【体操】内村航平 東京五輪への逆襲が始まった
世界一の練習で世界一を取ってきた選手ならではの言葉だった。
体操界の“キング”内村航平が7月14日、東京都内で所属先のリンガーハットが主催する「親子大運動会」に参加。イベント後に報道陣の取材に応じ、4月の全日本個人総合選手権で下位に沈み、世界選手権代表を逃す原因となっていた両肩の痛みが、ほぼなくなっていることを明かし、こう言った。
「肩の状態と比例しているのだと思うのですが、痛みがない状態でストレスなく練習できているので、気持ちも上向きです」
かつて「世界一の練習をした者が世界一になる」と言い続け、誰も真似することのできない練習をこなしてロンドン五輪とリオデジャネイロ五輪を連覇した内村だからこその実感だ。
「この状態のまま来年までいければ、間違いなく(東京五輪に)行けなくはない。まだ絶対に行けるというところまでの自信はないですが、かなえられる夢以上にはなっています」
その口調には確かな力強さがあった。
■ドクター3人の所見は「大丈夫」で一致
近年悩まされている両肩痛が悪化したのは今冬だった。さらに、今年1月に北京に遠征して行った中国ナショナルチームとの合同合宿ごろからは、肩をかばうことでヒジにも痛みが出ていた。
全日本選手権前は両肩の痛みで思うような練習を積めなかった。世界選手権の代表を逃し、「東京オリンピックは夢物語ですよね」と自嘲ぎみにそう言うしかなかった。しかし、練習ができていないから当然の結果だったとわずか2日で気づいたという。
「原因がハッキリしすぎているので、下を向く必要はありませんでした」
とはいえ、痛みそのものがなくならない限りは練習ができない。
「肩は10年くらい痛くて、どういう構造かも知り尽くしている。ここが痛くなったらヤバイというのも分かっている」という内村は、体操選手が引退に追い込まれることの多い腱板(けんばん)損傷や、関節唇(かんせつしん)損傷ではないかという不安があったようだ。
「そこまでじゃないのではないかと思いつつも、今回はやばいかも、と」
それほどの危機感を持ちながら検査を受けた。すると、3人のドクターから得た所見は「大丈夫」で一致していた。
「いろいろな先生に聞いても腱板損傷をしていない、関節唇とかでもない。競技復帰というか、全然大丈夫ですよと言われました。半々に思っていたのが良い方に出たので、運は良かったと思います。状態がそこまで悪すぎなかったので、もはや希望しかありませんでした」
有効な治療法と巡り合えたのも幸運だった。肩の権威であるドクターに「ハイドロリリース」という生理食塩水の注射を打ってもらい、硬くなった筋肉をはがす治療を受けてから劇的に痛みがなくなった。
「自分に合っている治療法に出合えて、だからここまで良い状態になったと思うので、それだけでも運が良かったです」
■運動会で見せた「内村プロデュース」のこだわり
運動会では、子供たちからわずか3、4メートルの位置で鉄棒のデモンストレーションを行った。披露した技は、若い頃から最もこだわりをもってやってきた「コバチ」。バーから手を離して空中に跳び上がった際に、圧倒的な高さまで到達する雄大さは内村の真骨頂だ。
この日は初めて使う器具だったため、無理にバーを持つことは避けた様子だったが、目の前で離れ技を見た子どもたちは大喜び。内村の口からは「東京オリンピックでは成功させます!」という言葉が自然と出ていた。
7、8メートルほどの高さのロープを腕の力だけで登り切る「補強練習」も披露した。体操選手が普段どんな練習をしているかを見てもらいたいという思いがあった。
握力測定では意外な数値で関心を引き寄せた。子どもたちが見守る中で力いっぱい握った測定器に示された数字は「41・7キロ」。文部科学省による30~34歳男性の平均値「47・36キロ」と比べても低い数値を見せながら、「鉄棒は握っているように見えるけど、引っかけているだけ。だから握力とはあまり関係ないんです」と、体操競技の特性をさりげなく説明した。
■復帰戦は8月の全日本シニア選手権
復帰戦は8月30日に福井市で開幕する全日本シニア選手権。来年の全日本個人総合選手権の出場権が懸かる大会で、どこまでの回復を見せることができるか。
昨年は全日本シニア選手権で87・750点というハイスコアを記録したが、その10日後の練習で右足首前距腓靱帯を痛め、世界選手権では限られた種目のみの出場を余儀なくされた。
好事魔多しをしっかりと胸に刻んでいる内村。「気をつけます」と笑みを浮かべて大運動会を後にした。