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周囲は「無謀!危険!」と危惧。イスタンブールの野良犬たちと行動を共にした撮影、実際はどうだった?

水上賢治映画ライター
「ストレイ 犬が見た世界」より

 「世界は」「社会は」といって人がなにかを語ろうとするときに、はたしてどれだけ人間以外のことを含めて考えているだろうか?

 これは自らの反省も含めて、あまり意識していないのが実際のところではないだろうか?

 つまり正確を期すならば、人は「世界は」「社会は」というとき、「人間の世界は」「人間の社会は」といったことで考えている。

 人間以外の存在については、ほぼ置き去りにしているといってもいいのではないだろうか。

 ドキュメンタリー映画「ストレイ 犬が見た世界」は、トルコ・イスタンブールの野良犬たちに焦点を当てている。

 作品が映し出すのは、その邦題の通りに、犬から見た世界にほかならない。

 人間目線ではない、徹底して犬の視点にたった本作は、犬の目線から見た世界と社会が目の前に広がる。

 そこからは、犬の世界にとどまらず、残酷なぐらい人間社会のさまざまなものが露呈する。

 犬の目線から、人間社会を映し出す本作について、エリザベス・ロー監督に訊く。(全四回)

「ストレイ 犬が見た世界」のエリザベス・ロー監督
「ストレイ 犬が見た世界」のエリザベス・ロー監督

トルコのイスタンブールを訪れた理由

 前回(第一回)は、作品を作るきっかけについての話を訊いたが、愛犬の死というきわめてパーソナルなところから始まったことが明かされた。

 そこからリサーチをスタートさせたという。

「文化の違う国々や地域で、犬がどう扱われているのか、犬と人間がどういう関係を築いているのかを調べ始めると、いろいろなことがわかってきて。

 いくつかの国に、まずロケハンに行ってみようと思いました。

 その中で、一番最初に訪れたのが今回の作品の舞台となるトルコのイスタンブールでした。2017年のことです。

 ウェス・アンダーソン監督の『犬ヶ島』という映画がありましたけど、実はトルコでは同じような事件が起きています。

 かいつまんで話すと、イギリスの外交官がトルコにやって来たときに、野良犬に追いかけられて不幸にも亡くなる事故が起きてしまう。

 それが外交の大きな問題になって、当時のスルタン(国王)が野良犬を島流しにして、その島で犬たちが餓死してしまったという逸話が残されている。

 その後、第一次世界大戦が起きたとき、イスタンブールは幾度も大きな火災に見舞われた。

 その大きな被害になってしまった理由には、犬の不在があったのではと言われている。

 それまでイスタンブールでは犬が吠えることが火災を知らせる警鐘がわりのようになっていた。

 ところが島流しによって犬がいなくなってしまったので、火災の被害が拡大したのではないかと言われている。

 そういうこともあってか、トルコの市民は次の1世紀の間、政府が野良犬を絶滅させようとする対策を取るたびに阻止してきている。

 トルコ当局は1909年から野良犬を絶滅させようとしてきました。

 トルコ政府としては、いわゆる西側諸国の考える先進的な都市になることを目指して、町をうろつく野良犬を排除しようとしてきた。

 でも、街の人々はそれを拒んだ。殺処分に反対する抗議活動をずっと続けた。

 その結果、2004年には法律が作られて、法律で犬たちが守られることになった。野良犬の殺処分や捕獲が違法とされている。

 こうしたラジカルな犬に対する法律があるのは、ほかにはインドぐらいしかないんです。そういうことがリサーチでわかったので、トルコのイスタンブールに行こうと思いました」

「人に飼われているわけではない野良犬の撮影なんて無謀だ」と言われました

 実際にイスタンブールを訪れて、最初に町を自由に歩き回る犬たちをみたときの印象をこう明かす。

「トルコに行く前に、家族や友人からちょっと心配されたんですよ。

 『人間に飼われているわけじゃない野良犬を撮影するなんて無謀だ』『かまれたらどうするんだ、危ないじゃないか』と。

 でも、実際に行ってみると、もう映画をみていただければわかりますけれども、イスタンブールの野良犬たちはすごく社交的でフレンドリーだったんですね。

 それこそペットよりもフレンドリーといってもいいかもしれません。ペットの犬はしばしば飼い主以外だと吠えたりしますけど、イスタンブールの犬たちは誰にでもフレンドリーなんですよね。

 このことにまず驚きました。

 それから、ハッとさせられたのが、街の人々が犬たちをすごく見守っている。

 たとえば撮影のため、今回、犬たちがどこにいるのかを常に把握しておくために、もともとついている首輪にGPSを装着させてもらうことにしたんです。

 それをつけようとしたときに、道行く人が足を止めて『犬に何をしている』と言ってきた。

 犬がなにか不都合なことをされているのではないかと心配になって、声をかけてきたんです。

 それぐらい街の人々がコミュニティとして犬たちの面倒を見ているという意識がある。

 どんな野良犬も、きちっとコミュニティの中で面倒を見ている人がいる。

 ほんとうにすばらしい人間と犬の関係がここにはあると思いました。

「ストレイ 犬が見た世界」より
「ストレイ 犬が見た世界」より

 それから、これは映画の中に収めていますけど、犬のゼイティンとナザールが、それぞれ骨を与えられたのに、独り占めしようとするシーンがある。

 あそこで骨を与えたゴミ収集車の職員の男性が、骨を奪い合うゼイティンとナザールをしかる。ケンカする人間の子どもをたしなめるように。

 ここにもうインタンブールの人々と犬たちの関係が集約されていると思いました。

 実のところ、ゴミ収集車の男性が車から降りてきたとき、撮影に対するクレームか、犬がちょっと作業の邪魔になるからどかそうと出てきたと思ったんです(笑)。

 そうではなく、彼はゼイティンとナザールがきちんと骨を分け合っているのかを確認しに出てきたんです。

 この光景は感動的でした。

 イスタンブールの人々は、ほんとうに犬の生活の中のちょっとしたトラブルにもきちんと視線を注いでいることがわかりました。

 人間としてすばらしいなと思いました。しかも、それはトルコのイスタンブールの社会の全ての階層においてかわらない。

 どの階層の人でも、犬を邪険にすることがなかったんです。

 おそらくわたしの出身地である香港や現在住んでいるロサンゼルスだったら、犬たちが骨をめぐってケンカをしていても気にとめない。

 ましてや注意する人なんていないと思います。

 ほんとうにイスタンブールの人々の犬に対する接し方には感銘を受けました」

(※第三回に続く)

【エリザベス・ロー監督第一回インタビューはこちら】

「ストレイ 犬が見た世界」ポスタービジュアル
「ストレイ 犬が見た世界」ポスタービジュアル

「ストレイ 犬が見た世界」

監督:エリザベス・ロー

出演:ゼイティン、ナザール、カルタル(犬たち)ほか

公式サイト:https://transformer.co.jp/m/stray/

全国順次公開中

写真はすべて(C)2020 THIS WAS ARGOS, LLC

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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