アップルによるAPPLE MUSICの商標登録出願が一部拒絶か
「Apple、”Apple Music”の商標を取得できず〜個人の音楽家と対立」という記事を読みました。かいつまんで言うと、米アップルによるAPPLE MUSICの商標登録出願が拒絶になりそうであるという話です。対象となっている役務(サービス)は41類の「音楽コンサート開催等」(arranging, organizing, conducting, and presenting live musical performances)です。9類(ソフトウェア関係、ダウンロード音源関係)や42類(デジタルサービス)等は無事登録になっています。
では、経緯を詳しく説明しましょう。この件、米国商標制度に特有の概念を含み、かなり複雑です。おそらく冒頭記事を読んだだけで理解できる人は少ないのではと思います。
アップルによるAPPLE MUSIC(41類)(86659444)は、2015年6月11日に出願されましたが、これに対して、フロリダのジャズトランペッターCharles Berteni氏が異議申立をしました。その争いが今まで続いているわけです。ところで、一個人としてアップルと法的争いを長期的に続けてよく資力が持つなあと思ってしまいましたが、同氏の弟が弁護士でその人がサポートしてきたようです。
Berteni氏は、1985年頃からAPPLE JAZZという商標を使用していました(タイトル画像参照)。米国の商標制度では、出願・登録というプロセスを経て登録される商標制度とはまた別に、商標の使用をしているだけでも商標権が発生します(コモンロー商標と呼ばれます)。これにより、「コンサートの開催」という役務については、APPLE MUSICより先に権利が発生しているとして、アップルの出願を拒絶するよう求めたわけです。
なお、JAZZおよびMUSICという部分は「コンサートの開催」という役務について識別力がないため、商標の比較ではAPPLE部分だけが考慮されることになり、APPLE JAZZとAPPLE MUSICは類似します。この点については両者に争いはありません。
この異議申立に対してアップルが持ち出したのが、ビートルズのアップルレコード(Apple Corp.)と揉めて、2007年に和解の末に購入した商標権です(ここでこれが出てくるとは思いませんでした)。これにより、アップルはAPPLEという商標を少なくとも1968年から「レコード」に対して使用していたという権利を得られたわけです。
ここで問題となったのが、米国商標制度に特有の「タッキング」(tacking doctrine)という考え方です("tack"とは「つなぎ合わせる」といった意味です)。これは、商標の使用によって生じた権利を、その後に商標や使用している商品や役務が多少変わってもある程度の連続性があり、消費者が同じブランドイメージを持っているのあれば、維持できるという考え方です。
アップルは、1968年にAPPLEという商標が「レコード」に対して使用されていたことにより、1985年時点のAPPLE JAZZの「コンサート開催」よりも先に使用していた(タッキングが有効である)と主張し、異議申立の審理ではそれが認められたのですが、今回、連邦巡回区控訴裁判所における取消訴訟において、「レコード」で使っていたからと言って「コンサート開催」で使っていたことにはならないと、タッキングについて厳しい判断がされ、結果的にBerteni氏の異議が認められたということになります。
この後はどうなるのでしょうか?何もしないとAPPLE MUSICは41類の少なくとも「コンサートの開催」について登録不可能となります。また、APPLE MUSICという商標を使ってコンサートを開催すると、Berteni氏に商標権侵害で訴えられる可能性が生じます。オンライン配信の話ではないので、たぶん、それほど大きな影響はないのではと思いますが、アップルとしては主要ビジネスの関連領域で商標権を得られていないのは許容しがたいかもしれません。
アップルは米最高裁に上告することはできます。また、Charles Berteni氏と交渉してライセンスあるいは登録の同意書をもらうこともできます。ただし、異議申立で争い、裁判まで行った後に友好的に交渉できるのかはわかりません(金目の問題としてカタを付けることになるのかも知れませんが)。
ところで、先日の記事で「アップルはAPPLEを頭に付けておけば商標登録上の問題はないのでは」と書いた途端にこのようなニュースが出てしまいました(苦笑)。まあ「コンピューター関係では」と限定付きで書いておりましたので、コンピューター関係以外ではこういうことも起きるということです。