「現役から去って物乞いに」エリートの末路が深刻な北朝鮮
朝鮮半島では昔から、春から初夏にかけて食糧不足が深刻化する「ポリッコゲ」(麦の峠)の季節を迎える。前年の収穫の蓄えが底をつき、初夏に麦の収穫が始まるまでの間、食べるものがなく、人々は飢えに苦しむ。韓国ではもはや死語に近いが、北朝鮮では現役の言葉だ。
庶民はもちろんだが、かつて地方政府の幹部を務めていた高齢者も例外ではない。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
「一時は幹部だった老人たちが、食べ物を物乞いして回っている」
そんな衝撃的な情報を伝えたのは、咸鏡北道(ハムギョンブクト)慶興(キョンフン)郡の情報筋だ。
慶興郡人民委員会(郡の役場)の部長を務め、地域では知らない人がいないというほど有名なAさんが今月初旬、杖をついて人民委員会を訪れ、人民委員長(郡のトップ)もしくは副委員長との面会を求めた。
窓口にいた指導員は、Aさんから「食べるものが底をついた、どうにかならないか」と言われ、食糧関連部署の糧政部へと案内した。部署の職員はAさんを一目見るやすぐに気づき、糧政部長が対応した。事情を聞いた部長は、Aさんが配給所でトウモロコシ20キロを受け取れるように手配して送り返した。
北朝鮮では男性60歳、女性55歳になると定年退職して、年老保障(年金)を受け取るようになる。それに加えて貢献度に応じて様々な特典もあり、朝鮮中央放送の李春姫(リ・チュニ)アナウンサーは、平壌の高級住宅地と呼ばれている普通江(ポトンガン)川岸段々式住宅区に入居する権利を得た。李さんの家を視察する金正恩総書記、その傍らで大喜びする彼女の姿は全世界に放送された。
(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為)
だが、こんなに恵まれている人はごく一部。平壌の元幹部ですら定年退職後には困窮している。別の情報筋は2021年、普通江(ポトンガン)区域の元高位幹部が、靴の修繕をしながら生計を立てていると伝えた。傘の修繕、ライターのガスの詰め替えなどをしている人もいるとのことだ。
「幹部が引退すると、今まで住んでいた家を明け渡して、水道も出なければ電気も来ない郊外のマンションに引っ越しを余儀なくされる」(平壌の情報筋)
それでも飢えていないだけ地方の幹部よりはまだマシなのだ。
上述のAさんを巡っては、地域住民から同情の声が上がっている。それなりのポストにいた老人が、元職場に物乞いに行くまでにどれだけ悩んだろうかというものだ。地方政府の元幹部ならば、相当プライドも高いはずだが、それをかなぐり捨てて物乞いに行くのは決して容易な選択ではなかっただろう。また、「自分も年を取ればあんなことになるのか」と自分の老後を心配する声も上がっている。
道内最大都市の清津(チョンジン)でも状況は同じだ。同市の情報筋は、かつてそれなりのポストについていた幹部が、物乞いのために元部下を訪ねていると伝えた。
水南(スナム)区域の某機関の副委員長を務めた70代の老人Bさんは、元部下からも市民からも評判のよかったのだが、それに見合った待遇が受けられない上に、2年前に妻に先立たれてしまった。食べ物が底をつくと、元部下の家を訪ねては食事をごちそうしてもらったり、コメや食料品を受け取ったりしている。
Bさんには子どもがいるが、父親に仕送りをするほどの余裕はないようだ。子どもが商売で成功したり、いいポストについたりしない限りは、年老いた親を雇う余裕はない。
Aさんも、Bさんも、毎月2万北朝鮮ウォンの年老保障年金を受け取ることになっている。最近になって大幅に額が上げられたものの、コメ4キロを買うのがやっとで、焼け石に水だ。
国のために一生を捧げた幹部に必要最低限の生活保障すらできないのに、忠誠心は求め続ける。幹部になろうという若者が最近減っていると伝えられているが、引退後の幹部の窮状を見て、誰が幹部になろうと思うだろうか。