Yahoo!ニュース

今から52年前の春分の日、日本山岳史上最悪の富士山大量遭難事故

饒村曜気象予報士
鳥の形状の残雪(農鳥)が現れた富士山(写真:イメージマート)

二十四節気の春分

 3月20日の「春分の日」は、国民の祝日のひとつで、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日とされています。

 この春分の日から4月3日まで、二十四節気の「春分」に入ります。

 「春分」は、初候、次候、末候の3つに分けられ、それぞれ、次のように言われています。

・春分の初候(3月20日~) 雀始巣(スズメはじめてすくう)

・春分の次候(3月25日~) 桜始開(サクラはじめてひらく)

・春分の末候(3月30日~) 雷乃発声(カミナリすなわちこえをはっす)

 春になると、季節が進むにつれて、スズメが巣を作り始め、桜が咲き、恵の雨をもたらす雷が鳴り始めるという意味かと思います。

 「秋分の初候」が、「雷乃収声(カミナリすなわちこえをおさむ)」ですので、昔の人は、春分の末候から秋分の初候までを雷の季節と考えていたことになります。

 令和6年(2024年)の場合は、春分の初候に強い寒気が南下し、広い範囲で雷となる見込みですので、少し早い「雷乃発声」となりそうです。

春分の日の強い寒気南下

 令和6年(2024年)の春分の日は、西日本から東日本を低気圧が発達しながら通過する見込みです(図1)。

図1 予想天気図(3月20日9時の予想)
図1 予想天気図(3月20日9時の予想)

 そして、この低気圧が通過後、強い寒気が南下する見込みです。

 上空の寒気の強さの目安として、上空約5500メートルの気温が使われます。

 上空約5500メートルで、氷点下30度以下なら平地でも雪が降る強い寒気、氷点下36度以下なら大雪の可能性がある非常に強い寒気です。

 3月20日の春分の日の頃の寒気は、氷点下36度以下の非常に強い寒気が東北地方から北陸地方まで、氷点下30度以下の強い寒気が関東の南海上から中国地方まで南下してくる見込みです(図2)。

図2 上空約5500メートルの気温分布予想(3月20日昼の予想)
図2 上空約5500メートルの気温分布予想(3月20日昼の予想)

 春は、下層が温まっている所に上空の寒気が入ってきますので、そこそこの上空寒気でも上下の温度差が大きくなり、大気が不安定になります。

 ただ、今回はそこそこの寒気ではなく、強い寒気です。

 このため、春分の日は積乱雲が発達し、山では雪が降り、広い範囲で発雷して落雷の可能性が高くなっています(図3)。

図3 発雷確率(3月20日昼前の予想)
図3 発雷確率(3月20日昼前の予想)

 春山登山を計画されているかたは、最新の気象情報を入手し、柔軟な予定変更で安全第一をお願いします。

 春山は、天気によって様相が大きく異なります。

 休日だからといってカレンダー通りの行動は非常に危険で、ふもとは春でも、山の上では別という感じで天気予報をきき、計画を中止する勇気が大切です。

 今から52年前、昭和47年(1972年)3月20日の春分の日、富士山で24名が死亡するという、日本山岳史上最悪といわれる遭難が発生しました。

昭和47年(1972年)の富士山

 昭和47年(1972年)は記録的な暖冬の年でしたが、2月下旬からは3月上旬にかけて厳しい寒波に見舞われ、その後は、間欠的に寒気の南下とその間の異常高温があり、気温変動が大きくなっていました。

 富士山頂では、3月に入ってから最高気温が氷点下10度以下の日が続いていましたが、日平均風速は10メートル以下と、富士山としては比較的穏やかな日が続いていました(図4)。

図4 富士山頂の日ごとの平均風速と最高・最低気温(昭和47年(1972年)3月1日~20日)
図4 富士山頂の日ごとの平均風速と最高・最低気温(昭和47年(1972年)3月1日~20日)

 この年は、春分の日が月曜日で、前々日の土曜日を休む(当時は土曜日は休みではなく半日勤務)と三連休になりました。

 春分の日の前日、3月19日の日曜日は、暖かく風も穏やかであったために大勢の人が富士登山をしています。

 そして多くの組が、6合目付近(標高が約3000メートル)の中腹にテントをはって宿泊しています。しかし、19日朝に上海付近にあった低気圧が、予報通りに急発達をし、日本海に入っています(図5)。

図5 地上天気図(昭和47年(1972年)3月20日9時)
図5 地上天気図(昭和47年(1972年)3月20日9時)

 このため、各地で春一番が吹き、富士山では19日夜から冷たい雨が降り始め、春分の日には暴風雨となっています。

 20日の富士山頂の平均風速は25.4メートルでした。瞬間風速ではなく、一日を通しての平均風速が25.4メートルです。

 山腹の風速は山頂とほぼ同じと考えられますので、登山者は長時間にわたって30メートル以上の暴風にさらされていたと思われます。

 また、20日の富士山頂の最高気温が氷点下1.7度、最低気温が氷点下6.8度と、この時季の富士山としては暖かくなっています。

 5合目(約2500メートル)では、暴風が強まった15時ころには気温が5度くらいまで上昇して雪ではなく、雨が降っていたという調査もあります。

 富士山中腹にいた人々の体感温度は、暴風と湿った雨で極端に低くなっていたと思われます。

 富士山では、登山者がテントをたたみ、避難のため下山を開始しますが、低い気温と雨に打たれて7名が凍死したり、3合目付近で雨を含んだ底雪崩に巻き込まれたりして24名が死亡するという、日本山岳史上最悪といわれる遭難が発生しました。

 今回の休みは散々だったと愚痴をいうことになっても、無事である限り、さらに素敵な体験ができますが、死んだら終わりです。

 気象情報を利用し、安全に春山登山を楽しんでください。

図1の出典:気象庁ホームページ。

図2、図3の出典:ウェザーマップ提供。

図4の出典:気象庁ホームページをもとに筆者作成。

図5の出典:気象庁資料をもとに筆者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2024年9月新刊『防災気象情報等で使われる100の用語』(近代消防社)という本を出版しました。

饒村曜の最近の記事