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イスラーム過激派の食卓(アンサール・イスラーム団)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
のんびり食事をするアンサール・イスラーム団(出典:アンサール・イスラーム団)

 世界のイスラーム過激派諸派を日々ぼんやり観察している身からすると、アンサール・イスラーム団に対して「知らない」、或いは「興味ない」と反応する者はどうしようもないシロートであり、イスラーム過激派の観察や分析(そして「イスラーム過激派の害悪をいかに避けるか」という対策)の点で絶望的な後進国である日本ですら、「それ」を語る資格が一切ないと断言していい。

 アンサール・イスラーム団は、1990年代後半から「それ」と知られた「名門」のイスラーム過激派武装勢力である。当初はイラク北部のクルド地区の山地で武装闘争を行う団体として知られていたが、2002年頃にアメリカによるイラク侵攻が現実の問題となるにつれ、「イラクとアル=カーイダとを結ぶ」重要団体として国際的に名前が挙がるようになった。いわく、アル=カーイダの幹部(注:2002年時点のアル=カーイダの組織の関係や人間関係としては、これは明らかな誤り)であるアブー・ムスアブ・ザルカーウィーのイラク潜入を手引きし、匿ったとのことである。ともあれ、アンサール・イスラーム団はイラク戦争開戦初日から文字通りアメリカ軍の爆撃でぼこぼこにされ、殲滅された…はずだった。

 しかし、同派は組織を再編し、「アンサール・スンナ軍」を名乗り2004年頃にはイラクにおける反アメリカ武装闘争の有力団体として台頭し、2005年5月にはイラクで日本人を殺害し、それを動画を交えて派手に広報して大いに注目された。「アンサール・スンナ軍」は、その後自らがアンサール・イスラーム団の後継団体である旨を公表し、団体名を元のアンサール・イスラーム団に復した。同派の残虐性は、残虐さで知られたザルカーウィー派(当初は「タウヒードとジハード団」、その後「二大河の国のアル=カーイダ」、「イラク・イスラーム国」、現在は「イスラーム国」)を上回り、誘拐した外国人人質を処刑する確率の面で後者を凌駕した(ただし、処刑する確率が100%か95%程度か、という比較の問題)。この延長線上に2005年5月の日本人殺害事件が発生し、その残虐性や活発さにより「アンサール・スンナ軍」(その正体はアンサール・イスラーム団)は現在も国連の国際テロリスト団体に指定される名誉に浴している。それだけでなく、ニューススタジオ風のCGを背景に、目出し帽姿の「キャスター」と「解説員」、そして「現地実況中継スタッフ」によるニュースショー風の広報動画を配信し、ギョーカイを大いに賑わわせた。専門家の一部は、インターネットやPC時代のイスラーム過激派の広報の発展(或いは「悪乗り」)に頭を抱え、別の一部は文字通りの「おバカ動画」に腹を抱えて爆笑した(筆者がどっちだったかは読者諸賢のご想像にお任せする)。

イスラーム過激派武装勢力の戦闘員に施しの肉を押し付けられて恐怖で硬直する小児。出典:アンサール・スンナ軍。
イスラーム過激派武装勢力の戦闘員に施しの肉を押し付けられて恐怖で硬直する小児。出典:アンサール・スンナ軍。

 そんなアンサール・イスラーム団、現在は何をしているのだろうか?最近、日本はもちろん国際的な報道に登場する機会も皆無ではあるが、彼らはいたって元気に活動している。ただし、活動場所は当初のイラクではなく、シリアである。アンサール・イスラーム団は、2004年~2008年頃に世界中のイスラーム過激派がアル=カーイダに忠誠を表明する時流には乗らず、独自の活動を追求した。その一方で、アル=カーイダともそこそこ仲良しで、シリア紛争を契機に「イスラーム国」が増長すると、アル=カーイダ宛に「イスラーム国」を掣肘するよう依頼する声明を何度も発表した。しかし、最終的にアンサール・イスラーム団は「イスラーム国」に駆逐され、イラクでの活動は全く観察されなくなった。

 しかし、アンサール・イスラーム団は滅亡しなかった。同派は、「どうやって」はさておき、シリアのイドリブ県に活動の場を移し、見事生き残った。そして、今日も元気に戦果や戦闘員たちの日々の暮らしについての広報を発信し続けている。そんな彼らが最近食べているものが、以下の画像や本稿冒頭の画像に示されている。

それなりの厨房でそこそこの数の食事を用意するアンサール・イスラーム団(出典:アンサール・イスラーム団)。
それなりの厨房でそこそこの数の食事を用意するアンサール・イスラーム団(出典:アンサール・イスラーム団)。

この画像のポイントは、過日拙稿で紹介した世界各地の「イスラーム国」の戦闘員の食事風景とは異なり、ある程度の給食施設と配給体制の下、大勢の構成員が安閑と食事していることである。食事の内容がショボくても、一定の施設で大量に給食し、方々に配布できるという点でアンサール・イスラーム軍と現在の「イスラーム国」との活動状況は大いに異なる!これは、カレー屋さんとして売り上げの多寡にかかわらず一定数を用意してお客様をお迎えする身としては本当に身につまされる。

出典:アンサール・イスラーム団
出典:アンサール・イスラーム団
出典:アンサール・イスラーム団
出典:アンサール・イスラーム団
出典:アンサール・イスラーム団
出典:アンサール・イスラーム団

 つまり、シリアで「悪の独裁政権」と戦っているふりさえしていれば、日本人を含む各国の国民やイラク人民をどんなに残虐に殺戮し、シリア人民をどんなに虐げようがのんびり暮らすことが可能で、その活動に一定数のスポンサーや広報活動の視聴者がいる、ということだ。もしイドリブ県を占拠するシリアの「反体制派」が本当に人民の味方で、日本を含む世界各地の「お友達」のために活動しているのなら、アンサール・イスラーム団のような集団は直ちに討伐するなり、捕縛して関係当局に引き渡すなりするべきだ。そんなことをする「反体制派」は存在しないし、そうしろという「お友達」もいない。イスラーム過激派対策は言うに及ばず、上述の日本人殺害事件で捜査を担当して苦労している当局もあり、2005年の事件のご遺族もいらっしゃるため、アンサール・イスラーム団が今日ものんびりシリアで飯食っている、という情景は、筆者には許し難いものに映る。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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