが受け入れられるものだろう。
何より欠かせないのがクラブや選手、ファンが当事者として関わっていく熱だ。Bリーグは国際バスケットボール連盟(FIBA)の「外圧」がある中で、否応なく当事者が改革に引っ張られていった。川淵三郎という強烈なリーダーがいきなり「結論」に近いものを提示し、短期間で新リーグ設立を決着させた。
しかしハンドボールは違う。葦原新代表から感じたのはチームや選手、ファンとの「対話」を重視する姿勢だった。そしてそれは現実的な態度だろう。サッカーやバスケットボールとは違う改革モデルとして、ハンドボールがこの国における成功例となることを願いたい。