イラク:アメリカ系ファストフード店の襲撃が相次ぐ
2024年5月26日、バグダード市内の2カ所でケンタッキー・フライドチキン(KFC)の店舗が襲撃された。翌27日、これらの店舗は営業を再開したがやはりバグダード中心部にあったアメリカのチリハウスのフランチャイズ店が爆発物によって攻撃された。これらの襲撃での死傷者はなく被害は物的なものにとどまったが、イラクのシャンマリー内相は事態を重く見てバグダード市の治安担当の高官とともに襲撃現場3カ所を視察した。なお、店舗を襲撃した容疑者複数がすでに逮捕されている。
アラブ諸国においてアメリカのファストフード店のフランチャイズはおおむね繁盛している。政治的な理由などでこれらが出店できない場合は、本当に笑い話のようなパロディーや「パチモン」的な模倣店が中心街に店を構えることもある。また、だれもが知っている著名な業者ともなると、そのフランチャイズに行くためにわざわざ国境を越える者も少なくない。しかしながら、著名業者そのものや、そのフランチャイズ店で提供される商品の一部(例えば特定のブランドの飲料)は、かつてはアラブ諸国が政府を挙げて実施したイスラエル関連企業に対するボイコット運動(アラブ・ボイコット)の対象だった。アラブ・ボイコットがすっかり形骸化した今日でも、特定の業者や財・サービスがイスラエル支援と結びついているという印象や記憶は、アラブの消費者の脳裏に残っており、様々な機会にアメリカの企業・商品を中心に、一般市民の自発的呼びかけとしてボイコット対象商品の一覧表が、やはり様々な媒体で出回ることがある。
2023年10月以来のパレスチナや周辺各地での紛争も、イスラエルと同国を支援するアメリカに対するボイコット機運を再び盛り上げた。となると、今般のイラクでのアメリカ業者のフランチャイズ店への襲撃も、最近の紛争に刺激された嫌悪感やボイコット運動の継続なのだろうか。この件については、イラクでの著名人を含め多くの反応が出ているようで、国会議員の一人はSNSで、襲撃をパレスチナの情勢と結びつけたうえで、アメリカとの対決は店舗・商品・メーカーのボイコットなどの合法的手段で白昼堂々とするべきで、夜間に爆発物で攻撃することではないとの趣旨の投稿をした。しかし、イラクの政治・社会情勢は、地域情勢やアメリカ・イスラエルに対する感情だけで説明できるほど簡単ではないようだ。27日付『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、事件の背景として二つの可能性を挙げた。重要な点は、襲撃事件へのイラクの内相の反応は、治安情勢やボイコット運動に対するものというよりは、イラクに対する投資機運への影響を心配してのことらしいというところだ。
第一の背景は、襲撃事件がイラクで投資活動を営む諸企業やその連携先の間の争いかもしれないというものだ。イラクでは、政治的な有力者が実業界にフロントを立てて事業を営んでいることも多いため、特定のフランチャイズ事業の間で襲撃が起こるということは、その背後にいる実業家同士、さらには実業家たちの黒幕ともいえる政治的有力者間の紛争だという可能性があるらしい。第二の背景は、イラクの市場がアラブ諸国の企業や、世界的企業に開かれる途上にあることだ。そのような中で海外の業者のフランチャイズへの襲撃が繰り返されるようならば、海外の事業者、特に国際的な企業はイラク市場への参入が難しいと考えるかもしれない。国際的な企業のイラク進出が抑制されれば、イラクの市場は(これまでそうだったように)トルコやイランという、隣接国の一部にとってのものであり続ける。つまり、なんだか陰謀論のような背景や憶測が唱えられる中、イラクでのアメリカ系のフランチャイズ店が襲撃される事件には、中東地域での紛争とアメリカ・イスラエルへのボイコット運動、イラクの政界の当事者間の権益争い、そして近隣諸国を巻き込んだイラク市場をめぐる争いという可能性が考えられるということだ。政治的なボイコット運動や権益争いのマトにかけられることは、当事者となった企業やブランドにとっては当該の市場を放棄せざるを得なくなることもあるくらい重大なことだ。最近の紛争にも象徴されるように、国際的に活動する企業や個人が増加したとはいえ、異なる場所には異なる利害関係と、ある事象に対する異なる解釈や印象があるのも事実だ。越境的な経済・文化活動や人の移動への障壁が低くなったからこそ、注意すべきこともたくさんあるということだろう。