Yahoo!ニュース

上田慎一郎監督が映画『アングリースクワッド』と並行してショートフィルムでバズを生み出す理由

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:ナカチカピクチャーズ公式YouTube)

2018年に『カメラを止めるな』で社会現象を巻き起こした映画監督であり、11月22日公開の最新映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』の監督も手掛けた上田慎一郎氏に5年ぶりの対談インタビューを実現。

長編映画で活躍しながら、実は企業と組んだ縦型ショートフィルムで数々のバズを生み出している上田氏。「第2のカメ止め」と話題になった映画『侍タイムスリッパー』(安田淳一監督)に見る日本映画の新潮流にも触れながら、同氏が縦型ショートフィルムに参入した理由に迫った。


最新作「アングリースクワッド」で見せた「本気」

徳力 社会現象になった『カメラを止めるな』(以下、『カメ止め』)は、私の中ではついこの間の出来事のように感じられますが、もう本公開から6年も経つんですね。

今回取材をオファーさせていただいたのは、上田監督の縦型ショートフィルムの取り組みが面白いと思ったからです。

さらに話題の映画『侍タイムスリッパー』の安田淳一監督が『カメ止め』を意識していることを公言されていて、上田監督自身も11月22日に最新映画『アングリースクワッド』を公開。あらためて注目が集まる中、再びインタビューを受けていただけて嬉しいです。

上田 こちらこそ、ありがとうございます。トピックが多いですね(笑)

徳力 『カメ止め』の時に印象的だったのは、日本アカデミー賞話題賞を獲られてお祝いのイベントに呼んでもらった時に、「これでインディーズ映画がメジャーになるケースが増えていくのか」と映画業界の方々に聞いて回ったところ、皆さん全否定だったんですよ。「これは上田監督と『カメ止め』メンバーだから起こせた奇跡で、二度とない」と(笑)。

一方、『侍タイムスリッパー』は低予算で1館上映から始まったのがSNSで急激に話題が広がっていて、「第2のカメ止め」とも呼ばれていますが、どのようにご覧になっていますか。

安田監督は明確に『カメ止め』を目指して参考にしたと公言されていて、上田さんも既に対談したり、イベントにも登壇したりもしていますよね。

上田 はい。これまでもインディーズ映画がヒットしそうになると「第2のカメ止め」と言われることは結構あったのですが、ここまで盛り上がったのは『侍タイムスリッパー』が初めてです。まだ1館上映だった頃に見に行って、純粋に観客として「これはすごいことになるかも」と思いました。

上田 慎一郎 氏 映画監督/PICORE チーフ・クリエイティブ・オフィサー (出典:アジェンダノート)
上田 慎一郎 氏 映画監督/PICORE チーフ・クリエイティブ・オフィサー (出典:アジェンダノート)


インディーズ映画って社会派やアート系の作品が多く、エンタメは多くないのですが、その中で『侍タイムスリッパー』も『カメ止め』もサービス精神に溢れたエンタメであり、コメディであり、「映画づくり映画」でもある。限定された公開から映画ファンの熱量がSNSを通してすごい勢いで伝播していく。確かに共通点はたくさんあります。

ただ、安田監督と話してみて何より驚いたのは、彼が『カメ止め』の何を目指したかというと「笑い声と拍手」だったということです。上映中の笑い声と、上映後に舞台挨拶もないのに沸き起こる拍手。この2点をクリアすれば『カメ止め』を再現できるかもしれないと考えたという言葉にハッとしました。それって、映画館以外だと無理だよな、と。

徳力 確かに、テレビの前ではなかなか拍手しないですね。その2点は私も、すごくポイントと思いますね。

上田 だから、映画館で映画を観ることの喜びを体感できる作品が『カメ止め』であり、安田監督の『侍タイムスリッパー』だったのかなと思いました。

徳力 コロナ禍で映画館やミニシアターが潰れるのではないか、映画も配信サービスでいいのではないか、という議論もありましたが、あらためて映画館の良さが見直されてきた感じがありますね。

noteプロデューサー/ブロガー 徳力 基彦 (出典:アジェンダノート)
noteプロデューサー/ブロガー 徳力 基彦 (出典:アジェンダノート)


そんな映画の新潮流をつくった上田監督ですが、この流れで、ご自身の最新長編作『アングリースクワッド』についても聞かせてください。主演の内野聖陽さんなど、そうそうたる役者陣ですよね。『カメ止め』の試写を見たプロデューサーが提案して始まった企画だそうで、仕込みにものすごく時間をかけた作品なのですね。


上田 そうですね。ここ数年はコロナの影響も大きく、撮影までにかなりの時間がかかりました。キャストの方々も早い段階から決まっていましたが、内野さんや岡田将生さんや川栄李奈さんなど、近年ますます人気が高まっている方ばかりで、キャストファンの方々の熱量もすごいです。



徳力 仕込みに時間がかかった分、ますますアベンジャーズ感が増したということですね。前回のインタビューで、上田監督がハリウッド映画をプロモーションするならどうするかとお聞きした時に、大作となると最初が肝心で、事前にものすごく仕込んでいろいろやります、と仰っていました。

その言葉通り、今回は公開より69日も前からカウントダウンの投稿をしていましたよね。公開までにたくさんの仕掛けをしていらっしゃる。上田監督の本気を見た気がしました(笑)。

上田 そうですね。とにかくメディア露出を増やすほか、本編の前日譚をドラマで配信したり、人気TikTokerとコラボした縦型ショートフィルムも公開したり、プロモーションでも新しい取り組みを重ねています。

縦型ショートフィルム参入のメリット

徳力 ではここからは、企業とのタイアップも多い縦型ショートフィルムについて伺いたいです。長編映画を手掛けながら、どういう流れでの縦型ショートフィルムに参入したのですか。

上田 僕が縦型ショートフィルムを撮り始めたのは約2年前です。TikTokのアンバサダーとして、応募作品の審査員をやってほしいと依頼されたんですが、僕は縦型ショートフィルムを撮ったことがないのに審査などできないですよ、僕も1本つくってみます、となって。

徳力 真面目ですね(笑)

上田 それで2022年11月に公開した第1作が『キミは誰?』です。やってみて、映画とは種目が違う感じがして、すごく面白かったんです。

(出典:picorelab TikTokアカウント)
(出典:picorelab TikTokアカウント)


徳力 つくり手の楽しんでいる感じがすごく伝わってくる作品でしたね。

上田 その後に自主制作でつくった『レンタル部下』が、TikTokとカンヌ国際映画祭によるコラボ企画の第2回「#TikTokShortFilm コンペティション」でグランプリをいただき、これが話題になったおかげで、企業から多くのオファーをいただくようになりました。

徳力 面白いですね。最近は就活でも選挙でもショート動画の影響力が強いですから、上田監督はその流れをいち早く察知して参入したのかと思っていましたが、『キミは誰?』を出したのは縦型ショートフィルムがブレイクするより前でした。狙って始めたわけではなく、審査員を依頼されたのがきっかけとは驚きです。

上田 割といつも、行き当たりばったり…。

徳力 行き当たりばったりで時代の最先端を食っていますよね。すごく面白い。

(出典:アジェンダノート)
(出典:アジェンダノート)


上田 三井住友カードのPR「忙しすぎる人」、KDDIさんと組んだ『みらいの婚活』など、ここ最近、企業とのタイアップで制作した縦型ショートフィルムの半分くらいはバズっています。

徳力 めちゃくちゃ打率高いですね。

上田 最近はオファーを受け切れないので監修に回り、若手に監督してもらうことも多いです。以前は「『カメ止め』の上田監督」と言われることが多かったですが、最近は「縦型ショートフィルムを見ました、映画も見てみますね!」と言われることが増えました。

徳力 代名詞が変わってきたんですね。

上田 そうですね。今回の映画『アングリースクワッド』でTikTokerとのコラボ動画が実現したのも、縦型ショートフィルム関係の人脈ができたおかげかもしれません。

徳力 先ほど、映画と縦型ショートフィルムでは「種目が違う」と仰いました。実際、前者は長大なマラソン、後者は最初の1秒が肝心な超短距離走だと思いますが、両方やるメリットは感じるのですか。

上田 すごくあります。縦型ショートフィルムで得たことを映画に還元できますし、逆もあります。

徳力 たとえばどんなことですか。

(出典:アジェンダノート)
(出典:アジェンダノート)


上田 両者の違いで言うと、まず見ている層が違います。これまで映画ファンの声を聞くことは多かったですが、縦型ショートフィルムは若い方、そしてビジネス層も意外と多いです。

徳力 就職ネタが多いからですかね。

上田 あとAIやテクノロジー系ですね。フォロワーの多い経営者層も引用したりリポストしたりしてくれるので、バズに繋がりやすい面もあります。

徳力 ITビジネス界隈、スタートアップ経営者層か。確かにブレストなどの参考になりそうですね。そういった現象は、確かに映画では起きにくいかもしれませんね。彼らのような人々に映画館に来てもらい、さらに口コミしてもらうとなるとハードルが高い。

上田 そういう人々の感想は、これまであまり接したことがなかったので、新鮮に感じることが多いです。なるほど、若い人やビジネス層の感覚や価値観はこうなのか、と。それは映画をつくる時の材料になります。

徳力 平均2~3分の縦型ショートフィルムの制作を難しいとは感じませんか?

上田 最初は「間」を詰めないとスワイプされてしまう、視聴維持率が下がってしまいオススメ動画に載りにくくなる、といった文化の違いに戸惑いを感じましたが、難しさはあまり感じなかったですね。

たとえるなら、水泳という競技は一緒で、平泳ぎかクロールかという違いです。TikTokerの作品を見ると、映画とはカット割りなどの「文法」が違うと感じます。僕は比較的、従来のドラマや映画の文法を縦型ショートフィルムにも応用しています。

徳力 ショートでも映画でも、泳ぎ方を変えれば通用することを上田監督が証明してくれている感じですね。

上田 縦型ショートフィルムはカット数がすごく多くなります。縦型の画角は人間にフィットしやすいですが、2人以上の会話となると適しません。一方、お客さんの髪を切りながら美容師さんが喋るような構図はすごく合っています。このように縦に合う構図を探すのは楽しいですね。

どちらかというとテレビに近いかもしれません。縦型ショートフィルムも退屈だとすぐスワイプされてしまいますが、テレビもチャンネルを変えられないことに必死じゃないですか。

徳力 なるほど。映画は映画館に入ってもらえれば、ある程度集中して見てもらえますね。

映画やテレビドラマをつくるのには、これまでかなり高いハードルがありましたが、縦型ショートフィルムは若手クリエイターも参入しやすく、その意味で「エンタメの民主化」と表現する方もいます。

一方で、上田監督のように既に映画で高みに達している人が縦型ショートフィルムに挑戦して楽しんでいるのは、すごく面白いことが起こっている気がしますね。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

徳力基彦の最近の記事