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井上尚弥戦から11ヵ月…。フルトンはなぜ昨夜リングに立てなかったのか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
井上とジャブを差し合うフルトン(写真:松尾/アフロスポーツ)

イノウエ戦で多くのことを学んだ

 ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで15日(日本時間16日)行われたWBA世界ライト級タイトルマッチは王者ジェルボンテ・デービス(米)が挑戦者フランク・マーティン(米)に8回1分29秒KO勝ちで防衛を果たした。米国の大手プロモーション、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)とアマゾンプライム・ビデオが提携。その第2弾として開催されたイベントでは元WBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者スティーブン・フルトン(米)が昨年7月、井上尚弥(大橋=スーパーバンタム級4団体統一王者)に8回TKO負けして以来初めてリングに登場する運びだった。

 しかしフェザー級12回戦として予定されたフルトンvs.ルイス・レイナルド・ヌニェス(ドミニカ共和国)はスケジュールから消されていた。井上に統一王座を奪われたものの、日本でもファンが生まれたフルトンの復帰戦は内外を問わず注目されていたのだが……。

 「イノウエ戦でたくさんのことを私は学習した。何よりも、もっとハードにトレーニングすべきだと痛感させられた。オフの間、自分が以前実行したことよりもベターなことができると悟った。ただ122(スーパーバンタム級)の体重をつくることは身を削る思いだった」

 ヌニェス戦がスケジュール表に載った頃、フルトンは再起に向けて抱負を明かした。年頭、地元フィラデルフィアで始動したフルトンは井上戦の反省からか、パワーアップを図るトレーニングの映像を発信。彼の試合を米国で中継していた有料ケーブルTV「ショータイム」がボクシングと格闘技から撤退したためブランクが長引いたが、PBCはアマプラとタッグを組み、ようやく彼もリング復帰のメドが立ったところだった。

フィラデルフィアで練習に励んでいたフルトン(写真:SHOWTIME)
フィラデルフィアで練習に励んでいたフルトン(写真:SHOWTIME)

WBAフェザー級王座決定戦

 一方でフルトンの充電期間が長かったのは井上戦で高額ファイトマネーを稼いだからだとも推測される。その額は推定3億8000万円。軽量級ボクサーは100万ドル(約1億5000万円)稼ぐのも至難の業なのに、フルトンはモンスターを相手に恩恵にあずかったといえる。経済的に潤ったことで再起を急がなくてもよかったと受け取れる。

 ちなみに井上が昨年12月、スーパーバンタム級4団体統一戦でKO勝ちしたマーロン・タパレス(フィリピン)は5月10日マニラ近郊で復帰戦を行い、ナッタポン・ジャンケーウ(タイ)に初回TKO勝ち。タパレスの井上戦の報酬はフルトンほどではないにしても、それに近いと思われる。

 無難な相手に楽勝したタパレスに対し、1階級上のフェザー級進出を決意したフルトンは、すでにWBAフェザー級1位にランクされている。そしてWBA8位ヌニェスとの試合はWBA世界フェザー級王座決定戦としてゴングが鳴る見込みだったという。だが「ちょっと待て」と言いたくなる。

 確かにWBAのフェザー級は王者リー・ウッド(英)が王座を返上し空位になっていた。しかし3月、当時1位のオタベク・ホルマトフ(ウズベキスタン)と2位レイモンド・フォード(米)が王座決定戦を行い、フォードが最終回、劇的なTKO勝ちで戴冠。王者が埋まっていた。さらに今月1日サウジアラビアでニック・ボール(英)が2-1判定勝ちでフォードを攻略して新王者に就いている。たとえフルトンvs.ヌニェスがキャンセルされていなくても勝者がWBAベルトを獲得する道は閉ざされていたのだ。

一石二鳥とはならず

 この摩訶不思議な動きはいったいどう説明したらいいのか。ある米国メディアはボールがWBA“スーパー”王者になり、フルトンvs.ヌニェスの勝者が“レギュラー”王者に就く設定だったと記している。スーパー、レギュラー、暫定と王者を乱立するWBAの腐敗した体制が白日の下にさらされるが、同メディアの記事は想像の域を出ない。ただ一ついえるのはPBCがWBAに対して強い発言権を有していることである。スーパーバンタム級で実績を打ち立てたフルトンが井上戦の後、1試合を行っていないのにフェザー級1位に抜てきされたことがそれを裏づける。

 私は今回フルトンがリングに立てなかったのはコンディションが万全でなかったり、もしかしたら井上戦のダメージが尾を引いているのかもと想像していたが、最大の理由は世界タイトルマッチ(王座決定戦)として試合が組めなかったことにあると思う。PBCはWBAに圧力をかけたかもしれないが、すでにベルトはボールが持っているし、どうすることもできなかったという結論に達する。

WBAフェザー級王者ニック・ボール(写真:Matchroom Boxing)
WBAフェザー級王者ニック・ボール(写真:Matchroom Boxing)

 それにしても再起戦でいきなり2階級制覇を狙わせようとしたPBC首脳陣の思惑は身勝手すぎるのではないか。フルトンもそれに便乗しようとしたフシが感じられる。しかしそうは問屋が卸さなかった――。

 前述のように再起にかけるフルトンの士気は相当に高い。「今年は自分にとって意義ある年になる。目標は3つ目の世界王座(フェザー級)」と意気込みを語るフルトン。これまで無傷ながら世界的には無名のヌニェス(19勝13KO無敗)を相手にカムバックと王座獲得の一石二鳥を狙ったが、事は簡単には運ばなかった。まずは前哨戦をはさみ、じっくりと対処するのも得策ではなかろうか。今度こそ、正式な試合決定のニュースを聞きたいものだ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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