目指すは「DRAGON BALL」超え 集英社「少年ジャンプ+」が実現する究極のUGCと価値共創
紙媒体の新聞・雑誌は産業自体の存続が懸念され、紙の本も売れにくくなっている中、「少年ジャンプ+」が『SPY×FAMILY』をはじめとする新たなヒット作を生み出し、2014年のローンチ以降ダウンロード数2700万超、平均MAU(マンスリーアクティブユーザー)が700万/月(Web版を含めれば1100〜1300万)と、著しい成長を続けるのはなぜなのか。
前編に続き、今回は「切り抜き」機能など、従来の枠を超えたUGC(ユーザー生成コンテンツ)施策で読者を広げていく「少年ジャンプ+」の戦略について、集英社で数々のデジタルマンガ事業を手掛けてきた「少年ジャンプ+」副編集長の籾山悠太氏に聞いた。
頂上が変わる? デジタル発で海外も席巻
徳力 私は「漫画村」(海賊版ビューアーサイト)のような騒動を残念に思う一方、これを機にマンガ業界が一気にクローズドになってしまうのではと心配しました。
それだけに、「ジャンプ+」の「初回全話無料」サービスや、Web上でリンクを踏めばアプリがなくてもそのまま読めるといった開放感は衝撃だったのです。
2021年に「ジャンプ+」で公開された『ルックバック』(『チェンソーマン』作者の藤本タツキ氏の読み切りマンガ。2024年に劇場アニメ公開発表)がX(旧Twitter)でバズっているのを見た時、何気なくリンクを押したら全部読めてしまって。
それまでマンガの電子書籍は課金しないと読めないと思い込んでいたので驚きました。「ジャンプ+」の読者を増やす意図の仕掛けなのでしょうか?
籾山 確かに、SNS上のリンクからアプリに飛ばざるを得なくした方が、アプリが浸透しやすいのではないか、といった議論や試行錯誤はあったと記憶しています。
ただ、基本的には話題になったものが手軽に読め、SNSからも新しい読者が増えていく循環をつくりたいというのが優先され、今はその方針で落ち着いていますね。
徳力 以前、トップマーケターとして名高い足立光さんが「ビジネスマンたるものトレンドを知るには『少年ジャンプ』くらい読まないとだめだ」とお話しになったことをnoteで書いたとき、読者から「徳力さん、今は『ジャンプ+』がメインだ」とコメントされたことがあります。
実際、読んでみるとめちゃくちゃ面白い。
私はまだ、マンガというと紙媒体がメインと思っていたのですが、若い世代にとっては頂上が変わろうとしていると感じます。いい作品が集まるようになったという手応えはどのあたりから感じましたか?
籾山 一歩一歩進んできたという印象です。藤本タツキ先生が2016年から連載を始めた『ファイアパンチ』がインターネットを中心に話題を集めて以降、「ジャンプ+」にマンガを持ち込みたいという作家が増え始めました。
2019年に始まった『SPY×FAMILY』はさらに大きな転換点となったと思います。
最初は新しい連載をデジタルから始めたいという作家さんも編集者も、読者もそこまで多くなくて、創刊と同時に利用者が自由にオリジナルマンガを投稿・公開できる「ジャンプルーキー!」の募集を開始しました。
受賞すると「週刊少年ジャンプ」や「少年ジャンプ+」に掲載を確約するという「ルーキー賞」もつくりました。当初から、編集者としてゼロからデジタル出身の作家を育てたいという思いがあったこともありましたが、必要に迫られてという面も強かったですね。
徳力 「ジャンプ+」として新しい作家さんを発掘して、育てていくサイクルが既に10年前から回っていたわけですね。
「ジャンプ+」連載作品は海外でも人気で、投稿サービスも展開されていますよね。
籾山 海外では2000年代に『NARUTOーナルトー』の人気が爆発し、2010年代はcrunchyrollやNetflixなどを通して日本アニメを見てマンガも好きになった人が増え、コロナ禍でさらに拍車がかかった印象です。
日本で数年前に連載された作品ではなく、新連載や最新話を日本と同じタイミングで読みたいというニーズも増えました。
これまでは、現地の出版社から「このマンガを売りたい」とオファーをもらって、ライセンス展開するのが一般的だったのですが、2019年からは「ジャンプ+」の海外版のように、日本と同時に最新話を読めるマンガ誌・Webサービス「MANGA Plus by SHUEISHA」というサービスを始めています。
※MANGA Plus by SHUEISHA:少年ジャンプ+編集部が運営するマンガ雑誌アプリ・Webサービス。2019年1月に開始。連載作品の最新話を日本と同時に、多言語(2024年3月現在、英語・スペイン語・タイ語・ポルトガル語・インドネシア語・ロシア語・フランス語・ベトナム語、ドイツ語の9言語)、全世界(※日本・中国・韓国は除く)で公開。「週刊少年ジャンプ」と「少年ジャンプ+」、「ジャンプSQ.」「週刊ヤングジャンプ」などの連載作品の最新話を更新している。
現在、MAUは600万を超え、「ジャンプ+」連載作品では日本の単行本の部数より海外の部数の方が多くなるというケースが続出しています。
海外読者の増加にはさまざまな背景がありますが、日本での「ジャンプ+」の展開と同じように、まだ無名の作品でも無料で連載する中でどんどん知っていってもらっているのがひとつの要因かなと考えます。
海外クリエイター向けのマンガ投稿・公開プラットフォーム「MANGA Plus Creators by SHUEISHA」は2022年に始めました。海外作家の募集自体は、2018年の「週刊少年ジャンプ」創刊50周年や、2021年の「第100回手塚賞」などでやったことはあるのですが、やはり言語の壁がありコミュニケーションが難しくて。
投稿サービスの運営もリスクや気遣うべき点があり、海外版「ルーキー!」はようやく環境が整ってスタートできたというところです。
徳力 「コミック」ではなく「MANGA」という単語の検索が明らかに増えているのは、間違いなく集英社さんのおかげでもあるのでしょうね。
UGCにオープンイノベーション、デジタルが加速する価値共創
徳力 今日はもう一点、「ジャンプ+」で2023年9月に始まったブラウザ版新機能「切り抜きジャンプ+」についてもお伺いさせてください。
著作物であるマンガの扱いを読者に委ねるというのは、日本の通常の著作権ホルダーにはあまりない行為だと思います。最近では旧ジャニーズ事務所の元メンバーで構成されるTOBEが「自分たちが発信する動画や画像を自由にSNS投稿していい」という攻めたガイドラインを出した流れもありますが、集英社で「切り抜きジャンプ+」のようなことができるのはなぜでしょうか。
※切り抜きジャンプ+:ブラウザ版の「ジャンプ+」でお気に入りのページの「切り抜きツイート」をタップすると、好きな場面を切り抜き、スタンプなどでデコレーションしてマンガへのリンク付きでXに投稿できる。会員登録すると自分の投稿から閲覧された数もカウントできる。(アプリ版は対象外)
籾山 前提として、「切り抜きジャンプ+」で提供しているのは担当編集者が確認(権利者である作家が合意)している作品のみです。ただ予想に反し、ほとんどの作品で提供できています。作品がSNSで話題になりやすくなることは、作家さんも嬉しいのです。「ネタバレ」のリスクには注意しつつ、基本的にはどんどん広げていってほしいという声が多いですね。
徳力 蓋を開けたら実は求められていた、ということですね。ただ、SNSにはさまざまなリスクがあるのも事実です。「著者の権利をリスクにさらすな」という反対意見にはどう対応しましたか?
籾山 まず海賊版といった、作家に不利益があるような作品の出方はなくなってほしいですし、厳しく対応すべきだと考えています。一方で、作家や読者にとってポジティブな使い方に関してはケースバイケースで柔軟に考えるのがいいのではないかと思います。
反対意見は作家の利益を思いやるからこそ出るものなので、編集としてはしっかりコミュニケーションを取り、作家さんの希望を聞くことが最も重要だと思います。
また、提供を希望しない作家さんの作品は掲載しないと、明確に分けることは大切です。
実際のところ、「切り抜きジャンプ+」に対するユーザーの反応は非常に良いですね。作品を応援してくれている読者が、自分の投稿経由で何人が作品を読んだかということが数字で出ることに、非常にやりがいを持ってもらえる状況です。
徳力 なるほど。読者が自ら商品の良さを発信していく「UGC」であると同時に、貢献が可視化され、もっと発信を頑張ろうという気持ちにさせる「推し活ツール」にもなっているのですね。
私は常々、日本は著作権の扱い、特にコンテンツをWebにアップすることについて厳格すぎる嫌いがあり、応援が不活化する流れを残念に思っていました。
でも、「切り抜きジャンプ+」ならばオフィシャルでOK、しかも応援自体が楽しい。作家が読者の投稿にリプライして交流が生まれることもあります。これはいろいろな企業の顧客コミュニケーション、価値共創の参考になると思います。
籾山 「切り抜きジャンプ+」はもともと、2017年から開催している「少年ジャンプアプリ開発コンテスト」という募集企画(2020年「ジャンプ・デジタルラボ」に改変、開発企画を常時募集する窓口を開設)の中に、原形となるアイデアがありました。
SNSを通じて作品がシェアされて新しい読者が増えていき、しかも自分の投稿を経由して読者が何人増えたか分かる、というのが非常に面白いなと思ったのです。打ち合わせを重ねて現在の形になりました。
徳力 典型的なオープンイノベーションですね。集英社、ジャンプには公募のカルチャーが受け継がれていますよね。
籾山 少なくとも編集部に関しては、自分たちでマンガが描けるわけじゃないので、才能ある作家さんの持ち込みや公募を通した出会いから、いろんな作品が生まれてきた事実があります。なので、何かあれば外部の人の協力を得ながら仕事をしていくという文化は、根付いているかもしれませんね。
徳力 ちなみに、集英社は縦スクロールマンガに特化したアプリ「ジャンプTOON」を2024年にリリースすることも発表されていますよね。確かにスマホで読むには縦読みの方が読みやすいところはありますが、横開きのジャンプに慣れ親しんだ身としては、どうなるのかなという気がします。
籾山 スマホで読まれることを前提とした縦読みには大きな可能性があり、会社としては強化していきたい分野です。一方、書店でも電子書籍でも入手でき、SNSでもシェアしやすい横読みには、まだまだ読者との接点を開拓するチャンスが眠っていると思います。
徳力 縦読みマンガはある意味、スマホに特化しているコンテンツ。横読みはアナログなイメージですが、実は紙だけでなくSNSと相性がいいというのは面白いですね。これからの時代、ハイブリッドに読者にリーチしていくのが大事ですね。
籾山 そう思います。私たちの子どもの頃を思い返せば、「少年ジャンプ」は単に読むだけじゃなく、みんなで感想を言い合ったりする体験全体が面白かった記憶があります。
インターネット上でもそういうコミュニケーションを広げていただきたいですし、コンテンツや企画、システムづくりといった面でも、紙雑誌版の読者アンケートと同じように、読者の反応や、そして技術やアイデアを持った外部の方々の協力をもらいながら、面白いマンガを生みだしていきたいと思います。
そういう意味では今も昔もそんなに変わりません。
徳力 マーケティング目線ではマンガはコンテンツですので、それをいかに売るかということを考えがちですが、そうではなく、マンガを読者や企業、エンジニアなどさまざまな人と一緒につくっていくコミュニティーと捉えれば、デジタル化はむしろローコストで、よりグローバルにコミュニケーションをとりやすくなっているのですね。
私の方がアナログとデジタルを分けて考えすぎていたのかもしれません。
籾山 「ジャンプ+」の目標は、毎週の更新日に1000万人が読んでくれるマンガを生むことです。僕が子どもの頃の一番人気は鳥山明先生の『DRAGON BALL』で、かつて回読率は3くらいだったというデータを聞いたこともあり、立ち読みや回し読みを含めると、あくまで個人的な推定ですが、1800万人ぐらいが毎週読んでいたのではと思います。
現在の「ジャンプ+」はアプリのダウンロード数2700万超、平均MAU700万/月でブラウザ版含めれば1100〜1300万となります。『SPY×FAMILY』とか『チェンソーマン』のような人気作品は、毎週200~300万人、海外も含めると300~400万人ほどに読まれているという推計ですが、それでもまだ超えていない。
いずれ『DRAGON BALL』や『ONE PIECE』を超える人気作品を生み出す場所にしていきたいです。
徳力 夢のある話を伺えました。ありがとうございました。
※この記事は、徳力基彦とアジェンダノートの共同企画として実施されたインタビュー記事を転載したものです。