ファイザーは課税回避の海外逃避を恥じるべきか?―民主党と共和党、課税回避めぐって応酬
米財務省は11月19日に米国企業が外国企業を買収して外国に合併新会社(親会社)を設立し、税法上の本社所在地(納税地)を法人所得税の安い海外へ移転することで大幅節税の実現を目指すという、いわゆる、タックス・インバージョン(課税逆転、法人税率の低い国への納税地変更)を一段と制限する新ルールを告知した。折しも米医薬品大手ファイザーとアイルランドに本社を置く医薬品・医療機器大手アラガンとの大型合併が発表され、タックス・インバージョンの是非をめぐってメディアだけでなく、連邦議会でも次期大統領選候補者を巻き込んで大きな争点の一つになってきた。
両社の合併の特徴は、ファイザーがアラガンに吸収合併される形をとることで、ファイザーは納税地を法人税率が35%の米国から12.5%と極端に低いアイルランドに移転することが可能となり、その結果、ファイザーの実効税率は現在の25.5%から合併完了(2016年下期)後の最初の1年間で17-18%に低下するという大幅な節税効果にある。ファイザーは19日付発表文で、「調整後1株当たり利益(希薄化後)は2018年から徐々に拡大し、2019年には現時点よりも10%超、さらに2020年には15%超拡大する」とタックス・インバージョンの“恩恵”を強調している。
しかし、破たんした米証券大手リーマン・ブラザーズの元常務(株式調査担当)で、現在は税専門の弁護士事務所を構えるロバート・ウィレンズ氏は、米経済誌フォーチュンの11月24日付電子版で、「ファイザーによると2017年の年間節税額は約12億ドル(約3750億円)となるが、実際にはその3倍近い33億ドル(約4000億円)になる」という。さらに、「同社の2014年の税務費用は31億ドルとなっているが、その約3分の2の22億ドル(約2700億円)は自社の海外部門が儲けた所得(オフショア利益)に対する税金のため、海外部門から米国本社に配当金の形で利益を送金しない限り米国で納税する義務がない繰り延べ税金となっている。しかし、アラガンとの合併後は、この繰り延べ税金の将来の支払い義務がなくなる。その結果、実際の実効税率は7.7%になる」とし、米国の大手企業にとってタックス・インバージョンの恩恵は計り知れないと指摘する。
ファイザーは合併を恥じるべきか?
米国の人気雑誌「ザ・ニューヨーカー」のベテラン記者ジョン・キャシディ氏は11月23日付電子版で、「スコットランド生まれの会計士でもあるファイザーのイアン・リードCEO(最高経営責任者)はアラガンとの合併について、世最大級の医薬品会社となり世界の多くの人々を救う医薬品を開発・提供できる、と豪語したが、金融街のウォール・ストリートや医薬品業界は鼻で笑っている。合併は金銭的な動機だからだ。ファイザーは年間数十億ドルもの節税が可能と言っていることは財務省から同額を奪うことに他ならない。たとえオバマ政権にはこの合併を阻止する権限がないにしても、ファイザーとその役員らが恥じて合併を中止するよう仕向けるべきだ」と痛罵する。
ニューヨーク・タイムズ紙も11月24日付電子版の社説で、「両社の合併には違法性がないように思えるが、そうはならない。今回の合併は、国民を欺き、教育や科学研究など企業に貢献する多くの政府プロジェクトに予算を付けている財務省からお金を盗み、(合併会社の)株主と役員の懐を肥やす課税逃れの工作だ」とけんもほろろだ。
今回、財務省が示した税務の新ルールでは、米国企業が合併新会社をかなりの優遇税制が導入され、かつ、米国と所得税条約を結んでいない第3国に設立するのを阻止するため、合併新会社が新規発行した株式を合併先の外国企業の株主に譲渡してもその増加分はタックス・インバージョンが認められる要件(米国企業の親会社の株式保有比率79%以下、外国企業は21%超)にならないとしている。これは米国企業の保有比率が80%以上であれば、合併後に新設された親会社は米国企業として扱われタックス・インバージョンが認められないからだ。昨年9月22日発表の既存のルールでは、この閾値(80%ルール)をクリアする目的で、米国企業が外国企業と合併する前に臨時配当金を支払って自社の資産規模を縮小させることによって、外国企業の資産規模を便宜的に大きく見せたりすることを禁じているが、新ルールでは合併前に米国企業が海外子会社の株式や不動産、現金などいかなる資産であっても外国の合併新会社に譲渡することによって、外国企業の資産規模を大きくみせることも認めないとしている。
ファイザーは合併新会社を第3国ではなくアラガンの本国アイルランドに置くとしているが、規制の網をかいくぐるため、納税地移転後にアラガンの株主が合併新会社の株式44%(ファイザーは56%)を保有するようにしたい考え。フィラデルフィアのデイビッド・シャピロ弁護士は米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルの11月19日付電子版で、「財務省の新ルールによって両社の合併に大きな悪影響が及ぶとは思わない」としている。
こうした新ルールは11月19日から適用されるが、既存ルールでは9月22日以前にすでに外国企業と合併し納税地を海外に移したすべての米国企業に対して、いわゆる「ホップスコッチローン」という融資手法を禁じている。これは将来、米国企業がオフショア利益を配当金として本国に還流すれば課税されるため、自社の海外子会社(CFC)から米国の徴税権が及ばない外国にある合併新会社に短期融資の形で利益を移せば、米国には還流せず、つまり、米国で税金を支払わずに、オフショア利益が得られるというものだ。これは融資の形でオフショア利益を別の会社に飛ばして課税を回避する巧妙な手口。しかし、今回の新ルールでは9月22日以降に納税地を変更した企業にも適用される。
また、新ルールでは海外子会社の株式や不動産が米国の元親会社から外国の新しい親会社に譲渡された場合、海外子会社に不労所得があったと見なされ、その分は米国企業への配当金と見なされ課税されるとしている。財務省では新ルールの詳細を今後数カ月以内に発表するとしているが、ジャック・ルー財務長官は海外への納税地変更による課税逃れの手口が今後もますます巧妙化していくことから、議会に対し取り締まり権限の強化を訴えている。
一方、議会では、民主党がタックス・インバージョン規制を一段と強化し今後10年間で410億ドル(約5兆円)の税収入を取り戻すと提案しているのに対し、共和党は法人税引き下げとオフショア利益への国際課税の組み合わせを主張している。共和党から次期大統領選に立候補している不動産王ドナルド・トランプ氏は11月10日の討論会で、「法人税税率を15%に引き下げ、オフショア利益に10%の1回限りの課税によって多額のお金が米国に戻る」と提言している。
米経済誌フォーブスのコラムニストで英アダム・スミス研究所の研究員でもある、ティム・ウォーストール氏も11月26日付電子版で、「米国企業の(税金逃れのための)海外逃避を禁じることは可能だが、それよりまず何が海外逃避に追いやるのかに目を向けることが賢明だ。その答えは米国の法人税が他のどの国よりも高すぎるということだ。米国企業が支払う配当金にさえ高率の税金が課せられ、オフショア利益も本国に(配当金として)送金されれば課税するというのは他の多くの国では見られないことだ。いろんな人がファイザーは米国に残るべきというが、それはファイザーにとって悪い話ならば、たとえば、他の多くの国で法人税を引き下げられていることを考え税率を下げてもいいのではないか」と述べ、“先ず魁より始めよ”と戒める。(了)