LD&K社 12店舗目のライヴハウスを来春2月渋谷にオープン。大谷秀政社長に聞く、ブレないスピリット
2025年2月、渋谷エリアに「チェルシーホテル」「スターラウンジ」「渋谷近未来会館」に続いて、400人を超えるキャパのライヴハウス「渋谷音楽堂」をオープン
LD&K社が来春2月、渋谷区宇田川町に400人を超えるキャパの、同社12軒目のライブハウス『渋谷音楽堂』を新たにオープンさせる。ガガガSP、かりゆし58、打首獄門同好会、日食なつこ等が所属する音楽マネジメントと宇田川カフェ等飲食を柱としている同社は、コロナ禍で大打撃を受けるも、「横浜1000Club」「下北沢シャングリラ」「渋谷近未来会館」、そして「道玄坂教会」などのライヴハウスや店舗を連続出店し、攻勢をかけた。その結果売り上げは倍増。鋭い嗅覚で常に先を読み仕掛け続ける、同社を率いる大谷秀政社長に、2021年以来3年振りにインタビューし新しいライヴハウスについて、そして改めてその経営姿勢について聞かせてもらった。
――渋谷にまた新しいライヴハウス「渋谷音楽堂」をオープンさせるとお聞きしました。
大谷 色々物件を見ていたのですがどれもピンと来なくて、ライヴハウスというのは場所の制限がかなりあって、騒音に代表される環境の問題、天井高や柱がないとか動線や楽屋等、諸条件が揃うところがなかなかないのですが、今回急にお話をいただいて見に行って即決しました。
――渋谷だけでも「チェルシーホテル」「スターラウンジ」「渋谷近未来会館」というライヴハウスがありますが、これからもどんどん積極的にオープンさせていく戦略は変わらないですか。
大谷 これは前のインタビューでも言ったと思いますが、我々の音楽事業は昔から360度でビジネス展開していて、レコード会社をやりつつマネジメント事務所もやって、制作から販売、宣伝まで全てカバーしています。そう考えると、新人発掘の部分も含めてライヴハウスを増やすというのは既定路線で、CDが売れなくなって久しいですが、ライヴマーケットは大きくなっています。2021年末にオープンさせた「渋谷近未来会館」は、まだ工事をしている段階からどんどんスケジュールが埋まっていきました。渋谷でいうとおっしゃる通り何店舗かあるので、一軒、二軒増やしても担当部署の責任者の仕事の量はそんなに変わらないです。ブッキングを増やすだけなので、仕事的にいうとさして面白くない(笑)。
「ライヴはステージに立つ出演者とお客さんが向かい合って、その間にしか流れない特別な空気がある」
――なるほど。
大谷 でもライヴはステージに立つ出演者とお客さんが向かい合って、その間にしか流れない空気があるじゃないですか。あの空間にいると何かかけがえのないものを感じる。僕も元々バンドマンなのであの「場所」にいるのがすごく好きなんです。僕がフラッと観に行くと、出演している人達から「ここを作ってくれてありがとうございます」って感謝されることもあって、ただ作っただけなのに感謝される、こんないい仕事ないと思います。ライヴハウスシーンで大きな存在になっているのが嬉しいです。
コロナ禍でライヴハウスを次々とオープン。「このご時世にライヴハウスをオープンさせるなんて、あいつは何を考えてるんだ、バカなのかということをすごく言われた」
――コロナ禍の2020年に横浜に「1000 CLUB(サウザンドクラブ)」、福岡にライヴハウスとカフェバーを併設した「天国と秘密」、「下北沢シャングリラ」を次々とオープンさせた時は色々な声があったとお聞きしました。
大谷 「このご時世にライヴハウスをオープンさせるなんて、あいつは何を考えてるんだ、バカなのか」ということをすごく言われました。でも僕からすると、いやいや何を言ってるんだと。ライヴハウスという場所で熱狂を経験した人たちは絶対にいなくならないとずっと言ってきました。
――音楽がある場所を作るということを貫いています。
大谷 そうです。それをいつも考えながらお店を作ってきました。そもそも音楽が使われている、音楽が聴ける環境というのはライヴハウスだけではなくて、カフェも音楽を広めていく場所なんです。ただ僕は常にチャレンジャーなので「道玄坂教会」(2022年オープン)のようなお店を作るのも面白い。似たようなお店がないのも我々の強みだと思います。いつも目が覚めるようなことをやりたいと思っています。
――「道玄坂教会」は道玄坂にいきなり教会が出現してビックリしましたが、今インバウンドですごく賑わっています。
大谷 多目的スペースですが、バー「TheChurch」として毎朝5時まで営業しています。オープンして間もない頃、マネスキンのメンバーが遊びにきて「酒飲んでタバコ吸って、教会だぜっ」ってSNSの個人アカウントで発信してくれて、それが大きかったです。ライヴハウスが終わったくらいの時間が一番混んでいます。
――どんな発想から教会だったのでしょうか?
大谷 「道玄坂教会」の近くにはうちの「道玄坂カフェ」があって、あの店も僕が仕事部屋として借りている部屋が神泉にあるので、本社からそこに行く時は道玄坂を通っていくのですが、あの辺にカフェがなかったんです。だから自分が休憩するカフェを作ろうと思ってオープンさせました。その途中に美容院があって、そこがアーチ型の入口でした。それを見て「教会みたいだな」と思っていたらそこがなくなって、僕のところに話がきてそれで「道玄坂教会」です。
「『コロナ禍でも出店攻勢』という記事が出て、商売をうまくやってるなという見方をされたのがすごくしゃくだった」
――オープンに際して『コロナ禍に私が最期に創るのは「道玄坂教会」』というコメントを出していました。
大谷 2020年と21年にインタビューをしていただいたと思いますが、ちょうど起業して30周年のタイミングでもあって、本(『CREATION OR DEATH-創造か死か-』)も出したりして、色々インタビューを受けて「コロナ禍でも出店攻勢」という見出しがたくさん出ました。それで、商売うまくやってるなっていう見方をされたのがしゃくで(笑)。渋谷の周りの飲食店を見ると、とにかく安さで勝負していて、これをやっているから日本はダメだし、前から打算は自滅って言い続けていました。自分で自分の首を絞めている。だったら敢えて採算度外視で作ってやろうと考えて、業者にも見積りはいいからちゃんとした教会を作って欲しいとだけリクエストしました。
「世の中無駄なものが存在していいということを証明したかった」
――お金儲けが得意そうって見方をされたのが、よっぽど腹立たしかったんですね。
大谷 そうです。だったらもう店にしないって(笑)。ただ自分が楽しむだけの場所にしてやれと思って、スピーカーにこだわったり、目抜き通りに面しているので入口のドアはいつも開けっぱなしなので、覗いてみると教会の椅子でおじさんがボーッとしている姿を見せたかっただけなんです(笑)。要するに世の中にお金じゃなくて、無駄なものが存在していいというのを証明したかったんです。渋谷にそういう場所を作りたかった。僕は仕事として心の余白というか、余裕がないのが嫌なんですよね。だから飲食業や音楽事務所、エンタメをやっている会社がいつもお金、お金って追求して心に余裕がないのってダメだと思うし、そういうオーナーではいけないと思います。神南のカフェ&ギャラリー「渋谷藝術」は、木が生い茂っている庭がある一軒家で、わかりにくい場所にあるんですが、僕の精神安定のためにそういうお店を作るんです。それは無駄なことをしたいからだし、それが大切だと思っているからです。
「売上げ的に厳しい店もわざと作っている」
――ライヴハウスもカフェや飲食店も自らプロデュースして、内装のデザインも大谷さんが考えているんですよね。
大谷 そうです。ここでやると決めたら6時間くらいで図面含め全てを決めてしまいます。これまでの経験があるので、壁紙の雰囲気から素材まで細かいところまで指示します。もちろんコンセプトから価格設定まで、これくらいの規模の売り上げになって、人件費はこのくらいになるというのは頭の中にあるので、それを指示します。だからひとつとして同じ店がない。
――何勝何敗くらいですか?
大谷 勝っているお店はすごく勝っているので、負けているお店があってもそんなに気にならないというのが本音です。それはこの店は成立する、この店は赤字になるということも最初からわかってオープンさせているからです。売上げ的に厳しい店もわざと作っています。ちゃんとカラーがある、面白いお店が絶対必要だし、他のお店がちゃんとカバーしてくれます。さっき出てきた「道玄坂教会」も最初はそういう考え方で作りましたが、人気店になりました。
「渋谷の新しいビルにも他のターミナル駅の駅ビルや大規模な商業施設にも出店しない」
――3〜5%の人を相手にしたマニアックな、訳のわからないお店がたくさんあった方が渋谷は楽しくなるということもずっとおっしゃっています。
大谷 そこも変わらないです。今渋谷は急激に変化していて、大きなビルがたくさんできています。我々のお店にも出店要請がありましたが、お断りしています。埼玉や神奈川のターミナル駅の駅ビルや、大規模な商業施設からもオファーをいただきますが、一切そういうところには出店するつもりはありません。万人受けするお店をやるつもりがないんです(笑)。結局うちの会社の根底にあるのはやっぱりカウンターカルチャー、サブカルチャースピリットで、ある種アンダーグラウンドだし、ずっとそうなんですよね。僕の悪いところだと思います。
――でも結果的にそこで勝っているという現状があります。
大谷 たまには自分を褒めてあげたい(笑)。自分の趣味を具現化させてどう経済的に回すか、それが今のところはうまく行っています。大きな仕事をしている人やメジャーな仕事をしている方とかの視線や視点は、やっぱりミーハーなものを見ていて、ミーハーってものすごいエネルギーというか、色々なことの原動力になっているとは思います。でも、色々と大きなビジネスになりそうなことにお誘いを受けても僕には無理だなって毎回思ってしまいます。
――会社の規模感にもこだわっています。
大谷 そこがLD&KがLD&Kである所以というか、このくらいの規模感で何となくいい感じで来ているというのは奇跡だと思います。時代がどんどん変わっていくので、大きな図体だと動けなくなります。
コロナ禍で積極的に人材を採用
――コロナ禍でライヴ、飲食が厳しくなった時も、絶対に人を切らないとおっしゃっていました。
大谷 2019年当時、30億程の売り上げだったのが、確かにコロナ禍で20億くらいまで落ち込みましたが、誰も辞めさせませんでした。当時店舗も増えたので逆に社員もアルバイトも増えました。コロナ禍で不安になった人も多く、「正社員にして欲しい」という声も多かったので、正社員になってもらいました。音楽事業部もスタッフが増えました。基本ライヴ制作も自社でやっているので、当時閉店してしまった他のライヴハウスで働いていたPAや照明の人間も、正規社員採用しました。
「元々怠け者なので、でもコロナ禍でむちゃくちゃ頑張ったのでもう役目は果たしたと思う」
――苦しいときに攻めて、それが実を結んで売り上げも50億くらいになって、会社としてさらに進化している状況だと思いますが、コロナ禍を経て大谷さんの気持ちや考え方、気分に変化はありましたか?
大谷 以前取材していただいた時は忙しいタイミングでした。でもコロナ禍以前の10年位は本当に怠けていて(笑)、基本的には怠け者なので働きたくないんです。ただ、コロナ禍で会社が苦しくなってきて、さすがに僕が動かないといけなくなりました。ここ数年はむちゃくちゃ頑張って、会社もようやく落ち着いてきたので、できれば働きたくない(笑)。もう役目は果たしましたよねっていう気持ちがあるんですよね(笑)。いまだに、会社を売ってくれっていう大企業がよく来ますが(笑)、僕が好きなことを好きなようにやっている会社なので、他の人が入ってくるとやれ採算だ、やれ赤字部門はどうするんだ、経営効率を考えろとか言われるのが嫌なんです(笑)。
「経験上ほとんどのことが考えても無駄。なにはともあれやってみることが大切」
――会社を譲って、それなりのお金を手にして悠々自適な生活をしようとか全く考えていない、と。
大谷 働きたくはないけど(笑)、僕の好きなことが詰まっている会社なので。僕が面白いと思っていることを一緒に面白いと思ってくれる人がいるのが最高だし、もちろん僕がダメな部分も「だってエンタメだし」って笑ってくれる仲間がいる今が最高なので。エンタメは金の勘定だけじゃないってさっきも出てきましたが、もうお金に興味がないんです。貯金もないですが、昨日も吉野家で牛丼食べながら、いつまで経っても牛丼が素晴らしく美味しいなって思える人間でありたいと改めて思いました(笑)。
――トータルでバランスを取りながらしっかり表現している印象があります。
大谷 いかにノーストレスで生きるかがテーマだし、経験上、ほとんどのことが考えても無駄だし、うまくいくかどうか、成功するか失敗しないかはどうでもよくて。なにはともあれやってみることが大切。でもクリエイティブにはこだわるべきです。元々経営にあんまり興味がないけど、今までやってきたことは、針の穴に糸を通すじゃないけど、本当にギリギリのところでうまく工夫しないとできなかったと思うし、これからもそれは変わらないです。意外とすごいことやってるんですよね(笑)。
『東京ナイトマーケット』も仕掛ける
――すごいプロデューサーだと思います。LD&K、大谷さんはご自分のお店だけではなく、例えば10月に代々木公園ケヤキ並木で開催され大盛況だった「東京ナイトマーケット」を手がけるなど、渋谷区全体を盛り上げようとしています。
大谷 今年で3回目でした。色々な議員さんと話しをする機会があって、毎回問題になってるのがいわゆるインバウンド対策と、東京の食文化の発信と、ナイトエコノミーの促進で、僕のところに何かできないかと相談が東京都と渋谷区から来ました。
「人の人生のひとコマに残れるなんて、こんな嬉しい事はない」
――それでナイトマーケットをやろうと。魅力的なお店をはじめ、渋谷のカルチャーを濃縮して楽しめる観光スポットになりました。
大谷 結構旅行でアジアに行くことが多くて、東京だけナイトマーケット、夜市がないなと思っていました。僕は海外では必ずナイトマーケットに行くし、どこもすごく賑わっているし、日本に来る観光客にも絶対に楽しんでもらえると思いました。渋谷にはインバウンドがこぞって訪れますが、アニメとかで有名なスポットとか、ライヴハウスはあるけど、例えばミシュランで星を獲った店もないし、行くところがないんです。結局ドメスティックでずっと流行ってきた街なので、基本的に全て日本人向けですよね。だからインバウンドも日本人も、老若男女が楽しめるナイトマーケットを立ち上げました。僕がやっていること全てがそうですが、面白かったとか楽しかったとか、美味しかったとか、人の人生のひとコマに残れるなんて、こんな嬉しいことはないです。だからそういう「場所」や「瞬間」をこれからも作っていきたい。