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「オレオ」のビスケットは「ハラーム」???

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:Splash/AFLO)

 イスラームの「戒律」には様々な禁忌事項、規制や制限があるが、本邦でも著名なものとして「ハラール」と「ハラーム」に関するものがあるだろう。「ハラール」とは、許容されたものとの意味で、食品をはじめ日常生活で何が「ハラール」かについて真面目なイスラーム教徒(ムスリム)は注意を払うことになる。本邦においては、農産物の輸出や「インバウンド」の際の「おもてなし」での食品についての判断や、化粧品や薬品についての判断が話題となり、どのような物品やサービスがどうすれば「ハラール」になるのかのついての助言や認証に関与することを事業化した「ハラールビジネス」なる怪しげな活動が幅を利かせたこともあった。

 「ハラール」の反対語、つまり許容されないものは「ハラーム」であり、窃盗や姦通のような行為や、食生活の中での禁止行為が話題になることが多いだろう。問題は、何が「ハラール」で何が「ハラーム」かについて、しばしば噂やSNS上の炎上のような形で半ば支離滅裂な誹謗中傷のようにして特定の財やサービスが攻撃される場合があるということだ。

2023年1月13日付の『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)には、AFPを基に著名なビスケットの「オレオ」が「ハラールでない」という話題がSNS上で広く拡散したため、その真偽を確かめたという記事が掲載された。記事によると、(どうやら中東やムスリムが多数居住する地域でたくさん流通している模様の)「オレオ」には豚の脂肪が使用されており、この製品は「ハラール」の基準に配慮したものではないとの指摘があったそうだ。「オレオ」は発売から100年を超える伝統的製品で、年間の売り上げは15億ドルにもなろうかという著名商品なので、これについて「ハラールではない」という風説が流布することだけでも、社会・経済的反響は相当な規模になりかねない。

 問題の記事を作成する、つまりSNS上の風説の真偽を確かめるための取材の結果、「オレオ」として製造された製品のうち、イスラーム諸国向けに製造されたものについては「ハラール」の基準を満たしており、エジプトではその旨を確認する食品としての認証を得ているそうだ。そして、「ハラール」ではない(=豚の脂肪を使用した)「オレオ」が流通しているのは、北米の諸国なのだそうだ。要するに、中東をはじめとするムスリムが多数を占める地域に居住している者にとっては、居住地で購入する「オレオ」について心配する必要はほぼないといえるし、北米などの地域に居住するムスリムのうち、その結果死ぬことになっても「ハラーム」と思われる食品などを摂取してはならないと信じる者は「オレオ」を避けた方がいいということなのだろう。

 「ハラール」や「ハラーム」については、本邦でのこれをあくまで経済的機会と認識してその認証や該当しない製品の排斥に関与しようとして様々な当事者が活動している。また、大局的にも化粧品や農産物をはじめとする財やサービスの輸出に際し、「ハラール」認証が必須であるかのように考えられているかもしれない。しかし、今般の「オレオ」についてSNS上で流布した風説のように、断片的かつ不完全な情報に基づいて特定の財やサービスが攻撃や疑念の対象になることは決して珍しいことではない。そして、この種の風説への対策も含めてムスリムに「万全な」財やサービスを提供する手間を考えれば、初めから彼らを顧客とする事業を営まない、という選択をする事業者がいることも当然ともいえる。「オレオ」の一件は、(神に対する人類の)越権行為にもなりかねない水準で「ハラール」/「ハラーム」認証が弄ばれているかもしれない現状や、本来そうした禁忌に拘束されない異教徒の思考や行動をも縛ることについての問題提起として留意しておきたい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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