飯豊まりえ×eill 同年代の二人が語る、映画『夏へのトンネル、さよならの出口。』が描く光と影
劇場版アニメ『夏へのトンネル、さよならの出口』の主演を務めた飯豊まりえ、主題歌・挿入歌を手がけたeill
話題の劇場版アニメ『夏へのトンネル、さよならの出口』が9月9日に公開され、好調だ。八目迷の人気ライトノベルを映像化、声優として飯豊まりえと鈴鹿央士のW主演で、二人の高校生の忘れられないひと夏の青春を描いた、切なく瑞々しい物語だ。そしてこの映画の主題歌、挿入歌を手がけるのが注目のシンガー・ソングライターeill。その音楽が映画と共鳴、響きあって感動を増幅させてくれ、映画を観た人の心の深いところにまで届けてくれる。孤独な少年と少女の、時空を超える不思議なトンネルをめぐる“今”しかできない冒険を描いたこの作品で感じて欲しいこと、自身が感じたことを、同年代の飯豊まりえとeillにインタビューした。
――まずこの作品の完成版を見た時の最初の感想から教えて下さい。
飯豊 本当に画が驚くほど美しくて感動しました。最初はまだアニメーションはできあがっていなかったので、鉛筆で描かれた棒人間のようなラフが動いているものに合わせてセリフを録音しました。できあがった映像を観たら、色が乗って私の声のアクセントやリズムで、キャラクターが動いていたのでそこにも感動しました。
eill 私も画が本当にきれいで感動しました。台本を拝見してはいたのですが、曲を書く時にいただいた映像が、その顔がない棒人間が動いているもので、表情がわからないので飯豊さんの声を頼りに「(飯豊が演じた)あんずちゃんは、どんな気持ちなんだろう」って考えながら曲を作っていました。なので飯豊さんの声が光を照らしてくれたようでした。
――画は、これが本当にアニメなのかと思うほどの圧倒的な美しさでした。
飯豊 本当にそう思います。物語のキーとなるウラシマトンネルの中には紅葉の落ち葉が落ちていたり、映画の公開は夏の終わりなので秋に先駆けている感じも含め、美しい映像だと思います。それと、近未来的な感じのアニメが多い中、ガラケーや、人があまりいない田舎の駅のホームが登場するノスタルジーな雰囲気も、今の若い人たちには一周回って新しいのかなとも思いました。
――飯豊さんはこの作品を絶対やりたいと、オーディションを受けたとお聞きしました。
飯豊 原作のファンであると同時に声優のお仕事に憧れがあったので、受けました。最初ボイスメモで声を録って送って、スタジオで演じながら声を録りました。私が演じた花城あんずは一見クールに見えてとても繊細な女の子なので、感情的になるところはすごく感情的になって、“共同戦線”に誘うシーンはかっこよく、その強弱、メリハリが大切で、求められているのかなと思いました。
「アニメの声優さんの、テクニカルな声のお芝居とは違うものを楽しんでいただけると思います」(飯豊)
――花城あんずというキャラクターは飯豊さんの中にすんなり入ってきましたか。
飯豊 もちろん私とあんずは育ってきた環境も背景もストーリーも違いますが、彼女の心模様の変化、成長していく様子もこの作品の見どころのひとつだと思うので、最初に登場するシーンから終盤にかけて、声色を変えて演じました。お気に入りのシーン、セリフは崖から落ちて塔野(カオル/鈴鹿央士)くんとあんずが重なりあって、ちょっと沈黙があって「どいてくれる?」っていうところです。それと塔野くんに「あなたが見てる景色、私にも見せてよ」って言ったら「味気ない世界だよ」って言われて、沈黙するシーンは本当に好きです。どちらもとても大切なシーンだと思うので、ここのテンションに合うように、その前後のテンションやトーンに気を付けて演じました。ラストはあの夏から数年経って大人になっているので、全体的にトーンを高くしたり、そういう工夫はしました。
――あんずとカオルの仕草や表情がものすごく繊細で。そこに飯豊さんと鈴鹿さんのリアルな演技がお二人のリアリティを感じる演技が加わって、感情がより伝わってきます。
飯豊 ナチュラルですよね。アニメの声優さんのテクニカルな声のお芝居とは違うものを楽しんでいただけると思います。
――eillさんは挿入歌「プレロマンス」と主題歌「フィナーレ。」を手がけ、歌の世界とアニメの世界が一体化していました。それぞれどんな思いを込めて書いたのでしょうか?
eill これまでのドラマやアニメへの書き下ろしの時は、漫画や原作を読んで“つかみにいく”感覚で、今回のように台本に加え、一本の映画になったもの、しかもキャラクターの顔がわからないラフな状態の映像をいただき、飯豊さんや鈴鹿さんを始め声優さんの声を辿って、表情や空気を想像する感覚で、もちろんそういう作り方は初めてでした。なのでその世界にかなり入り込みました。
「『プレロマンスは』恋のときめきを、『フィナーレ。』は、この映画を通して感じた、愛ってどのくらい大きなものなんだろうということを考えながら作りました」(eill)
――2曲共言葉がシンプルで、シンプルだからこそそのストーリーやアニメの雰囲気が、すっと馴染む感じがしました。
eill:嬉しいです。「フィナーレ。」は実際に海辺の街に行って、電車や踏切、波の音やトンネルを走る音を自分で録って曲の中に入れました。
――雨の音も入っていて、物語と“繋がっている”と感じました。
eill:そうですね。「プレロマンス」は、恋のときめきというか、恋なのか何なのかまだわからない状態を歌うというテーマがあったので、恋の始まりという意味を込めて「プレロマンス」というタイトルにしました。絵コンテを見ながらテンポ感も合わせ、画が切り替わるところもきっちり計算して、映画がより映えるようにすることを意識して作りました。「フィナーレ。」は、私がこの映画を通して感じたこと、愛って何だろうとか、誰か一人のことを待ち続けるのは私はきっとできないと思うので、そんな恋をしたらどんな気持ちになるんだろう、それってどれだけ大きな愛なんだろう、ということを考えながら作りました。なので映画に寄り添える部分は、きちんと寄り添えたという感覚があります。
――今まではそういう気持ちで曲を書いたことは、あまりなかったですか?
eill:私の曲は、特にラブソングは失恋の曲ばかりなんです。だから今回のような愛のかたまりみたいな曲は今まで書いたことがなかったので、逆にこの『夏へのトンネル、さよならの出口』という映画のフィルターを通して、そういう愛の形を描けたことは自分にとってすごくラッキーでした。今まで見つけられなかった言葉も発見できたり、この作品に参加できたことで成長できた部分があります。
「三つの出来事が同じ場所で起こって、それぞれ全然違う感情、表情が、飯豊さんの声色で描かれているところがすごくグッときて、涙をこらえきれませんでした」(eill)
「『プレロマンス』の〈ふたりだけの世界がここにあればいい〉という歌詞がすごく好き」(飯豊)
――eillさんのお気に入りのシーンを教えて下さい。
eill 私は最初に駅で二人が出会うシーンがすごく好きで、ウラシマトンネルに一緒に入る前に、もう一回そこで、その日と同じように傘をさして同じ言葉をかけ、そして向日葵を渡すシーンがあって。そこから何年か経ってあんずちゃんが一人でこの駅で泣くシーン。この三つが同じ場所で、全然違う感情、表情が飯豊さんの声色で描かれているのが、もうすごくグッときてしまって、涙をこらえきれませんでした。
飯豊 いいシーンですよね。
eill 最初あんずちゃんはクールな性格の女の子で、感情が“無”のような感じだったのに、少しずつ感情が芽生えていっている感じに心を動かされました。
飯豊 この映画は欲しいものを手に入れたり、捨ててしまったものを取り戻すために救いにいく物語です。最終的には前を向かせてくれる物語でもあると思います。生きて前に進み続ければ、またもう一回救えるチャンスが来るという希望だけでなく、現実的なメッセージも含まれていて、10代の若い方はもちろん、大人の方にも十分楽しんでいただける作品になっていると思います。
eill 「フィナーレ。」の歌詞にも〈「愛するための」代償ならいくらでもどうぞ ただずっとそばにいたい〉というフレーズがあるのですが、ひとつのものを守るためには色々な犠牲が必要だと感じたり、普通だったらあり得ないほどの大きな愛、ピュアすぎる愛の残酷さと、本当に信じていたらたどり着ける場所がある、という、正義と悪のような対照的なものをすごく感じました。このふたつが描かれていることで、観た人の心に残るものが変わってくると思いました。「フィナーレ。」で、何かを犠牲にしてでもあなたを選ぶ、ということを書いたのは、そんな愛に出会えたら、人はすごく幸せだろうなと強く思ったからです。映画を観た後にまた曲を聴いていただいて、自分の中で思い浮かぶ人、もの、出来事に胸が締めつけられて、それを糧に少しでも前に進めると思っていただけたら嬉しいです。
飯豊 私は「プレロマンス」の最後の〈ふたりだけの世界がここにあればいい〉という歌詞がすごく好きで、劇中でも本当にそう思っていて。カオルとあんずの二人が共同戦線していく中で、あるきっかけでカオルのことを失いそうになるのですが、その時に抱く感情が愛なのか友情なのかわからなくて。でも、この言葉は本当にそうだなって思えたんです。
「“今”という時間、目の前にある日常の大切さを感じて欲しい」(飯豊)
――<ふたりだけの世界がここにあればいい>って、真を突いた言葉だと思います。この映画はSFファンタジーの雰囲気もありつつ、ちゃんと地に足がついている物語、映画だと思いました。
飯豊 ウラシマトンネルに入るということは、欲しいものが手に入るっていうよりは、失くしたものがもう一回蘇ってくるっていう感覚です。なりたいものに何でもなれて、何でも手に入るわけではなかった、という事実に気づいてしまいます。
――今を楽しく、頑張って生きようよ、というメッセージを伝えてくれます。
飯豊 “断絶”した世界に行ってしまうというのは、すごく怖いことなんだと教えてくれています。トンネルは時空が歪んでいるので、時間の流れが恐ろしいことになっていて、そう考えると“今”、日常や目の前にあるものが、すごく大切なんだという“気づき”を、改めて提示してくれていると思います。何事も突き進むのもいいけど、時には立ち止まってみることの大切さとか、そういうメッセージも感じます。
eillの既存曲「片っぽ」は、田口智久監督が「この作品のためにあるような曲」と惚れ込み、劇中歌として起用
――劇中歌の「片っぽ」はeillさんの既存曲で、田口(智久)監督が「『片っぽ』はまるでこの作品のためにあるような曲」と絶賛し、起用されたそうですね。
eill 嬉しいです。田口監督が、この曲をすごく気に入ってくださっていて、書き下ろしではないのですが劇中歌として流してくださいました。
――監督の言葉通り、ひと言目の<叶わない>という言葉から、映画のあの世界観とeillさんの世界観がリンクします。ナチュラルなビブラートが、アニメ全体の温度感とか空気感をより際立ている感じがします。
飯豊 せつない曲と声がすごく合うと思います。失恋の曲が多いっていうのは、多分、その素敵な声が合うのかなって。だから「片っぽ」もループして聴いているぐらい好きです。
eill ありがとうございます。すごく嬉しいです。