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英国のメイ首相はEU離脱協定案を貫き通せるか?(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

1月29日の下院議会でEUとの再協議を宣言したメイ首相=BBCテレビより
1月29日の下院議会でEUとの再協議を宣言したメイ首相=BBCテレビより

メイ首相は1月29日の下院本会議で、与野党から提出された7本の修正動議のうち、可決された2本の修正動議を受け、「バックストップ条項の時限化と一方的に停止を通告できる権利の2点の修正で法的拘束力のある確約をEU(欧州連合)から勝ち取る」と確約した。

 バックストップ条項というのは、北アイルランド(英国領)とアイルランド共和国(EU加盟国)の国境をハードボーダーにしないための措置で、これは今後、EUとの自由貿易協定の締結に失敗すれば、同条項が直ちに発動され、英国は3月29日のEU離脱後も北アイルランドを含めた英国全体がEUの関税同盟と単一市場の支配下に入ることになる。しかし、同条項はいったん発動されれば期限が設定されていないため、英議会では与野党を問わず同条項が恒久化されるか、あるいは、北アイルランドだけ恒久化され、その結果、英国と北アイルランドが分断化される懸念があるとして反対している。

 また、メイ首相は2月2日付の英紙デイリー・テレグラフ紙への寄稿文でも、「EUに対し離脱協定案の修正を求めることが議会の総意だ」として、EUとの再協議の方針を断固貫く覚悟を示している。しかし、EUは同条項に関する再協議については完全拒否の構えで、たとえ協議が始まっても英国にとって有利な譲歩は得られず、ノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)の可能性が限りなく高まる。

 こうした中、保守党の100人超の陣傘議員からなるブレグジット欧州調査グループ(ERG)のジェイコブ・リースモッグ代表と次期首相有力候補のボリス・ジョンソン前外相ら強硬離脱派がEU残留派(穏健離脱派)からも支持が得られ、議会通過の可能性が最も高いプランC(キット・モルトハウス住宅相が提唱している妥協案)のEU離脱協定案をメイ首相に売り込み始めた。これは3月29日の離脱後の激変緩和のための移行期間(2020年12月末まで)を1年延長し、バックストップ条項の修正を目指すというもの。もし、延長後も合意できなかった場合、英国はWTO(世界貿易機関)の貿易ルールの下でEUから離脱(管理されたノーディール)。北アイルランド国境はハードボーダーを回避するため、マキシム・ファシリテーション案(ITを駆使して国境検査や関税手続きを最大限簡素化する案)で対応するとしている。リースモッグ氏は、「これがEUからの離脱で英国の(北アイルランドとの)分断を防ぐことができる唯一の案だ」(1月30日付テレグラフ紙)と述べている。しかし、プランCもEUが再協議に応じることを前提にしているため、ロビンズ氏も「実現性に問題がある」(テレグラフ紙)と否定的だ。

 英国のEU離脱を可能にするリスボン条約第50条の延長や2度目の国民投票を求める労働党や保守党の穏健離脱派による修正動議が否決(1月29日)されたことで、ノルウェーのようにEUとEEA(欧州経済領域)協定を結びEUの単一市場にアクセスし、英国が関税同盟に残る、いわゆるノルウェー方式が消え、メイ首相の離脱協定案(バックストップ条項の修正付き)が最有力となった。ただ、EUがバックストップ条項の修正を拒否すれば、強硬離脱派が支持している激変緩和に配慮した「管理されたノーディール」案で決着することになる。その場合、英国は390億ポンド(約5.6兆円)の清算金EUに支払わないため、ノーディール後の景気対策に回せる可能性がある。

 保守党のウィリアム・ヘイグ元党首は昨年11月26日付のテレグラフ紙で、メイ首相の離脱協定案を支持する論陣を張っている。同氏は、「メイ首相が昨年、2017年の総選挙で敗北したことで、その後のEUとの離脱協議は大幅な譲歩を強いられることは予想されていたのだから、今回の離脱協定案はまだ良しとすべきだ」とし、「8つの理由で離脱協定案に賛成投票すべきだ」と述べている。

 8つの理由とは(1)バックストップ条項が最大の焦点となっているが、2020年12月末に移行期間が終われば、それ以降、英国はスキル(マキシム・ファシリテーション案など)や移民についても独自のルールを設定できる(2)最も大事な点は、EUとの統合についても、全くEUの一部となることはない(3)バックストップ条項が適用され、EUルールが導入されるのは財の輸出に関してだけ。財輸出は英国のGDP(国内総生産)のわずか15%で、その半分がEU向けにすぎない。英国の輸出の大半はサービス輸出。これにはバックストップ条項やEUルールが及ばないので大きな問題ではない(4)バックストップ条項が終わらなくなるという危惧は分かるが、EUは何が何でもバックストップ条項が続くことを望んでいるとは思えない(5)これはEUが人の移動の自由を終わりにして、バックストップ条項に代わる開かれた貿易関係を英国と結ぶことを意味する。また、第3国にとっても魅力的のものになることを意味する(6)EUはバックストップ条項に代わる自由貿易協定を英国と結ぶインセンチブがある―などだ。

 基本的にはEUも英議会もノーディールは望んでいないので、最終的にはメイ首相の離脱協定案通りになる可能性がある。メイ首相はEUのジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長と頻繁に電話会談しており、メイ首相の離脱協定案の議会通過で意見が一致している出来レースの印象が強い。メイ首相のしぶとさには英国メディアも賞賛の声が跡を絶たない。いくつもの試練を乗り越えてきたメイ首相の本領発揮となるか最後まで目が離せない。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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