自民党総裁選出馬会見、「政治とカネ」問題で「抜本改革」を打ち出せない小林・河野、他の候補者は?
「自民党が変わることを国民の前にしっかりと示すために、私が身を引く」と述べて岸田首相が自民党総裁選への不出馬を表明したことを受け、自民党総裁選に向けての動きが活発化し、10人を超える議員が出馬の意向を示している。
まず小林鷹之議員が8月19日、河野太郎議員が26日に出馬会見を行い、総裁選に向けての政策、方針などについて述べた。
岸田首相が総裁選不出馬に追い込まれた最大の原因となったのは裏金問題、政治資金問題であり、総裁選に向けて、これまでの経緯を振り返り、問題を整理してみたい。
昨年12月、自民党派閥政治資金パーティーをめぐる裏金問題が表面化し、検察捜査が本格化して以降、政治資金規正法違反事件等の実務経験に基づき、政治資金規正法自体に構造的な問題があり(政治家には政治献金を受け入れる複数の「財布」があるので、政治家側が裏金を受領した場合に、その帰属が特定できず処罰が困難であるという問題)、同法による裏金受領議員の処罰のハードルは極めて高いこと、処罰を免れても重大な政治責任がある「裏金受領議員」は、早急に、政治責任をとって議員辞職し、選挙で改めて有権者の信を問うべきであること、政治資金規正法の構造問題を是正する抜本的な制度改革を行うべきとの意見を述べてきた【「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!】。
国会で裏金問題の追及を続けてきた立憲民主党の「国対ヒアリング」にも、昨年12月18日、26日、今年1月20日と3回出席し、政治資金規正法の問題について説明し、今回の「裏金問題」を受けての政治資金規正法改正についても提案を行った。
私の予想どおり、その後の検察捜査は迷走し、裏金議員に対する厳正な処罰を期待していた国民の期待を大きく裏切ることになった。政治家たちが所得税の課税・納税すら行われないまま刑事処分を免れ、一方で、確定申告で厳格な納税申告を求められる国民の批判不満は最高潮に達した。
「裏金問題」表面化後、最初の国政選挙となった4月28日の3つの衆議院補欠選挙で、自民党は保守王国と言われ過去に敗北したことがなかった島根一区で惨敗、他の2つの選挙区では、公認・推薦もできず不戦敗という惨憺たる結果に終わった。
自民党内では、議員本人に収支報告書の「確認書」の作成を義務づけたうえで、会計責任者が虚偽の記載などで処罰された場合、内容を確かめずに作成していれば公民権を停止する措置を導入するなどの「裏金問題の再発防止策」中心の政治資金規正法改正案を自公両党で国会に提出し、強引に成立させたが、そのような「その場しのぎ的対応」で国民の不満や怒りが収まるはずもなく、岸田内閣への支持率は低迷を続けた。
こうした中で、9月に任期満了に伴い自民党総裁選挙に向けて去就が注目されていた岸田文雄首相が総裁選不出馬、退陣の意向を表明したのである。
岸田首相の不出馬の最大の原因となったのが「裏金問題」であり、岸田首相が行ってきた対応が国民から全く評価されず、信頼を失ったからこそ、再選に向けての出願を断念せざるを得なかったのである。今回の総裁選では、「裏金問題」への対応に関して、岸田首相との違いをアピールできる対策の「競争」になると考えるのが当然だろう。
「裏金問題」への対応には、二つのポイントがある。
一つは、派閥から政治資金パーティーの売上のキックバック等を受け、政治資金収支報告書に記載しなかった議員(裏金議員)に対して、どのような対応を行うのかという問題、もう一つが、このような「裏金問題」を含め、政治資金制度をどのように是正していくのか、具体的に政治資金規正法をどう改正していくのか、という問題である。
この二つについて、国民に全く評価されなかった岸田首相の対応とは異なるどのような施策が打ち出せるかが注目点だ。
しかし、小林氏、河野氏の二人の政治資金問題、裏金問題についての出馬会見での発言の内容は、全く評価できないもので、「愕然とした」というのが率直なところであった。
「政治とカネ」問題についての会見での発言は、小林氏は、
河野氏は、
というような内容だった(いずれも、東京新聞による要約)。
まず、裏金議員に対する対応について、二人に共通するのが、「捜査権を持つ検察以上のことはできない」と言って、裏金に関する事実解明を行う気がないということだ。この点についていえば、岸田首相がこれまで国会答弁で繰り返してきたことと全く変わらない。
「捜査権を持つ検察ができないことは自民党にもできない」というのは、全くの誤りだ。
検察が行えることは、刑罰法令を適用し、刑訴法に基づく権限を行使して、証拠により犯罪を立証して処罰を求めることだ。適用する刑罰法令に問題があれば、処罰が困難になり、刑訴法上の権限を用いることにも限界が生じる。また、検察の捜査に対しては、被疑者側には黙秘権があり、捜索差押等には令状主義の制約がある。被疑者側としては、検察の要求に任意に応じるだけであり、積極的に自発的に裏金をめぐる事実関係を明らかにしようとする動機がない。
裏金議員の中で唯一人、逮捕・起訴されたのが池田佳隆衆院議員であり、大野泰正参院議員は在宅起訴されたが、前記の政治資金規正法の「大穴」の下では、起訴はもともとかなりの無理筋であった(【「政治資金規正法の大穴」を無視した池田議員逮捕、「危険な賭け」か、「民主主義の破壊」か】)。二人とも、いまだに公判も始まっておらず、裏金をめぐる事実関係が公判で明らかになるかどうかも不明だ。
そういう意味では、今回の「裏金問題」については、検察による事実解明にはもともと限界があったと言わざるを得ない。
一方、自民党として、裏金の事実解明を行おうと思えば、行えることは十分にある。「公認権」という党所属議員の生殺与奪の力を有している自民党総裁として、裏金受領議員に、受領の経緯、保管状況、使途について可能な限り調査して報告させ、十分な説明責任を果たすことを次期衆院選の公認の条件とすれば、相当程度の事実解明ができるはずだ。
「検察捜査以上のことはできない」などという腰の引けた発言は、「裏金議員への配慮」によるものとしか思えない。
このような、裏金の事実解明に後ろ向きの姿勢を取り繕うためか、河野氏は、裏金議員への対応として、「不記載と同じ金額を返還をしていただくことでけじめとする」などと述べている。
自民党総裁として、裏金議員に返還を求めるというのは、どういうことなのか。この「裏金」は、派閥から所属議員にわたったものであり、自民党は返還を求める立場ではない。しかも、既に「寄附」として資金管理団体や政党支部の収支報告書の訂正をしている。仮に、議員個人に「返納」させるという意味であれば裏金が政治資金規正法に違反する議員個人宛のお金だったことになり、資金管理団体、政党支部宛の政治資金の不記載ととらえた検察の認定とも食い違うことになる。
「返還」と言っても、実質は「不記載額と同額の制裁金を科す」という意味であれば、そもそも、不記載の金額以外はほとんど事実解明も行われていないのに金銭的制裁を科すこと自体が問題であり、しかも、既に行った党の処分との関係で「二重処罰」の問題も生ずる。裏金議員側が反発するのも当然だ。
単なる思いつきで、このような裏金議員への対応を打ち出したとすれば、裏金問題、政治資金問題が最大のテーマになる総裁選への出馬会見での発言として、あまりに無理解・無責任だ。河野氏は、このような政治資金問題に関する発言を見る限り、総裁候補として失格と言わざるを得ないだろう。
もう一つのポイントである政治資金規正法の改正については、小林氏が、「改正政治資金規正法を厳格に守っていく」などと述べているが、少なくとも、裏金問題の背景となった「政治資金の不透明性」の解消に向けてさらなる法改正をする気は全くないようだ。「政治とカネ」問題での自民党への国民の不信に対する認識が甘いと言わざるを得ない。
国民が求めているのは、裏金問題の背景となった政治資金の不透明性を解消するための思い切った対策だ。岸田内閣で行った「その場しのぎ的」な法改正以上の抜本改革に後ろ向きのままでは、総裁選後の総選挙で国民に支持されるとは思えない。
この問題については、前の通常国会で政治資金規正法改正の議論が始まる前の5月8日に出した【後半国会の焦点・政治資金規正法改正、“裏金根絶”のための決定打は?】で、「政治資金規正法の『大穴』」を塞ぎ、政策活動費、旧文書交通費等も含め、政治資金の不透明性を解消する「抜本改革」について提案している。
この時は、自民党案への対案としての立憲民主党の政治資金規正法改正案が多くの問題を抱えたものであったことから、野党の代案を提案したものであった。今、まさに政治資金制度改正の議論をすべき場は自民党総裁選であろう。そこで求められているのは、これまでの政治資金の不透明さを解消し、国民の信頼が回復できるような政治資金規正法の抜本改革の具体案を競うこと、それについて党内のコンセンサスを作っていくことではなかろうか。
今週末から来週にかけて、有力候補とされている小泉進次郎氏を始め、総裁選候補者が次々と出馬会見をすることになるだろう。裏金問題、「政治とカネ」問題全般について、どのような具体的な対応方針を示すのかが注目される。