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思考実験の視点から考える観光立国を目指す日本とインバウンド観光

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
日本のインバウンド観光には可能性がある(写真:アフロ)

 筆者は、この3年以上にわたり、インバウンド観光について考える機会があった。その経験からも、単に観光ビジネス・観光施設や特定分野だけを考という点的思考だけでは、観光において成功を収めるは覚束ないことを学んだ。地域や社会の全体およびビジネスや公などの複合的視点や線的さらに面的思考が必要なことも学んだ。

 またその当該の約3年間の多くの期間は、現在も進行中のコロナ禍の時期とも重なり、そのコロナ禍で、観光、特にインバウンド観光は壊滅的な大打撃を受けた。コロナ禍は、いまだ先行きに不透明感が残るものの、状況的には徐々にではあるが、収束に向かいつつあるといわれるような状況が生まれてきている。実際、5月7日付けの朝日新聞の1面には、「観光客入国 試験的に再開へ…政府調整 今月中にも数百人」という記事が掲載された。

 さらに、現在も進行するウクライナ状況が、そのコロナ禍に加えて、国際関係におけるヒトやモノ、カネ、情報の動きに大きな影響と変化を生んできている。

 今後、収束後においても、コロナ禍は国際的なヒトの移動や検疫の仕組みに変化や変更を生むだろうし、またウクライナ問題は国際関係における制約や国際社会における国・社会・経済に変更を生み、グローバル化を変化させるだろう。だが、いずれにしても、中長期的には、量的には以前の状況を超えるヒトやカネ等の移動(そのあり方や仕組みの変化はあろうが)が生まれてくるだろう。その流れの中で、インバウンド観光なども、確実に戻ってくるだろう。

 他方、少なくも現在の産業構造をみると、日本の経済や産業を牽引していけそうな産業は当座ほとんどないのが現状だ。そのような中、日本の観光業は、数少ない非常に可能性のある産業なのである(注1)。またその中でもインバウンド観光は、数少ない外貨を稼げる産業分野の一つなのである。

 そこでまず、インバウンド観光についてみていこう。

インバウンド観光

 国連世界観光機関(UNWTO)による、世界観光指標(UNWTO World Tourism Barometer)、によると、2018年の世界の国際観光客到着数は14億人(2019年2月発表)、2019年の同数字は15億人(2020年1月20日発表)に達したという。そして、同指標によると、国際観光客到着数は10年連続の成長を示したという(新型コロナウイルスの影響は加味されていない)。

同機関による2010年発表の長期予測では、「14億人に到達するのは2020年」と見込まれていたことを考えると、その予測は2年前倒しで、2018年に達成されたことになる。そしてこれは、前年比6%の増加であり、世界経済における成長率3.7%(当時)を大きく上回ったのである。また、2019年には、経済成長の鈍化・不確実性がみられたが、それでも世界の国際観光客到着数は、4%増加したのである。

また、このインバウンド観光を、どの地域が伸びているかをみてみると、次の図表の通りである。

「図表:世界の地域別国際観光客到着数の増加率について」
「図表:世界の地域別国際観光客到着数の増加率について」

 世界的にもインバウンド観光は、このように、(少なくもコロナ禍前までは)確実に大きく成長してきているといえたのである。

日本のインバウンド観光

 では日本のインバウンド観光は、現在どのような状況(今後を考えうれで、コロナ禍以前の状況を確認していくことが重要だ)にあるのだろうか。まず、それをみていこう。

 近年における日本政府の観光立国に向けての政策が功を奏して、インバウンド観光において、年々訪日外国人数の増加が認められるといえる。

 図表「年別訪日外国人数の推移(1964年以降)」を見てもわかるように、訪日外国人数は、全体としては徐々に増加傾向にはあるが、その数が1,000万人を超えたのは2013年、2015年にほぼ2,000万人(約1974万人)、2016年約2,404万人、2017年約2869万人となり、2018年には実に3,000万人(約3119万人)を超え、2019年は3,188万人(前年比+2.2%)となった。そのことは、訪日外国人数は、この6年間で約3倍に増加したことを意味するのである 。

 では、このような日本のインバウンド観光は、世界的にみて、どのような状況にあるのかについてみていこう。

 国連世界観光機関(UNWTO)が発表したデータによると、日本の2018年外国人観光者数は世界で第11位であった。上位15カ国のランキングは、「図表:世界各国・地域への外国人訪問者数」のランキングの通りである。

 日本は、2017年には前年の14位から2つランクアップし12位。2018年にはさらに11位に躍進した。アジアの中でも「中国」「トルコ」「タイ」に次ぐ、第4位にランクインされている。他方、トップであるフランスと比較すれば、その差は約2.8倍。その意味からすると、日本のインバウンド観光市場は、いまだ「伸びしろ」がある考えることができるだろう(注2)。

図表「年別訪日外国人数の推移(1964年以降)」および「図表:世界各国・地域への外国人訪問者数」
図表「年別訪日外国人数の推移(1964年以降)」および「図表:世界各国・地域への外国人訪問者数」

日本のインバウンドをどう考えるか

 このように考えていくと、日本における観光業、特にインバウンド観光は、コロナ禍で壊滅的な影響・被害を受け、今も厳しい状況にあり、その状況から脱却するためにもがき苦しんでいるが、その収束の可能性がみえ始めた今こそ、日本のインバウンド観光の可能性について、今回の経験や教訓を踏まえて、大きな方向性や展望を描く必要があるだろう。

 そこで、思考実験的な提案をしてみたい。

  それは、現在の日本の産業構造や経済などをみると、短中期的に見た場合、先にも記したように、観光業に以外に外貨を確実に稼げる産業はあまりない。すべての産業の基礎となってきており今後ますます重要になるであろうICT系の産業も、国際的に見た場合、以前は日本企業の独断場であった時期もあるが、日本は現在完全に劣勢にあり、その状況を転換できる可能性は今後も非常に低いだろう。また現在は国際的に優位性のある日本の自動車産業も、EV(電気自動車)、自動運転、シェアリングエコノミー(注3)、MaaS(注4)などの流れを考えると厳しい状況が予想される。

 このように考えると、日本は、それらの流れとは別張りの方向性を目指すという視点(飽くまでも現時点では思考実験の視点であるが)から、日本の観光業を考えてみてはどうだろうか。

 そこでは、次のような視点から、日本社会全体をつくり変えるのである。

①「デジタルデトックス」社会にする。

日本の国内では、特定の限定したエリアや施設以外では、スマホなどのICT機器の使用をできないようにする。つまり、日本をネット世界から離脱させるのだ。私たちは、基本ICTやネット社会を活用し、利便性を満喫してきている。他方、それによる多くの問題や課題、混乱等も生まれてきている。そこで、その流れとは別の社会を構築して、今後の日本および世界の新しい方向性を模索する。

②日本の文化や歴史を活かした国づくりをする。

 ①と連動させて、現在の世界の流れとは別張りの世界や社会を構築するのである。日本をいくつかの地域に分け、各地域毎に、日本の歴史や文化を感じさせる地域づくりを行うのだ。日本の歴史などを展示する施設としては、すでに博物館明治村(注5)や日光江戸村(注6)などがあるが、日本全体を、単なるエンタメパーク的なレベルではなく、日本の歴史・文化パークにつくり変え、観光立国につくり変えるのだ。

 日本は、豊かな文化と長い歴史の国とよくいわれるが、その実態は必ずしも明確ではない。その意味からも、この日本をつくり変える過程において、日本の文化や歴史を再考し、その知見を日本の今後の可能性を探求していくうえで活かしていくのである。

 たとえば、関東近辺を、江戸時代や鎌倉時代エリアに、関西を奈良時代や平安時代エリア、九州などを明治時代エリアにするなど(これにも異論はあるだろうが)考えられだろう。

 もし、このように「デジタルデトックス」の文化・歴史エンタメ社会にできたら、日本には、世界中からインバウンド観光に訪れてくること確実だろう。

さいごに

 日本が、このように社会になれるか、そうできるかはわからないが、従来の延長や現状の微調整ではなく、全く別の視点から、日本の今後の可能性を考えてみることも必要だろう。日本の現在の閉塞状況を見るにつけ、やや暴論であるかもしれないが、創造力をもう少し自由にさせて、いろいろと考えてみてもいいのではないだろうか。

 その意味で、インバウンド観光を主軸にした日本社会の再構築のアイデアのたたき台に一つとして、多面的に議論していくなかで、新しい日本の可能性や方向性がみえてくるのではないかと思う。

(注1)インバウンド観光は、「2019年のインバウンド消費約5兆円の時点で既に半導体や自動車部品、鉄鋼、プラスチックも上回っており、政府目標の通り、2030年のインバウンド消費目標15兆円を越えると現時点の最大の輸出産業である「自動車」を越えて、ナンバーワンの外貨獲得産業とな」るといわれています(下図参照)(出典:「日本最大の外貨獲得産業へ!with/afterコロナ時代に急がれる観光人材育成」 加藤史子(WAmazing)、COMEMO、2022年4月19日)

「図表:日本の観光業は外貨獲得の稼ぎ頭だ」
「図表:日本の観光業は外貨獲得の稼ぎ頭だ」

(注2)2019年時点で、日本の旅行市場規模全体(27.9兆円)のうち、インバウンド市場はいまだ2割弱ですぎないことを考えると、インバウンド観光は潜在成長力および外貨獲得可能性としてはかなりの伸びしろがあるということができる。

(注2)シェアリングエコノミーとは、「一般の消費者がモノや場所、スキルなどを必要な人に提供したり、共有したりする新しい経済の動きのことや、そうした形態のサービスを指します。一般のドライバーがスマートフォンのアプリでマッチングした乗客を自家用車に乗せて運ぶライドシェア、一般の人が所有している物件の空き部屋をWebサイトやアプリを通して旅行者に貸し出す民泊は、シェアリングエコノミーの代表例と言えます。」(出典:「シェアリングエコノミーとは?その概要と事例について解説」 ビジネスブログ「Future Stride」(SOFT BANK)、2021年1月27日)

(注4)MaaSとは、「『Mobility as a Service(モビリティ・アズ・ア・サービス)』の略称で、鉄道・バス・タクシー・旅客船・旅客機・カーシェア・シェアサイクルなど複数の交通機関のサービスをひとつのサービスとして結び付け、人々の移動を大きく変える概念を指します。」(出典:「MaaS(マース)とは?意味や日本におけるアプリ提供・実証実験の進捗」、業務改善ノートTMJ、2022年3月25日)

(注5)博物館明治村は、「時代の流れとともに取り壊されてゆくこれらの文化財を惜しんで、その保存を図るため創設された野外博物館」(出典:博物館明治村HP)であり、愛知県犬山市に所在する。

(注6)日光江戸村とは、江戸時代や戦国時代が主題である、栃木県日光市に所在するテーマパークである。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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