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韓国・尹大統領の新年辞に欠ける'大局観'と'思いやり'

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
1日、新年辞を発表する韓国の尹錫悦大統領。大統領府提供。

新年を迎えた1日、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が新年辞を発表した。だがその内容は、かねてから強調してきた労働・教育・年金の3大改革分野に限られ大局観に欠けるものであると同時に、社会的弱者をはじめとする市民に対する思いやりが見られない「通告」とも取れる内容であった。

●約10分間のスピーチ

新年辞は1日午前10時から、生放送で行われた。堅い表情で大統領府のブリーフィングルームに立った尹大統領は約10分間、事前に準備された内容を読み上げた。

その内容(記事末尾に全文訳を掲載)は、国家の運営というよりも、会社の経営と置き換えてもよい程にドライなものだった。

冒頭から世界経済の危機を訴え、これを乗り切るために輸出戦略の拡大目標を示すと共に、未来の技術市場を先取りするための技術開発への支援を表明した。

そしてすぐに、労働・教育・年金の3大改革の内容へと踏み込んでいった。この3項目は昨年12月15日に開かれた「第一次国政課題点検会議」で尹大統領みずからが掲げたものだ。

当時、尹大統領は「3大改革は選択ではない必須」とした上で、「人気のない内容であるが逃げずに必ず私たちがやり切るべき」と訴えていた。

これについて新年辞では、労働分野ではストライキなどで政府と衝突を繰り返してきた労組を「貴族的で強硬な労組」と見なした。そして、この労組を押さえ込み労働市場に柔軟性をもたらす企業と、「労組と妥協する」企業の間で、政府の支援を差別化させると明かした。

教育分野では、高等教育は国の競争力と直結するという見解を明かし、教育機関が位置する地域の産業と連携するよう支援するとした。

年金改革については、「雪だるま式増える年金財政の赤字を解決」するため、調査や研究そして国民の意見を問うとし、社会的合意を形成していくと述べた。

●欠ける大局観と思いやり

新年辞というものは、今後一年間、国家をどう運営していくのかについて述べるものだ。こんな観点に立つ場合、この日の尹大統領の演説には物足りなさが残った。

まず朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)との関係についてだ。

北朝鮮は昨年、8回のICBM発射実験に加え、37回にわたる弾道ミサイル発射実験を行うなど、軍事的な圧力を強めている。

さらに1日の朝鮮中央通信によると、金正恩氏は昨年12月26日から31日まで開催された朝鮮労働党中央委員会全員会議の中で、韓国を「疑いなく我々の明確な敵」と規定した上で、戦術核兵器の多量生産や核弾頭保有量の増加を求めた。

こうした動きに対し、今年一年、北朝鮮とどんな関係を築いていくのかに対し言及すべきだった。特に南北共にブレーキをかけずにエスカレートしていく流れを一旦止めるような発言が必要だった。

また「すべての外交の中心を経済に置く」以外に、山積する外交問題に関する具体的な言及も全く無かった。

一方で、国内の懸案を扱う姿勢についても物足りなさが残った。

世界経済の認識や3大改革内容を明かすのは分かるが、つい2か月前にあったソウル・梨泰院(イテウォン)で大惨事を経て市民が政府に対し抱く不安感を解消するような言及もなかった。

また、3大改革の内容の中では、労働市場の柔軟化や高等教育と産業の連携など、資本の論理に傾倒し過ぎないための綿密なケアが必要な分野に対しても、ブルドーザー型の強引さが目立った。

発足後8か月目を迎える尹錫悦政権の特徴には、自身と異なる主張はすべて「自由」や「法治」を冒すものと捉える姿勢が挙げられる。

社会人生活の全てを検事として過ごしてきた尹大統領に特有なものだ。今回の新年辞にも反対を許さない強さが感じられた。筆者が「通告」と受け止めた所以だ。

国家運営における危機感は伝わる内容だったが、新年辞は全ての国民、全ての市民に向けたものであるため、より多様な言及が必要であった。社会的弱者や外国人といった人々の存在は眼中にないのだろうか。

尹大統領はまた、過去の大統領が行ってきた新年記者会見を「忙しいから」との理由を今年は行わない事を明かしている。今回の新年辞を聞き、記者会見の必要性を強く感じたのは筆者だけではないだろう。

●[全訳] 尹錫悦大統領新年辞(23年1月1日)

尊敬し愛する国民の皆さん、

海外同胞の皆さん

2023年、希望に満ちた新年が明けました。

明けましておめでとうございます。

昨年は世界経済の複合危機と不確実性の中で、国内外に容易ではありませんでしたが、国民の皆さんの汗と意志で克服していくことができました。

グローバルサプライチェーンの撹乱による原材料価格の高騰と物価上昇について、世界各国は利上げ政策で対応してきました。

今年の世界経済はいつにも増して景気が沈滞する可能性が大きいです。

世界の景気低迷の余波が、韓国の実体経済の鈍化につながりかねない厳重な経済状況を綿密に点検していきます。

物価上昇を抑制するために実施する不可避な金利引き上げ措置が、家計と企業の過度な債務負担に拡大しないよう先制的に管理していきます。

複合的な危機を輸出で突破しなければなりません。輸出は私たちの経済の根幹であり、雇用の源泉です。

しかしWTO体制が弱体化し、保護主義が強化される過程で、安保、経済、技術協力などがパッケージで運営されています。

私たちの輸出戦略は過去とは変わらなければなりません。

自由、人権、法治という普遍的価値を共有する国々が経済と産業を通じて連帯しており、普遍的価値に基づいた連帯は現在の外交的な現実において最も戦略的な選択です。

すべての外交の中心を経済に置き、輸出戦略を直接とりまとめます。

「海外受注500億ドルプロジェクト」を稼動し、インフラ建設、原発、防衛産業分野を新たな輸出の動力として育成します。

貿易金融を過去最大規模の360兆ウォンに拡大し、大韓民国の輸出領土を全世界に拡大していくため、あらゆる政策的な力量を総動員します。

世界史を振り返ってみると、危機と挑戦が世界経済を揺るがす時、革新を通じ新たな技術と産業を発掘した国が良質の雇用を創出し、持続可能な成長を遂げることができました。

「企業家精神」を持った若者世代が新たな技術と産業に挑戦し、その挑戦が花開くようにあらゆる支援を惜しまないつもりです。

ITとバイオ産業だけでなく、防衛産業と原子力、カーボンニュートラルとエンターテイメントまで「スタートアップコリア」の時代を切り開きます。

未来の戦略技術に対する投資もやはり先制的かつ果敢に行います。

昨年6月、ヌリ号の打ち上げ成功を皮切りに、次世代に無限の機会を開く宇宙経済時代の幕が上がりました。

厳しい財政環境の中でも、政府のR&D投資が初めて30兆ウォンに達する時代を切り開きました。

新たな未来の戦略技術は私たちの産業の競争力をさらに丈夫にしていきます。

宇宙航空、人工知能、先端バイオなど核心戦略技術と未来の技術市場を先取りするための支援に一寸の粗忽さもないように気をつけます。

尊敬する国民の皆さん、

既得権の維持と地代の追求(訳注:レントシーキング)に埋没した国には未来がありません。

大韓民国の未来と未来の世代の運命がかかった労働、教育、年金の3大改革をこれ以上先送りすることはできません。

まず、労働改革を通じて、韓国経済の成長を牽引していかなければなりません。

変化する需要に合わせて労働市場を柔軟に変えながら労使関係および労労関係の公正性を確立し、勤労現場の安全を改善するため、あらゆる努力を尽くします。

労働市場の二重構造を改善する必要があります。

職務中心、成果給中心への転換を推進する企業と貴族的で強硬な労組と妥協し、年功序列システムに埋没する企業に対する政府の支援もやはり差別化されなければなりません。

こんな労働改革の出発点は「労使法治主義」です。

「労使法治主義」こそ不必要な争議と葛藤を予防し、真に労働の価値を尊重することができる道です。

世界各国は変化する技術、爆発する人材の需要に対応するため教育改革に死活をかけています。

わが国の競争力と直結する高等教育に対する権限を地方に果敢に譲り、その地域の産業と連携していけるよう、支援します。

このような教育改革なしには、地域の均衡発展を実現するのは難しいです。また、地域の均衡発展は少子化問題解決への近道です。

育ちゆく未来の世代が望む教育を受けられるように教育課程を多様化し、誰もが公正な機会を享受できるようにします。

年金改革もやはり重要です。

雪だるま式に増える年金財政の赤字を解決できなければ、年金制度の持続可能性を守ることを確約することは難しいです。

年金改革に成功した国の共通点は、これに対する社会的合意を目指し、長い時間をかけて研究や議論を重ね結論に達したのです。

年金財政に関する科学的調査や研究、国民の意見収斂と公論化作業をスピード感を持って推進し、国会に改革案を提出します。

愛する国民の皆さん、

今の危機と挑戦は、私たちの大韓民国がどんな国であるかを投げかけています。

私たちは過ちを見たら正そうとしたし、正しくない道を行く場合には立ち止まり、転んだら自分の力で立ち上がろうとしました。強い意志で変化と革新を推進してきました。

既得権の執着は執拗であり、既得権との妥協は易しく楽な道ですが、私たちは決して小さな海に満足したことはありません。

自由は私たちにより多くの機会を、連帯は私たちにより大きな未来を与えてくれるでしょう。

国民の皆さんが私に与えた使命を常に忘れずに、偉大な国民の皆様とともに新しい跳躍を必ず成し遂げます。

2023年の新年に、自由が息づいて、機会が大きく開かれるより大きな海に向かって進みましょう。

ありがとうございます。

(翻訳・徐台教)

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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