推しとリアでまさかのめぐり逢い。残念女子の世界はいかにして変わったか。『ディナー・イン・アメリカ』
「僕はサイモンほど失礼ではないし、攻撃的ではないんですけれども、誰しもサイモンのように人を攻撃的に挑発したいという願望はあるんじゃないかな。彼とパティのやりとりを書くのはすごく楽しかった。ストーリーの構成自体はそんなに複雑なわけではないけれども、肝心なのは演者をいかにダンスさせて、ダイアログの運びやリズムで作品に生命を吹き込むかですよね」
アダム・レーマイヤー監督の『ディナー・イン・アメリカ』は、その言葉どおり、運命的に出会った癖の強い主人公たちが、社会の偏見も自分自身の殻もぶち壊していく。パンクなラブストーリーにして、とびきりのエンパワーメントムービー。
ベン・スティラーがプロデュースし、2020年サンダンス映画祭オフィシャルセレクションでも上映された本作は、オデッサ国際映画祭グランプリなどいくつもの賞に輝いている。コロナの影響で公開が遅れている本国アメリカに先駆けての日本公開だ。
過保護に育てられ、結果、残念女子として単調な日々を送っているパティ(エミリー・スケッグス)。そんな彼女が、退屈な現実から逃れられるのは、パンクロックを聴いている時だけ。ある日、警察に追われていたサイモン(カイル・ガルナー)を家に匿うのだが、彼こそはパティが熱狂するパンクバンド “サイオプス”の覆面リーダーのジョンQだった…。
少女漫画にもありそうな設定だが、そこは監督デビュー作の『バニーゲーム』が過激な内容で物議を醸したレーマイヤーである。いつも不機嫌なアナーキストのサイモンの人となりを見せる導入部はいわゆる女子ウケするテイストではないが、最終的にパティとサイモンが紡ぎあげる世界は、チャーミングでポジティブなエネルギーに溢れている。
監督がフェイスブックのプロフ写真の眼ヂカラに魅せられたというカイルは、サイモンのアブない魅力とその奥にある繊細さを体現。これが長編映画初主演ながらトニー賞ノミネート歴のあるエミリーは、よくあるネガティブ女子とは一味違う反骨も交えて、パティへの共感を呼ぶ。サイオプスを聴いてテンションが上がったパティが撮るポラロイド写真の用途も、少女漫画ではお目にかからなそうな下ネタ的な笑いを誘うという具合に、レーマイヤー監督のリアルと笑いのブレンド加減がとにかく絶妙。
レーマイヤーにとって、本作は初めてのロマンティックコメディになる。
「逆にこれまでの作品との共通項を挙げるとすれば、リズム感的なものかな。僕は楽曲を書くように脚本を書く。ロマコメであれ、実験映画であれ、キャンバスに自分の全てを注ぎ込むエネルギーは一緒なんです」
サイモンというキャラクターの着想は2006年に遡る。その誕生もまた音楽的だ。
「雪が降ったある日、除雪車が通った後の道を歩いている自分の靴がコンクリートを打ちつける音で、キャラクターの造形というか、身のこなしのリズム感が湧いてきて、あっという間に10ページ分の脚本が書けた。その後数年間、寝かしているうちに、以前から書いていた『ディナー・イン・アメリカ』というパティとその家族のストーリーと合体させたら面白いんじゃないかと思いついて。書き進めるうちに、サイモンが『ディナー・イン・アメリカ』の物語をハイジャックしてしまったんだ」
「ノー」と言われ続けてきた女の子を
彼はどう支え、何かを引き出せるのか。
もともとの『ディナー・イン・アメリカ』はパティと両親と弟の関係性を描いているだけだったそう。
「パティは皮肉屋でものすごく反抗的で、よりサイモン的な特徴を持った女の子だったんですけど、彼女を受け身的なキャラクターにした方が面白いと思った。生まれた時から周囲に“ノー、ノー、ノー”と言われつづけてきた女の子をサイモンがどう支えて、彼女の中から何かを引き出すのか。そういう2人の関係性になっていくほうが面白い。
普通は14〜16歳とかで青春を謳歌するわけですけれども、その年頃のパティは停滞していて、20代前半で花開いていく。エミリー自身も14、15歳の頃はああいう感じだったと言ってるので、自分の経験を踏まえて演じているところもあるんですよね。そういう意味でも、カイルもエミリーもこの役を演じるのは運命だったんじゃないかなというくらい」
撮影はデトロイトで25日間。まず2週間のリハーサル期間があった。
「2人を空港まで僕が迎えに行って、そのまま一緒に夕食をとって、翌日から早速、共同作業でレコーディング。1日目はカイルのパンク曲に取り組んで、2日目はエミリーが歌う楽曲に取り組んだんですけれども、その音楽を通して、阿吽の呼吸が成立したというか、テレパシーのようにおたがいのことも映画の方向性も直感的にわかりあえる間柄になりました」
推しとファン。パンクが結びつけた2人の物語だけに、音楽ももう一人の主役。とりわけ、サイモンとパティのコラボから生まれる『ウォーターメロン』は、パティの想いを綴った歌詞も、ザ・パンクな攻撃的な音とはまた違うメロディも印象的。見終わった後には口ずさんでしまうはずだ。
「このメロディのアイディアは、エミリーとのレコーディング前日にシャワーを浴びてるときの鼻歌から生まれたんだ。シンプルな音にしたのは20分で作曲したという設定なのと、カイルのスキルで対応できることを意識したから。このシーンは脚本では“彼女は大きな声で歌う”とあるだけ。プロデューサー陣は、“肝心のこの楽曲はどういう曲なんだ?”と気にしてた。でも、僕にとって最も大事だったのは、どんな女優がこれを演じるのか。エミリーは、ピュアにピュアに歌って、シーンを見事に仕上げてくれました」
パティはサイモンによって大きな可能性を引き出され、自信を得ると同時に、パティもまた社会や家族との葛藤を抱えてきたサイモンの殻を破る。そんな2人を観ていて感じるのは、自分に自信や誇りを持って生きることの大切さだ。
「おっしゃるとおりです。人生はそんなに長くない。だから、フルに生きずにいる時間なんてないはず。カイルとエミリーも、自分の中のポテンシャルをお互いに引き出せるように素晴らしいダンスを踊ってくれている。そんな2人を観ていて本当に美しいと思っていたし、自分としてもそういう演出をできたことを誇りに思ってます」
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『ディナー・イン・アメリカ』
監督・脚本・編集:アダム・レーマイヤー
9月24日よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国順次公開