「ホームレスのため」にアノニマスがサイバー攻撃 渋谷区の何が問題なのか?
年明けの1月3日から、渋谷区の公式サイトがサイバー攻撃により閲覧しづらい状況になっている(現在は復旧)。国際的なハッカー集団「アノニマス」とみられるツイッターアカウントが、「渋谷区がホームレスのシェルターを閉鎖するので区のウェブサイトを閉鎖する」などとツイートしており、関与を示唆している。
渋谷区は2015年に就任した長谷部健区長のもと、「ダイバーシティとインクルージョン」を掲げた街づくりを標榜してきた。2015年11月には全国に先駆けて性的マイノリティのパートナーシップ制度を創設している。また、渋谷区基本構想には、福祉について次のような文言が記載されている。
このような理念を掲げているにもかかわらず、渋谷区でホームレスの人たちが排除されているという。一体何が起きているのか。何が問題なのか。
渋谷区によるホームレス排除
今回問題となっているのは、区立美竹公園でのホームレス排除である。美竹公園にはテント生活を送るホームレスの人たちが暮らしており、当事者と支援者が協働して炊き出しを行う場所でもあった。
昨年10月25日早朝、渋谷区は事前告知なしに美竹公園を鉄柵で封鎖し、園内への立ち入りをできなくした。当事者や支援者の抗議を受けて、その後出入りが可能になったが、渋谷区は園内のテントや支援物資を撤去する行政代執行により、12月14日には数十人〜百人規模の職員と警備員を動員して、公園への人の出入りを禁止したという。
当事者たちは行政代執行が行われる前に近隣の神宮通公園に移っていたが、こちらにも職員や警備員がやってきて、テントやその他の生活必需品をトラックに積み込み、運び出されたという。この強制撤去は法的根拠もなく、剥き出しの暴力と批判されても仕方がない。その後、運び出された荷物は取り返され、神宮通公園で炊き出しが実施されている。
なぜ渋谷区はこれほどの強硬手段を取り、ホームレス排除を行ったのか。背景には官民一体による大規模再開発がある。美竹公園と隣接する公有地は「渋谷1丁目地区共同開発事業」の対象となっており、渋谷区と東京都がヒューリックと清水建設に70年間貸し出し、施設を建設・運営させる計画だ。文化・教育施設や賃貸住宅などが整備される予定だという。この計画を進める上で、公園に寝泊まりするホームレスが邪魔だったのだろう。
実は、渋谷区がホームレスを排除したのは今回が初めてではない。2020年に開業し、グッチやルイ・ヴィトンなどの高級ファッションブランドの店舗が軒を連ねる複合商業施設「MIYASHITA PARK(ミヤシタパーク)」は、同じく居住するホームレスの人たちを排除して作られたものだ。
このように、再開発に伴い、郊外から富裕層や中間層が大都市中心部(インナーシティ)に回帰し、もともと住んでいた労働者階級や貧困者、移民などが排除される現象は「ジェントリフィケーション」と言われ、世界的にも問題視されている。
参考:渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合(のじれん)「2022年10月25日の美竹公園強制封鎖に関する抗議と要求の声明」
参考:渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合(のじれん)「美竹公園封鎖について、渋谷区あてに行政代執行に関する「弁明書」を提出しました」
排除の一方で住居支援も
ただし、宮下公園でのホームレス排除に対する批判や反対運動を踏まえたのか、2016年から渋谷区は「ハウジングファースト事業」として、ホームレスの人たちをアパートに入居させる事業を行っている。
この事業は区がシェルターとして借り上げた民間アパートに原則3ヶ月の期限を区切って入居させる事業で、常時8床が確保されているという。担当職員が生活や健康などの相談を受けながら定住するアパートを探し、地域生活への移行を促し、再び路上に戻らないことを目指している。しかし、利用状況は芳しくなく、2021年度にはのべ700人以上に声かけをしているが、入居者は9人しかいなかったという。
支援団体によれば、当事者がこの事業を利用しない理由は、シェルターの入居期間が切れた後には基本的に生活保護に移行するほかなく、しかし生活保護を利用したくないということだ。
では、なぜホームレス状態の人々が生活保護を忌避するのだろうか?
ホームレスが生活保護を嫌がる理由
シェルターの入居期間内に定住アパートを確保するためには、ある程度の収入を得られる仕事に就き、初期費用を貯め、保証人を確保する必要もある。しかし、ホームレスの人たちには高齢者や病気・障害を持つ人も少なくなく、これらのハードルを乗り越えるのは困難だ。そうすると、ほぼ必然的に生活保護を利用せざるを得なくなる。
問題は、ホームレスの人が生活保護を申請すると、ほとんどが「貧困ビジネス」とも言われる劣悪な環境の施設への入所を求められるということだ。こうした施設は個室がなく、衛生環境が悪く、保護費のほとんどを徴収されて手元にお金が残らない。そもそも、路上生活をしている人たちの中にはこうした施設を経験し、「路上の方がマシ」だという人も少なくない。さらに、ホームレスの人たちは家族や親族との関係が悪いことがほとんどであるため、生活保護申請時の親族への扶養照会がネックとなる。
そもそも本来生活保護は居宅保護を原則としており、劣悪な施設への入居を条件とすることは不適切である。また、厚生労働省は2021年3月からマニュアルを改めて、扶養照会について本人の意向を十分に聞き取ることなどとしている。これらが適切に運用されていれば、今回のような事態には至らなかったはずだ。
このように、「ハウジングファースト事業」の先には生活保護利用が想定されているものの、同制度の運用の問題から利用を忌避する人が多い。こうした事情があるにもかかわらず、行政として住居を提供するなどやることはやったのに、本人の意思で路上にとどまっているのだから排除するほかないという姿勢では、実質的にホームレスを「排除」しているとみなされても仕方がないだろう。
日本におけるホームレス問題
ここで、今回の問題の射程を捉えるために、日本における「ホームレス問題」を概観していこう。
日本で「ホームレス問題」が社会問題となったのは1990年代以降だが、ホームレス自体は常に存在していた。住居のない人々はは「浮浪者」などと呼ばれていた。そして高度成長期には、日雇労働者が簡易宿泊所(いわゆる「ドヤ」)に寝泊まりする「寄せ場」が東京の山谷や大阪の釜ヶ崎に形成された。
彼らが従事する港湾運動業では、時期や天候による貨物の取引量の変動が大きく、人員の調整が容易な日雇労働者に依存していたためである。さらに、国や自治体は、家族持ちの労働者には公営住宅を斡旋して流出させ、農村や炭鉱から単身男性の労働者の流入を促進することで、政策的に単身日雇労働者を集中させた。
こうして「浮浪者」はスラム街に押し込められ、一般市民からは見えない存在となった。
しかし、1990年代には不況が長引く中で建設需要が減少し、同時に日雇い労働者たちは高齢化して就労も困難になっていった。また、昔からの日雇い労働者以外にも失業して住居を追われる人々が増加した。こうしてホームレスは「目に見える」社会問題となったのである。この時期に、「浮浪者」のような呼称が改められ、「ホームレス」という言葉も社会に定着した。
ホームレス問題が日本に広がった背景には、公共住宅の供給が他国に比べて少ないことや、敷金・礼金の存在が一度住居を失った人の生活再建を拒んでいること、さらには行政が生活保護を使わせないように違法な扱いをしていることなどが指摘されてきた。
特に行政のあつかいは過酷で、基本的に「治安対策」の対象とされ、支援の対象とはされていなかった。当時、彼らの支援にあたっていた稲葉剛氏は次のように回想している。
今回の渋谷区の対応にも類するところがあるだろう。こうした行政の姿勢が変化したきっかけは、1999年の強制排除のときの抵抗運動で威力業務妨害で逮捕された支援者に対して、東京地裁が無罪判決を出したことだった。行政側の一方的な段ボール撤去の方に、不当性があるとされたのである(後に逆転有罪)。その後、国は2002年ホームレス自立支援法を制定し、はじめて「排除」と「支援」を織り交ぜる対応をとっていくことになった。
この制度では、ホームレスの人たちが「自立支援センター」に入所し、求職活動を行い、センターから通勤してアパートの初期費用を貯めていく。しかし、ホームレスの定義が「路上生活者」に限定されていること、センターは一部屋に二段ベッドを何個か詰め込んだもので居住環境がいいとは言えないこと、仕事を決めて初期費用を貯めてアパート生活に移行することが容易ではないこと、などの問題点はこのときにも問題になっている。
「ホームレス=路上生活者」?
ちなみに、海外と比較すると日本の法律で定めるホームレスの定義は非常に狭いことも問題視されている。
日本におけるホームレスの法的な定義は「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」とされており、ホームレス=路上生活者に限定されていると言ってもいい。そうすると、例えばいわゆる「ネットカフェ難民」もこの定義から抜け落ちてしまう。
24時間営業のインターネットカフェやファミリーレストランの増加は、「目に見える」ホームレスを減少させ、彼らの存在を「不可視化」させてきた。特に、若者や女性ではこの傾向が強く、「住居喪失者」の実態をより見えにくくしている。
実際に、2018年に東京都が公表した調査によれば、「ネットカフェ難民」(「インターネットカフェ等をオールナイト利用する住居喪失者」)は1日あたり約4000人いるという。この数字だけで国の統計上のホームレス数を超えている。
これに対し、海外に目を向けてみれば、日本と大きく異なるホームレスの定義を用いている。例えば、イギリスの公的なホームレスの定義は以下の通りである。
- 占有する権利のある宿泊施設を持たない者
- 家はあるが、そこに住む者から暴力の恐怖にさらされている者
- 緊急事態のために施設に住んでいる者
- いっしょに住むところがないために別々に暮らさざるをえない者
この定義からすれば、路上生活者のみならず、「ネットカフェ難民」はもちろん、虐待・DVの被害者やシェルターに逃げ込んでいる人なども含まれてくる。日本でも、広い意味で「ホームレス」を捉える必要があろう。
居住と生存の権利をめぐる社会運動が必要
収束の目処が立たない新型コロナの影響に加え、光熱費や食料品の物価高が続く中では、このままだと(広い意味での)ホームレスが拡大していく恐れがある。この厳冬の時期に路上生活となれば、凍死のリスクもあるだろう。座して待つのみでは、居住と生存の権利は守られない。
こうした状況を踏まえ、日本でも海外でも居住と生存の権利を求める様々な社会運動が行われている。2021年末には、私が代表を務めるNPO法人POSSEのボランティアに参加するZ世代の若者たちが「家あってあたりまえでしょプロジェクト」という取り組みを立ち上げている。同プロジェクトでは、住居を失い路上にいるホームレスの人々に声をかけ、さいたま市がホームレス向けの一時宿泊場所として用意したビジネスホテルの利用につなげていった。
その結果、行政が用意した10部屋では到底足りず、ホームレスの人たちとともに行政に増室を求め、それを実現した。さらに年明けには、年末に支援して生活保護を申請した人たちが無料低額宿泊所(劣悪な環境が問題視されている)に入れられないよう、行政と交渉し、全ての人たちを継続してビジネスホテルで生活できるようになった。
また、欧米では賃借人の権利を擁護する団体「テナントユニオン」の活動が広がっている。物件のテナント(賃借人)を組織し、実力行使で不当な家賃値上げや強制退去を阻止したり、劣悪な居住環境を改善させる取り組みだ。問題解決の手段として、大家との交渉のみならず、家賃支払いを一斉に拒否する「レントストライキ」も行われている。新型コロナが流行し始めた2020年には欧米でレントストライキが頻発した。こうした運動を通じて、自治体に家賃値上げの上限を規制する「レントコントロール」を法制化させているという。
お隣の韓国では、若者の住宅問題に取り組む「ナメクジユニオン」という団体がある。若者の住宅問題の相談を受け付けるとともに、住宅協同組合を通じて若者に住宅を提供する活動を行っている。組合員の共同出資により住宅を保有するのだという。
今回、渋谷区が攻撃の対象になった背景には、こうした世界的に広がる住居運動の影響も推察される。世界的な動向の中でも、日本の住居政策の貧しさは際立っているからだ。サイバー攻撃は決して容認されるものではないが、今回の事件が日本における「住居の貧困」が問い直されるきっかけになることを期待したい。
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*筆者が代表を務めるNPO法人です。社会福祉士資格を持つスタッフを中心に、生活困窮相談に対応しています。各種福祉制度の活用方法などを支援します。
ボランティア希望者連絡先
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活動日 (月)・(木)・(金) 10:00~16:00
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*食料や活動資金の寄付も受け付けています。学生等のボランティアも常時募集しています。
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