非常勤講師が青山学院を提訴! 「無期転換逃れ」の雇い止めか?
毎年、年度末は非正規労働者の雇い止めが多発する時期だ。年度単位で動く学校現場も例外ではなく、今月末で雇い止めされる「非正規教員」たちが多くいる。
そのような状況下で、学校法人青山学院の一貫校「青山学院高等部」で働く非常勤講師Aさん(1年更新契約・パートタイム)が、今月末での雇い止め撤回を求め裁判を提訴した。Aさんは、5年間にわたり1年更新で働き続け、「あと1日」働ければ無期雇用へ転換する権利が生じていたという。Aさんと労働組合「私学教員ユニオン」、担当弁護士(今泉義竜氏、川口智也氏)が、本日記者会見を行い明らかにした。
2013年4月に施行された「無期転換ルール」(労働契約法18条)は、2008年に起きたリーマンショックによる「派遣切り」が社会問題となる中で、非正規労働者の「雇用の安定」を目的としてスタートしたものだ。下図のように、期間の定めのある非正規労働者が同一の使用者の下で「通算5年以上」働いた場合に、労働者の申し出により、無期雇用へ転換できる。
しかし、今回の青山学院のような権利発生の直前に雇い止めをするという「無期転換逃れ」は、近年問題となってきている。このような雇い止めは無期転換ルールの導入趣旨に反しており、事実上の「脱法行為」である。
Aさんは会見で「私自身、8年間の非正規教員としての経験の中で、何度も何度も(理不尽な雇い止めに)涙を呑んできました。非正規教員は、学校の経営陣に生殺与奪を握られていると言っても決して過言ではありません。だからこそ、非正規教員の置かれている不安定な状況を変えたい。状況を改善し、学校教育現場をよくしたい。」と強く訴えた。
本記事では、裁判の提訴に至った青山学院の雇い止め問題を紹介するとともに、教育現場に広がる非正規教員の労働問題について考えていきたい。
5年働いてきた非常勤講師を電話1本で雇い止め
まず、訴状や会見内容を踏まえ、事実関係やAさん側の主張を整理していこう。Aさんは、学校法人青山学院と雇用契約を交わし、青山学院高等部にて非常勤講師として働いてきた。2019年4月1日~2024年3月31日まで有期労働契約を4回更新、通算5年にわたり授業や付随する授業準備、定期考査等、学校の中核的業務を担ってきた。
しかし、2023年12月15日、突然、2024年3月末での雇止めを電話1本でAさんは通告された。理由は、①2024年度は、非常勤講師の担当コマが減るため、Aさんが担当する授業がない。②その次の年(2025年度)も、担当授業数は不確定なので復帰を約束できないというものであったという。
その後、Aさんは私学教員ユニオンに加入し団体交渉を行ったが、青山学院は雇い止め撤回に応じなかったため、今回の提訴に至ったという。訴訟の争点は、①Aさんの雇用契約更新に「合理的期待」が認められるか(労働契約法19条2号)、②「合理的期待」が認められるとした場合に雇止めに客観的合理性・社会通念上の相当性が認められるか、の2点となる。以下が、それに対応するAさん側の具体的な主張だ。
(1)契約更新の合理的期待がある根拠
①有期労働契約の4回更新し、通算5年の長期に渡り教育活動をしている。
②もともと青山学院には無期転換申込権の発生を回避するために、非常勤講師については5年を上限とする契約となっていたが、学内の労組の活動により、2020年度か5年上限の契約が撤廃されていた(不更新条項がない)。
③2020年1月9日、専任教員(正規雇用)がAさんに対し、5年上限が撤廃され長期的に働ける環境になったこと、原告の契約の継続を望んでいることを教科一同の見解としてメールで伝えていた(期待を持たせる言動)。
④20年の長期にわたり契約更新をしてきた非常勤講師が学内におり、有期雇用契約を通算5年更新してきた非常勤講師が5年を超える前に雇止めされた例は存在しない(同種の労働者の更新状況)。
⑤契約の更新手続きに際しては、管理職面接などの手続きはなく、書面郵送のみの形式的なものであった(契約の管理状況)。
⑥青山学院高等部は、教員110名中非常勤講師が43名と約4割を占めており、Aさんの担当教科の授業すべてを3名の専任教員だけで担当することは不可能であり、非常勤講師の存在は不可欠である(業務の恒常性・基幹性)。
(2)雇止めに客観的合理的理由も社会通念上の相当性も認められない
①2024年度について非常勤講師の担当コマが少なくなったとしても、他の教員と担当コマの調整を図るなどは可能で、Aさんの担当をゼロとして雇止めし人員削減する必要はない(解雇回避措置がとられていない)。
②Aさんと青山学院の労働契約が通算5年となり、あと一回更新すれば無期転換申込権を得られる状況にあったことからすれば、原告の無期転換申込権の発生を阻止する意図が予想される(無期転換逃れ)。
私立高校では約4割が低賃金・細切れ雇用の非正規教員
Aさんのような非正規雇用で働く教員は年々増加し、現在、公立では2割ほど、私立高校では4割(37,4%)にも及んでいる。現在、約4万人近くが私立高校で非正規教員として働いている。非正規教員は、常勤講師(1年契約・フルタイム)、非常勤講師(1年契約・パートタイム)の2種類が一般的だ。
非正規教員の中には、低賃金・不安定雇用ゆえにダブルワークをしたり、就職活動をしながら教壇に立っている人もいる。また、雇い止め等により毎年のように非正規教員が代わる学校も多く、生徒への継続した教育は困難な状況だ。非正規教員の労働問題は、教育の質にも悪影響を及ぼしている。
しかも、無期転換ルールを潜脱するような労務管理が私立高校に広がっている可能性が、2016年に公益社団法人私学経営研究会が行った「有期雇用教職員の無期転換に関するアンケート調査 高校編」からも明らかとなっている。この調査では、2013年の無期転換ルール施行に対して、私立高校がどのような対応を取ってきたのかがわかる。
法改正による「無期転換ルール」の施行前は、多くの私立高校が「更新回数や通算契約期間に上限を設けていなかった」(67,8%)、「更新に関する取り決めがなかった」(18,8%)、「更新回数や通算契約期間に上限を設けていたが、上限を超えて更新する場合があった」(9,1%)など回答している。
つまり、法改正の前は契約の上限を設定していなかったり、そもそも更新の取り決めがなかったり、更新回数や期間の上限を超えても更新しているなど、かなり柔軟かつ長期に非正規教員を働かせていた私立高校が、実に「95,7%」にも及んでいる。
ところが、「法改正後の方針」(「無期転換ルール」施行後)では、それが大きく変化する。「更新回数や通算契約期間に上限を設けず、通算契約期間 5 年を超えた者からの申込により無期雇用契約に転換する」とし、無期転換を積極的に進めると回答する学校は、たった「16,4%」しかない。一方、「更新回数や通算契約期間に上限を設け、通算契約期間が 5 年を超えないように運用する」という、「無期転換逃れ」とも取れる労務管理を導入しているのは、「27,7%」と約3割にも及んでいる。
もちろん、無期転換ルールが施行されて間もない2016年の調査当時においては、「検討中」という回答が「54,4%」と最多ではあるが、法改正以前の状況とは一変し、かなり厳格に非正規教員が「更新上限5年」を超えないよう意識した労務管理を私立高校がしはじめていたことが窺い知れる。
その後、5年以内で非正規教員を「交換」していく労務管理が私立高校全体へさらに拡大していった可能性が高い。
教育業界全体に広がる「無期転換逃れ」を訴える非常勤講師たち
提訴の記者会見では、Aさんと同様に「無期転換逃れ」とも言える状況で雇い止めされたり、雇い止めされかけた非常勤講師たちが業界全体に広がる実態を訴えた。
(1)千葉の私立学校で働いていた元非常勤講師Bさん
Bさんは、2017年4月~2022年3月の5年間、千葉県下の私立学校で非常勤講師として働き、Aさんと同じく無期転換前日に雇い止めされたという。Bさんの契約には、「契約更新は5年を上限とする」という「不更新条項」が入っていたが、他に5年以上更新された非常勤講師もいたため、更新の期待を持っていたという。
団体交渉にて5年上限契約の導入時期を問うと、無期転換ルールがスタートした翌年の2014年に導入したという露骨な回答が学園からあったという。「無期転換逃れの雇い止めは、Aさんだけでなく教育業界全体に広がっています」と会見でBさんは訴えた。
雇い止めに納得できなかったBさんは、雇い止めに対して撤回を求め労働審判を申立て、昨年学校とは納得できる水準での和解もしたという。「非常勤講師は教育現場になくてはならない業務をしているにも関わらず、有期雇用ゆえに学校に対して異議申し立てをするとすぐに雇い止めになってしまうなど、非常に立場が弱いです。安定した収入や雇用がなければ、生徒への安定した教育活動はできません」と訴えた。
(2)埼玉私学非常勤講師Cさん
Cさんは、現在、埼玉県下の私学で非常勤講師として勤務していおり、常勤講師(契約社員)として3年間勤務した際に体調を崩し、その後非常勤講師として、今年度で5年目の勤務だという。
ところが、昨年末12月、他の非常勤講師には、来年度の契約更新の話があったがCさんにはなく、人事担当者に学内メールで2度ほど直接問い合わせをしたところ、担当授業数等を「調整中」や、雇用継続の件も含めて「検討中」と、曖昧な返信しかもらえなかったという。Cさんは来年度から無期転換の権利が生じるタイミングだったので、様々な労働問題も我慢してきた。
その後、1月半ばの団体交渉で学園からは、「来年度の生徒募集が予想をかなり下回ったため、来年度の雇用の連絡をいったん止めた」「その後、来年度の生徒数の目途が立ったので、来年度も雇用を継続し、無期転換を受け入れる」との回答があったという。
「あまりに自分都合で、非正規教員を『雇用の調整弁』としか考えていないのだと憤りを覚えました。このような状態は今日本全国の教育現場で起きています。このような状況では長期的な視野で質の良い教育を行うことは不可能です」とCさんは訴えた。
以上からは、各私立学校が、無期転換ルールを意識した労務管理を進めていたり、それに教員たちが振り回され、肝心の教育に集中できない状況が浮かび上がってくるだろう。
非正規教員の労働環境改善は、生徒への教育の質の向上に直結する
無期転換ルールができて10年が過ぎた。しかし、当時の「非正規労働者の雇用の安定」という立法趣旨を離れ、「無期転換逃れ」の雇い止めが問題となっている。
最近では、大手アウトドア用品メーカーのパタゴニアでも、非正規労働者の雇用期間を「最大5年未満」に制限した「無期転換逃れ」の契約形態が問題となっている。以下の署名サイトによると、労働組合がパタゴニアへ5年上限条項がある理由をたずねたところ、「労働契約法改正(5年無期転換ルール)に対応するために作ったもので、「原則として無期転換権が発生しない」ことを示し、「更新への期待権をコントロールする」ためのものだと露骨な説明をしたという。
参考:「パタゴニア日本支社に、非正規スタッフの無期転換逃れ撤回を求めます。」(change.orgのオンライン署名)
特に、教育業界では、非正規教員の雇用の安定は、生徒への教育環境改善にも直結するものだ。広く社会全体として、非正規教員の労働問題を注視して行くべきだろう。
*なお、青山学院側にも今回の訴訟について問い合わせているが「訴状が届いていないため、回答は差し控えます」との回答だった。
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*私立学校の教員の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
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