パリの写真通を魅了する土門拳の世界 昭和の巨匠、パリで初の展覧会開催中
パリ日本文化会館で、土門拳の写真展が開催されています。
フォトジャーナリズムの草分けとして日本を代表する写真家の一人である土門拳の写真展がフランスで開催されるのは初めてのことです。
会場にはおよそ100点の作品が展示されています。
戦前のプロパガンダ写真の時代から、原爆投下後の広島に生きる人々を感動的なまでに写した作品、そして有名な『筑豊のこどもたち』に代表される昭和の子供たちの写真。各界で活躍し歴史に名を刻んだ人物を被写体にした「肖像」の数々。そして、展覧会は土門拳が最も長く取り組んだシリーズ『古寺巡礼』で締めくくられています。
土門拳(1909−1990)は山形県・酒田に生まれ、戦中戦後の日本が急速に豊かになる中で、その変化の陰に隠れた弱者や、時代が経っても変わらないものを撮り続けた人です。
50代から3度の脳出血に見舞われ、はじめは半身の自由を失い、車椅子が必要となり、70代での3度目の脳出血によって、十年余りも昏睡状態に陥りました。
私は土門拳の写真には日本にいる時から敬愛を持っていましたけれども、こういった彼の人生については今回の展覧会で初めて知りました。
日本人であれば、彼の名前は知らない人でも彼の代表的な作品は目にしたことがあると思います。けれどもここパリでは初めての展覧会です。
パリの人々にこれらの写真はどのように受け止められるのか。
それが知りたくて、私は会場で熱心に写真1点1点を見ていた一人の男性に話を聞いてみることにしました。すると、期待していた以上にその男性は熱く感想を語ってくれました。彼のほとばしるような勢いのコメントは、展覧会解説にも近いようなものでしたので、ここに彼のお話を紹介したいと思います。
Thierry Courtiol(ティエリー・クーティヨル)さんは、パリ在住のフランス人男性ですが、アメリカのコンサルタント会社で国際レベルの企業の戦略コンサルティングをしていたと言いますから、ビジネスの最前線で活躍していた方と言えるでしょう。
写真は彼のパッションで、50年以上前から撮り続けて来た写真は15万枚以上にもなるそうです。その上、彼は写真蒐集家でもあります。19世紀から20世紀初頭にかけての乾板写真を専門にコレクションしているのだとか。つまり、単なる写真好き以上に、相当な審美眼の持ち主と言えます。
「私はこれらの作品のうちのいくつかをすでに見たことがありましたが、これほどまとまった形で彼の作品を見たのは初めてです。
ご存知のとおり、パリではたくさんの写真展が開かれています。例えばオルセー美術館やヨーロッパ写真美術館、アンリ・カルティエ=ブレッソン写真館に代表される場所があるうえ、写真月間もあり、とにかく多くの優れた写真に接する機会があります。つまりパリの人々は写真に対して非常に敏感です。
そういった観点から見てもこの展覧会はとても素晴らしいものです。私はパリで40年間、相当な数の写真展を見てきましたが、これはその中でも有数のものと言えます。
土門拳の構図の切り取り方、カメラアングルがすでにとても素晴らしい。プリントのレベルも非常に高く、非の打ち所がありません。
しかもこの展示方法がいい。額装に反射抑制ガラスを使っているので、室内の光の反射や、自分の後ろを通る人がガラスに写り込んだりしない状態で、鑑賞者は写真そのものに没頭することができます。
彼がカメラを持って被写体に向かっている時の感情のバイブレーションが伝わってきます。」
「戦争の不条理、原爆投下後の人々のさまざまな表情、そしてそこから立ち上がる日本再生を象徴するような写真は感動的です。
展示された写真はすべて一点一点が一つの記念碑と言っていいものだと思います。しかもそれらすべてが共鳴しあっている。そこがまた素晴らしい。
彼は39歳の時に、娘を亡くしていたと知りました。彼自身が何度も脳出血に見舞われたりしていて、決して幸せな人生とは言えなかったのではないかと思いますが、そのような境遇でも写真を撮り続けましたね。」
三島由紀夫、志賀直哉、谷崎潤一郎、小津安二郎、藤田嗣治、岡本太郎、三船敏郎らの肖像写真のコーナー。ティエリーさんは志賀潔の写真の前でこう語ります。
「わたしはここで5分間、釘付けになってしまいました。この人物は非常に偉大な科学者でありますが、彼のフレームの壊れたメガネとの半ば矛盾するような対比が示唆的です。
そこには物質という現象を超えた別の世界に到達している賢者が映し出されています。それでいてまるで自分の友人であるかのように自然体です。」
ティエリーさんは鳥居の写真、仏像の写真も熱心に見ていました。実は彼自身、パリの東洋美術館(ギメ美術館)で、仏像の手だけを撮影したこともあるというくらいなのです。
「実際に日本を訪ねたことがありますか?」と聞くと、彼ははにかんだ笑いを見せました。
「私は世界中を旅しました。アジアでも中国、韓国、タイ、ビルマ、ラオスの至るところを歩きました。けれども日本は行っていないのです。
“火出る国”を訪れることが私の夢でもあります。そこで私は現代の日本と伝統的な日本の両方を見たいと思います。寺院、地方、山々をぜひ見てみたいです。」
そんなふうに彼の話に耳を傾けていると、この展覧会には土門拳の目を通した日本という国の上質のエッセンスが盛り込まれているように感じます。
会期は4月26日から7月13日まで。入場無料。
この時期パリにいらっしゃる方はぜひ足を運んでほしい展覧会です。