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「虚偽告訴罪」とはどういう犯罪なのか、検察、警察での「告発の受理」の取扱い

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:イメージマート)

「犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。」(刑訴法230条)、「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。」(239条1項)。

この告訴・告発をめぐって、「虚偽告訴罪」という刑法上の犯罪のことが話題に上ることがある。この犯罪について、必ずしも正しく理解されていないように思うので、この際、解説しておきたい。

また、社会的耳目を引く事件について行われた告訴・告発について、特に、当事者ではない第三者の告発について、捜査機関側の「受理」に注目が集まることも多い。検察、警察にとって「告発の受理」とはどのような意味を持つのか、についても解説することとしたい。

「虚偽告訴罪」とは?

虚偽告訴罪の構成要件は、「人に」「刑事または懲戒の処分を受けさせる目的」で、「虚偽」の「告訴、告発」等をすることである(刑法172条)。

虚偽告訴罪というのは「虚偽の事実を申告して捜査機関等の判断を誤らせること」であり、「事実を偽ること」が犯罪行為となる。犯罪事実が認められるかどうかの事実認定や、犯罪に該当するかどうかの法的評価や判断の問題ではない。

虚偽告訴罪が問題になった典型例が、デイリー新潮が今年1月、サッカーの伊東純也選手らが昨年6月に大阪市内のホテルで女性2人を酒に酔わせ、同意を得ないまま性行為に及んだ疑惑があると報じた件で、伊東選手が2人の女性から準強制性交致傷などの疑いで刑事告訴されたが、伊東選手側は「全くの事実無根」だとして2人を虚偽告訴の疑いで刑事告訴した事例である(最終的には、いずれも不起訴処分となった)。

この事例のように、「不同意性交という事実」が「あった」として告訴が行われたが、被告訴人は、その事実が「なかった」と主張しており、もし、その事実がなかったとすれば、「虚偽の事実」の申告によって捜査機関が判断を誤るおそれがあった、ということで虚偽告訴罪の犯罪が成立することになる。

一方、事実認定上の評価や法律適用の判断について、告訴・告発人が、自らの主張を前提に、告訴・告発を行い、その主張を被告訴・告発人側が否定し、捜査機関の側も、告訴・告発人の主張を採用せず、不起訴になった、或いは起訴されたが無罪となったという場合には、何ら「虚偽の事実」を告訴・告発したことにはならないので、虚偽告訴罪は成立しない。

例えば、「某公的団体の役員が業者から高額の接待を受けている」事実があり、それが収賄罪に当たるとして告発したが、その団体には、みなし公務員規定が適用されないとの理由で不起訴になった場合、接待の事実は虚偽ではないので、虚偽告訴罪は成立しない。

また、多額の貸付金が未返済になっている事実について、当初から債務者には返済の意思がなかった可能性が高いとして、詐欺罪で告訴したが、被告訴人が、返済の意思はあったと主張し、その弁解が崩せないために不起訴に終わったという場合も、告訴において主張した「貸付金の事実」と「全額未返済の事実」自体が真実であれば、虚偽告訴罪は成立しない。

名誉毀損罪と虚偽告訴罪との関係

虚偽告訴罪は、名誉毀損罪とは異なり、親告罪(告訴がなければ起訴できない犯罪)ではない。それは、同罪が、「虚偽の告訴によって不利益を被る」という個人的法益だけではなく、司法作用という国家的法益をも侵害する行為だからである。もっとも、虚偽の告訴によって、犯罪を行ったとされたことで、不利益を被るのは被告訴・告発人であり、その告訴・告発が虚偽かどうかを最もよく知り得る立場なので、被告訴・告発人の告発が端緒となるのが一般的である。

例外的に、告訴・告発を受けての捜査の過程で、捜査機関が虚偽告訴の端緒をつかむ場合もある。

私が、かつて検察官として手掛けた検察独自捜査事件の中に、「業界団体の会合で談合が行われた」とのテレビ報道に対して、事業者団体が「談合を行っていないのに行っているように報道された」とテレビ局を名誉毀損で告訴したことが端緒となった事件がある。その名誉棄損の告訴を受けて捜査を行っていたところ、会合の出席者の一人から「実は談合があった」との供述が得られ、その際の録音記録が提出されたのである。

そこで、「摘示した事実が真実」と認識しながら敢えて名誉毀損罪で告訴した場合の虚偽告訴罪の成否が問題になった。

名誉毀損罪は、人の社会的評価を低下させる事実を公然と摘示することで成立する。しかし、「公益を図る目的」で行われたことと、「摘示事実が真実であること」或いは「真実であると信じる相当な理由があったこと」が証明されれば、違法性が阻却され、名誉毀損の犯罪は成立しない。

この事例では、報道には「公益を図る目的」もあり、「業界団体の会合での談合」という摘示事実が真実であれば、名誉毀損罪にはならない。その「談合の事実」があるのに、ないかのように偽って告訴を行った疑いが生じた。真実が明らかになれば、テレビ局が名誉毀損罪で起訴されることはあり得ないことを認識していたのに、敢えて名誉毀損で告訴したとすれば、「虚偽の事実を申告して捜査機関の判断を誤らせようとした行為」として虚偽告訴罪(当時は「誣告罪」)に該当するとの判断が可能だった。

検察庁内部での検討の過程では、報道自体が「業界団体の社会的評価を低下させる『名誉毀損』」の事実であり、それについて犯罪の成否の判断が問題になるに過ぎないのだから、虚偽告訴罪は成立しないのではないか、という意見もあった。

しかし、主任検察官の私は、「名誉毀損罪の成否、起訴の判断に決定的な影響を与える重要な事実である談合の事実」があったことを知りながら、それがなかったとの虚偽の事実を前提に告訴をしているのだから虚偽告訴罪に該当する、との意見だった。

「摘示事実の真実性」は違法性阻害事由であり、「犯罪の成否の法律的判断」に関するものだが、それ自体は「事実」の問題だというのが虚偽告訴罪について積極の判断を行った理由だった。虚偽告訴罪の成否の限界事例だと言える。

いずれにせよ、虚偽告訴罪は「事実」を偽って告訴・告発を行うことだというのは「当然の前提」なのである。

「事実認定・法律適用上の主張」は虚偽告訴罪には当たらない

このような虚偽告訴罪の理解を前提にすれば、虚偽告訴罪に該当することがあり得ない告発の典型例が、私と神戸学院大学教授の上脇博之が斎藤知事らを被告発人として行った公選法違反による告発である。

斎藤氏側も認めているメルチュ社への71万円5000円の支払が公選法違反の買収に当たることを、「PR会社社長のnote投稿」とその信用性を裏付ける「斎藤陣営の選対幹部のX投稿」、「斎藤知事の代理人弁護士の説明」という「存在自体は争いのない事実」のみに基いて、告発人としての事実認定上及び法律上の主張を行っているものであり、「虚偽の事実を申告する」という虚偽告訴罪の構成要件に該当しない。

そこで、もう一つ問題となるのが、告訴・告発が虚偽告訴罪に当たるとして告訴・告発した場合、その告訴・告発が虚偽告訴罪に該当するとすればどのような場合かである。告訴・告発が、架空の事実をでっちあげたものだと言って、被告訴・告発人が虚偽告訴罪で告訴したが、架空ではなく、真実であることがわかったという場合が、虚偽告訴罪での告訴・告発が虚偽告訴罪に該当する典型例と言える。

今回の私と上脇氏の斎藤知事らに対する告発のように、「存在に争いのない事実」のみに基いて事実認定上及び法律上の主張を行っている場合、虚偽告訴罪が成立する余地はないことは既に述べたとおりである。その告発状も既に公表している。それにもかかわらず、その告発に第三者が反発して虚偽告訴罪で告発をしたという場合、その告発が「虚偽告訴罪」に当たるのか。

告訴・告発(これをAとする)を虚偽告訴罪だとして告訴・告発(これをBとする)するのであれば、告発状Aの内容に虚偽の事実が含まれることを告発状Bで具体的に示さなければならない。「犯罪があると判断して告発するのは不当だ。誤りだ」という趣旨のみであれば、告発を批判する「主張」に過ぎず、そもそも虚偽告訴罪の犯罪事実を告発したことにはならない。このような「告発状」と題する書面が捜査機関に提出されても、「犯罪事実が記載されてない」として返戻されるだけであろう。この場合、「虚偽告訴罪の告発」の事例に、そもそも当たらないのである。

告発の「受理」をめぐる検察と警察の姿勢

何人にとっても、犯罪ありと思料するときに告発を行うことは権利である。そして、捜査機関側は、告発状が提出され、犯罪事実が特定され、犯罪ありと思料する根拠が示された「有効な告発」が行われれば、その時点での「犯罪の嫌疑」の程度にかかわらず、告発は受理されなければならない。「有効な告発」が行われているのに、それを受理せず、何の処分も行わないことはあり得ない。

しかし、その「受理」の取扱いは、本来の在り方、そして警察と検察の対応は、かなり異なる。

刑事事件について起訴を行う権限は検察官にあるので、その検察に「有効な告発」が行われたのに、それが受理されないまま終わる(最終的には公訴時効完成)ということになると、告発権が侵害されたことになり、検察官の対応は違法となる。有効な告発である以上、検察官は「受理」をせざるを得ない。しかし、その「受理」をどのタイミングで行うかは、検察官の裁量に委ねられている。

私が検察官の現役の頃は、比較的、法の趣旨に忠実な運用を行っており、告発が行われると、犯罪事実が特定されているかどうかを審査し、特定されていれば受理し、相応の捜査をし、嫌疑が全くなければ「嫌疑なし」、不十分であれば「嫌疑不十分」で不起訴処分にし、嫌疑が十分であれば起訴するというのが一般的な取扱いだった。

しかし、2008年の検察審査会法の改正で、検察審査会の「起訴議決」に法的拘束力が生じる制度が導入されて以降、検察は、不起訴処分をした場合に検察審査会に持ち込まれ不起訴処分が覆されるリスクを意識し、できるだけ告発を受理せず、何らかの理由を付けて告発状を告発人に返戻するやり方が用いられるようになっていったようだ。この時に、「犯罪事実が特定できていない」という理由で返戻するのは限界があるので、「告発事実について犯罪ありとする根拠が不十分」というような、昔であれば告発を受理しない理由にはならなかった理由も使われるようになった。そのような扱いから、逆に、検察官への告発について、「受理」というのが、一定の嫌疑がある場合に行うものであるかのような認識が広がっている。

それもあって、特に、国会議員や都道府県知事などの政治家を被告発人とする告発については、告発の「受理」自体に慎重な姿勢がとられている。それは、「告発状の受理」自体で一定の嫌疑が認められたかのようにマスコミが扱い、大きな政治的影響を生じさせることからだ。そのため、「有効な告発」であっても、正式な受理手続はとらず、先に捜査を行い、起訴不起訴の処分の方針が決まった時点で告発を受理して、刑事処分を行った上で告発人に通知する、という取扱いが一般的になっているようだ。

また、警察に対する告発の場合は、犯罪捜査規範63条1項で、「司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。」と規定しており、「有効な告発」については、受理義務がある。

しかし、検察官と同様に、受理の時期については裁量が認められる。受理した告発事件については、検察官に送付しなければならない(刑訴法242条)こともあり、警察官は、その告発事件について警察として消極的判断をした場合には、告発人を説得して、告発状を引き取らせるという運用を行う場合が多い。

そもそも、告発の受理というのは、本来、形式と要件が整っている「有効な告発」である限り、速やかに受理手続をとるべきであり、検察官や警察官が嫌疑の程度を判断して受理不受理を判断するようなものではない。「不受理」があるとすれば、前記のように「虚偽告訴罪による告発」と称していても、実は、虚偽告訴罪に該当する事実が含まれておらず、単に告発を批判する内容の書面に過ぎないというような場合だ。

しかし、実際の運用では、検察官は、特に政治家の事件については受理を先送りして捜査を先行させることが一般的であり、警察も、基本的に告発受理に消極姿勢の場合が多い。告発の受理がしばらくの間行われないとしても、それ自体が事件に対する捜査機関の消極姿勢を示すものではない。社会の耳目を集める事件であれば、むしろ、告発された事実に関連する捜査が実際に行われているかどうか、検察・警察の動きに注目すべきだろう。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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