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愛犬との永遠の別れを乗り越えて。ストリートで生きる犬の目線に立ち、人間の社会を見つめる

水上賢治映画ライター
「ストレイ 犬の見た世界」のエリザベス・ロー監督

 「世界は」「社会は」といって人がなにかを語ろうとするときに、はたしてどれだけ人間以外のことを含めて考えているだろうか?

 これは自らの反省も含めて、あまり意識していないのが実際のところではないだろうか?

 つまり正確を期すならば、人は「世界は」「社会は」というとき、「人間の世界は」「人間の世界は」といったことで考えている。

 人間以外の存在については、ほぼ置き去りにしているといってもいいのではないだろうか。

 ドキュメンタリー映画「ストレイ 犬が見た世界」は、トルコ・イスタンブールの野良犬たちに焦点を当てている。

 作品が映し出すのは、その邦題の通りに、犬から見た世界にほかならない。

 人間目線ではない、徹底して犬の視点にたった本作は、犬の目線から見た世界と社会が目の前に広がる。

 そこからは、犬の世界にとどまらず、残酷なぐらい人間社会のさまざまなものが露呈する。

 犬の目線から、人間社会を映し出す本作について、エリザベス・ロー監督に訊く。(全四回)

短編映画から長編映画へ踏み出す!

 はじめにエリザベス・ロー監督は、これまで数多くの短編作品を発表。その過去作は100以上の映画祭で上映され、高い評価を受けている。

「ストレイ 犬が見た世界」は、彼女にとって初めての長編映画となる。

 今回、短編ではなく、長編映画を作ることが視野に入っていたのだろうか?

「わりと自然な流れでそうなったといいますか。

 まず学生時代から短編映画を作っていたのですが、大学卒業後、好運にも短編制作のオファーをいくつかいただくことができました。

 ですので、引き続いてわたしは創作活動ができたんです。

 ただ、ひとりのフィルムメイカーとして、いつか次のステップに踏み出す時期がくることはわかっていました。

 短編映画は大好きだし、自分にとっては自然な映像表現のフォーマットでもある。

 わたしにとってはすごく大切であるとともに慣れ親しんだ表現手法といっていいです。

 また、短編映画を長く作っていた理由のひとつに、わたしの中で、『みなさんの貴重な時間を奪ってはいけない』という意識がありました。

 どういうことかというと、いまの時代は、世の中にいろいろな映像コンテンツがあふれている。

 なので、自分のようなまだ映像作家として駆け出しの人間が、長尺のものを届けるというのは気が引けたといいますか。

 ある程度、短編で自身の表現や映像手法をきちんと確立してこそ、ようやくみなさんに長くみていただけるものを届けられるのではないかと思っていたんです。

 そういう自分自身の考えもあって、それまでは10分以下ぐらいの短編を中心に10年ぐらい活動してきました。

 でも、短編でとどまっていたら、映像作家として成長できない。

 ここにきてそう考えるようになって、そろそろ長編を作るというチャレンジを自分に課したいと思うように心境が変化していきました。

 また、そろそろ長編作品を作れる力がついたのではないかとの思いもありました。

 そのように踏み出したのが今回の『ストレイ 犬が見た世界」でした」

「ストレイ 犬が見た世界」より
「ストレイ 犬が見た世界」より

家族同然だった愛犬のマイキーの死

その死をすぐ知ることができなかったことへの罪悪感

 今回の作品の出発点には、自身が飼っていた愛犬の死がまずあったという。

「いま、思い出しても涙が出てきてしまうんですけど……。

 もう10年ぐらい前になるのですが、わたしが子どものころから飼っていて、家族同然だった愛犬のマイキーが亡くなりました。

 そのときは、ほんとうに心の底からの悲しみに襲われました。

 ただ、当時、わたしは実家から離れて、海外の大学で学んでいて。

 両親が勉強に支障があってはいけないと、私にマイキーの死をすぐには伝えなかった。

 だから、わたしがマイキーの死を知ったのは、亡くなってしばらくたってからだったんです。

 つまり最後にひと目会うこともできなかった。

 このマイキーの死をしばらく知らずにいたこと、最後にお別れができなかったことは、わたしの心の中に『罪悪感』として残りました。

 両親を責める気はないんです。

 ただ、これが自分の兄弟、つまり人間の家族だったならば、『勉強に支障が』なんてことにはならなくて、まずは『帰ってこい』と呼び戻されたと思うんです。

 でも、実際はうちに限らず、おおよその一家では、おそらく愛犬の死では遠方にいる肉親を呼び戻すことはない。

 つまり人間と犬は同等ではない。社会から犬たちはそういう扱いを受けているんだなと実感したんです。

 このことをきっかけに、わたしはたとえば世界の各国で野良犬はどういう扱いを受けているのかといったことを調べ始めました。

 文化の違う国々や地域で、犬がどう扱われているのかをみれば、人間がほかの動物につけている価値観がわかるのではないかと思いました。

 実際調べを進めていくと、人間のほかの動物に対する扱いというのはものすごく恣意的なものだと感じました。

 ほんとうに人間というのは、身勝手だなと。

 その中で、動物の視点に一度立ってみる、今回のドキュメンタリー映画の企画を考え始めました」

(※第二回へ続く)

「ストレイ 犬が見た世界」ポスタービジュアル
「ストレイ 犬が見た世界」ポスタービジュアル

「ストレイ 犬が見た世界」

監督:エリザベス・ロー

出演:ゼイティン、ナザール、カルタル(犬たち)ほか

公式サイト:https://transformer.co.jp/m/stray/

ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開中

写真はすべて(C)2020 THIS WAS ARGOS, LLC

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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