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寝屋川中学生殺害事件・山田浩二被告「再び控訴取り下げ」の背景事情

篠田博之月刊『創』編集長
山田浩二被告から届いた手紙(筆者撮影)

3月30日、大阪拘置所で山田被告に接見

 3月30日午後、大阪を訪れ、寝屋川中学生殺害事件の山田浩二被告に接見した。その日は朝一番で、横浜拘置支所で植松聖被告に接見。彼がその日に弁護人が行った控訴を取り下げるというので説得をしたのだが、その足で大阪拘置所に山田被告を訪ね、実は似たようなことをしたのだった。ちなみに植松被告への接見報告は下記の記事だ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20200331-00170611/

 山田被告への接見も、実は目的は「控訴取り下げ」問題だった。私は3月24日に彼が再び控訴を取り下げたことを書いた速達の手紙を28日土曜日に受け取り、驚いて駆け付けたのだった。ただそれについては極めて微妙な状況であるため、すぐに詳細を書くのは控えていた。

 ところが、3月31日の朝日新聞が朝刊で「寝屋川・中1男女殺害の被告 再び控訴取り下げ」とすっぱ抜き、各社が一斉に取材に動き出した。そしてネットの速報で次々と「再び控訴取り下げ」を報じている。

 まだ事態は流動的であるため全体を公表するのは控えるが、最低限の事実だけは書いておかねばならないと思った。もともと山田被告に接見したことは、前述した植松聖被告接見報告に書いていたのだが、マスコミが一斉報道を始めたので、ここに1本新たに記事をあげることにした。

 そのままでは「再び控訴取り下げ」というニュースが独り歩きすることは確実だったからだ。

30日時点で高裁はまだ取り扱い協議の最中 

 3月31日の朝日の記事はよく読むと割と正確に書かれているのだが、新聞の場合は見出しの印象で決まってしまうので、改めて指摘しておこう。原文は下記だ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200331-00000004-asahi-soci

寝屋川・中1男女殺害の被告 再び控訴取り下げ

 記事をよく読むとわかるが、控訴取り下げの書類は確かに提出されたのだが、30日時点で高裁はまだ取り扱いを協議している最中だ。

 もともと昨年5月に山田被告は控訴取り下げを行った後、その取り下げを無効とする申し立てを行っていた。そして12月17日に大阪高裁が山田被告の主張を認める決定を行い、それに抗議する検察側と弁護側の激しい攻防戦がまさに佳境に至っていた。

 今回の「再び控訴取り下げ」は、よりによってそういう最中に行われたのだった。裁判所も当然戸惑ったようで、すぐに弁護側に事情を確認するなどしたようだ。弁護側も当然、いろいろな働きかけを行っているようだし、まだそういう流動的な状態の時に、新聞報道が始まってしまったわけだ。

 30日に接見した時、山田被告が「今朝、新聞記者が来たが、篠田さんの接見があるので断った」と言っていたので、朝日新聞が動いているのは知っていた。そして31日に朝日の報道があって、毎日新聞も山田被告に接見。しかし、山田被告は「詳細は話せない」と言ったようだ。毎日新聞はその答えも含めて報道している。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200331-00000029-mai-soci

大阪・寝屋川の中1男女殺害 死刑判決の被告、再び控訴取り下げ

 各社とも一斉に後追いしているが、弁護士も取材に応じていない。問題は大阪高裁がどう判断するかだが、そう遠くないうちに何らかの結論は出ることになると思う。

 私はと言えば、30日に山田被告に接見できて、いろいろな事情は理解したが、この1年間やってきたことがへたをすると全て無駄になる怖れもあり、衝撃と脱力感に捉われた。この1年間、弁護団も私も、そして山田被告自身もがんばってきたのに何なのだという思いで、まだ現実を受け入れる気持ちになれていない。

検察・弁護双方の激しい攻防戦の経緯

 今回のニュースは、特に関西ではそれなりに大きく報じられているが、一般の人にとってはとにかくわかりにくいと思う。そこで経緯を少し整理してみようと思う。月刊『創』は山田被告本人の手記を連載しているので、それも今回、ヤフーニュース雑誌などに公開することにした。

 例えば最近の状況については下記をご覧いただきたい。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200325-00010000-tsukuru-peo

寝屋川事件・山田浩二手記 死刑確定者となって生きる意味を考えた

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20200211-00162633/

死刑囚から被告に戻った寝屋川殺人事件・山田浩二被告の獄中手記 

 昨年5月に山田浩二被告が控訴取り下げ無効申し立てをした当初は、法曹関係者の間でも、いったん確定した死刑判決を覆すのは無理だという見方が多かった。でも、現実はそうでなかった。

 2019年12月17日に大阪高裁(第6刑事部)が無効申し立てを認める決定をくだした。検察はそれに対して特別抗告。しかし、最高裁が2月25日にそれを却下。一度閉ざされた控訴審が再び開かれる可能性が出てきたのだった。

 しかし、その特別抗告と別に、検察側は高裁に対して「異議申し立て」の手続きも行っていた。控訴取り下げ無効の決定をくだした第6刑事部と異なる大阪高裁第1刑事部にそれは付されていたのだが、何とこちらは、12月の決定が「合理的な根拠を示していない」として、3月16日、第6刑事部に審理を差し戻したのだった。

 それに対して弁護側が3月23日、それを不服として最高裁に特別抗告を行った。これはマスコミの知るところとなり、一斉に報道が行われた。 このあたり、非常にややこしい。

 いずれにせよ弁護側と検察の双方の激しい攻防戦が展開され、事態は重大局面を迎えていたのだった。

前代未聞の攻防戦のさなかに今回の事態が

 これ自体が前代未聞の展開なのだが、よりによってその重大局面のさなかに今回の新たな事態が起きてしまったわけだ。

 山田被告は12月17日の高裁決定によって処遇が未決と同じに戻され、接見が可能になった。さらに最高裁の決定でその流れは加速したと言えるのだが、しかし、今回3月16日の差し戻し決定で、再び事態は変化した。大阪拘置所も前例がないだけに、何らかの決定が出るたびに頭を悩ませているに違いない。

  

 寝屋川事件は、被告が黙秘していたこともあって、動機解明も不十分だし、わからないことがたくさんあった。だからボールペンをめぐる喧嘩で控訴審が取りやめになるなど、本来あってはいけないことだと思う。事件の真相を解明するという大事な目的からいえば、控訴審を行うのは当たり前だと思う。

 でも実際にはこの問題、二転三転の末に重大局面を迎えている。

 植松被告も山田被告も「控訴取り下げ」が問題になっているのだが、死刑になることがわかっていながら被告が控訴を取り下げてしまうという状況がこんなに頻出することを、もともと司法システムは想定していないかもしれない。

 控訴取り下げが死刑に直接関わっている2人に同じ日に接見したことで、3月30日は何とも重たい気分になった。

 今回の事態については、追って情報をあげていこうと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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