ノルウェー風力発電と人権めぐり、先住民と若者が抗議、政府は謝罪へ
この1週間は大きな騒動がノルウェーを揺るがした。
若い世代を中心とした先住民族「サーミ人」が、環境省など複数の政府施設立で封鎖・立ち入り妨害・座り込みを連日強行したのだ。
閣僚らは話し合いに務め、職員は自宅で仕事をするなどの対応に追われた。
活動家たちの要望はノルウェー政府に対して風力タービン(風車)の撤去だ。
まず、ここでひとつ理解しておくことがある。今回の騒動は「先住民族は再生可能エネルギーの恩恵がわからずに反対しているわけではない」ということだ。
今回は「風力発電に賛成か・反対か」がテーマではない。問題の根底にあるの「先住民族に長年強制してきた抑圧の歴史と人権問題」だ。サーミの権利はもともと国際条約でも保証されている。
- 2020年 ノルウェー政府は遊牧民サーミのトナカイ牧草地にあたるエリアに風車151基を設置
- 2021年 ノルウェー最高裁判所は「フォセン地域の風力発電所の風車は先住民の権利侵害」と判決を下す
- しかし、最高裁判所は「風車は撤去されるべき」とは言わなかった。「政府は風車を今後どうするべきか」までは進言しなかったことが、事態を複雑化させる
- ノルウェー政府は先住民の権利を侵害せずに、風力発電を続行できる道を模索するとして、解決策につながる「情報と知恵をまずは集める必要がある」と判断
- 「知恵を集める」作業は続き、政府が解決策を模索する間も風車は稼働し続けた
- 2023年2月23日 判決から500日が経過して、「人権侵害が今も続いている」として、サーミ人や青年自然環境団体などの活動家たちは政府施設前の立ち入り妨害や座り込みを開始
- サーミ議会の議長やフォセン地域のトナカイ遊牧民たちもノルウェー政府に抗議
活動の中心は若い世代
ノルウェーの歌手でありサーミ人として環境活動家として現地では有名なエッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセン(1988年生まれ)は、若き環境活動家として、ノルウェーではスウェーデンのグレタさんのような存在だ。
イーサクセンさんは活動家らの顔として、政府の人権侵害が続く現状に怒りと憤りを露わにしていた。
スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんも途中から抗議活動に参加。トゥンベリさんも警察に拘束されたことで、騒動は一気に国際ニュースとして他国にも報じられる。
政府は人権侵害を認め謝罪へ
- 3月2日 ノルウェー政府はサーミ人に謝罪。ストーレ首相は「人権侵害かと聞いているならば、答えはイエス」と現地メディアに話す
- 3月3日 サーミ議会・遊牧民らと政府の話し合いが続く中、国会と王宮前で国内中からサーミ人や支援者が集まり最後の抗議活動を行う
- 現在 サーミ側と政府で互いの妥協点を模索するための解決向けての話し合いが続く
理解しておきたいポイント
ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにまたがって北極圏を中心に生活をしてきた先住民サーミ人。計5~8万人と推定される人口の多くはノルウェーに住むとされている(ノルウェーのファクトチェック)。独自のサーミ議会も存在する。
抑圧と差別の歴史、今も続く苦しみ
長年にわたって差別や文化的抑圧を受けてきた歴史がある。北欧現地に住む人なら、サーミ人が抑圧されてきた歴史は学校の教科書などで学ぶ。
同化政策で抑圧・差別されてきた歴史は今もサーミ人を苦しめている。
北欧の教育や福祉制度を利用しても、サーミ人コミュニティの社会問題に理解がある医療関係者や教育者などは少ない。悩みを打ち上げにくい・理解者が少ないことなどから、北欧現地に暮らす他の市民とは福祉制度などの恩恵を同じようには受けられずにいる。今もアイデンティティに悩み、メンタルヘルスを壊しているサーミ人は多い。
サーミ人にとってトナカイは生活そのものであり、アイデンティティ
トナカイ放牧や遊牧民生活はサーミ人にとってのアイデンティティ・言語・ライフサイクルである。ノルウェー政府はトナカイの飼育頭数や移動エリアなどを規制するなどして、今もサーミ人と対立することがある。
サーミの暮らしからトナカイを奪い、住んでいた地域から追い出すことは、抑圧が今も続いていることに等しい。
サーミの文化や言語を歴史的に消滅させてきた歴史が北欧にはある。
今回のように、最高裁判所の判決がありながらも風車を稼働させ続けることは、長い抑圧の歴史を背負うサーミ人にとって差別が終わっていないことを認識させる。
フォセン地域でトナカイ放牧をするサーミ人だけの問題ではなく、ノルウェーに住む全てのサーミ人に対する政府の態度として捉えられる。
繰り返すが、「風力発電に反対か賛成か」ということが問題点ではない。人権とマイノリティ保護が焦点だ。
風車が設置されると、トナカイはこれまでのような静かで平和な環境下で生活ができなくなる。よって現地でトナカイ漁で暮らすサーミ人は半減するとされている。半減は、マイノリティの存続危機を意味する。
風力発電の恩恵を受ける市民が何人で、現地でトナカイ漁で暮らすサーミ人が何人か、発生する経済的効果・労働者は何人かという数字は意味をなさない。要点は先住民族の人権と存続危機かだからだ。
マジョリティの主張が常に正しいとされるなら、世界中のマイノリティや先住民族は消えてしまうだろう。
気候危機や環境問題の対策として再生可能エネルギーは解決策になる。だが最高裁判所も示したように、風車は「他の地域にも設置するという解決策は可能だった」ことも問題。
「他の場所でトナカイを放牧すればいい」という主張は、その人が「自分の特権性」に無自覚なマジョリティ性が強い人の特長ともいえるだろう。
最高裁判所は「政府はサーミ人の人権を侵害している」という判決はしたが、「ノルウェー政府は設置されたターバンを今後どうするべきか」を言わなかったことが、事態を複雑化させた。
風力発電において地元の人とのコミュニケーションは鍵である。政府側の現地の人と解決するための対話やサーミ人への理解が足りなかったように筆者には見える。
だが全てのノルウェー人がサーミ側というわけではない。騒動中はサーミ人の苦しみや人権侵害を描写するニュース記事が多かったが、現在は風車が全撤去された場合の現地の市民の光熱費に与える影響にも関心が移っている。
サーミ人の言い分に納得がいかない市民もおり、座り込み抗議などに参加した若者にはヘイトスピーチや脅迫が届いている。
サーミ人にとっての抑圧の歴史は長いので、当事者からすると長期にわたる差別と抑圧の延長戦上でしかないだろう。だが抗議活動が始まり、約1週間で政府が謝罪するまでに至った流れは速いと筆者は感じた。日本ではこのスピードで物事は進まないだろう。
仲間や家族が警察に連行され、泣いている若いサーミ人たちの姿はノルウェー現地では大々的に報道された。抑圧の歴史を改めて認識させる映像も多く、事態の長期化は誰にとってもよくないという判断もあったのだろう。このままでは先住民族の人権侵害という観点で国連が介入してくるリスクもあった。
サーミのフェミニズムと環境活動に新しいムーブメント
サーミ人はもともと自然との共存生活をしているため、気候危機や自然保護には積極的に取り組んできた民族だ。
若い世代の社会問題に対する意識は強く、女性たちの影響力も大きい。ノルウェーのフェミニズムの歴史という観点でみても、抗議活動の中心が若い世代や女性が多かったことは、サーミのフェミニズムに新しい世代が誕生したことを意味する。
今回の騒動を「再生可能エネルギーの恩恵がわからずに、反対している人たち」と判断するのではなく、人権やマイノリティなどの視点も忘れずにおきたい。