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一時は「無書店」となった富山県立山町に再び書店がオープンした注目すべき経緯

篠田博之月刊『創』編集長
ローソン立山町役場店(ローソン提供)

自治体が誘致して新たに書店がオープン

 街の書店が次々と閉店に追い込まれている。2024年4月末にも仙台の老舗である金港堂本店や、弘前市のジュンク堂書店などが閉店。金港堂本店は建物の老朽化という事情もあるようで、他の店舗は営業を続けるというが、よく知られた書店ゆえに話題になった。

 全国各地での書店の減少は加速しており、深刻な問題になっているのだが、それに対して何とかしようという動きも様々な形で生まれつつある。ここで紹介する動きもそのひとつだ。

 富山県立山町で自治体が誘致した書店が4月26日にオープンしたというニュースが全国で報じられた。オープンしたのはコンビニ大手ローソンの「LAWSONマチの本屋さん」という事業による書店併設のコンビニだ。9年間も無書店だった立山町に自治体とコンビニの連携で書店がオープンしたわけだ。自治体が関わって書店誘致に成功したことは今後、ひとつのモデルケースになる可能性もある。そういう思いから、地元自治体やローソンを取材した。

3つあった本屋さんが全てなくなった

「立山町の商店街には昔、本屋さんが3つあったのですが、隣町に大型書店ができた関係もあって、1つ減り2つ減りと、9年前に最後の本屋さんが閉店して、街に本屋さんがない状態になってしまったのです」

 そう語るのは富山県の立山町企画政策課・中川大輔課長補佐だ。「まちづくり係長」という肩書も持っている。今回の誘致を担当したのが中川さんだ。

「この9年間、立山町には本屋さんがない状況で、車を運転している人は隣町の書店に買いに行っていたのですが、町の公共施設などに設置してある目安箱に、子どもさんたちから『本屋さんが欲しい』という声が届くようになったのです。

 それを受けて町として書店を誘致しようという話になりました。最初は駅前のテナントビルの一角を候補に挙げて、本屋さんをやってくれる方を募集しました。家賃補助などの形で補助金をお出しするのでということで令和4年(2022年)1月から募集したのです。マスコミにも取り上げていただきました。ただ計4回公募をかけたのですが、手を挙げて応募される方はいなかったのです。

 一方で、同じ令和4年11月に町の中心部にあった唯一のスーパーが閉店したんです。その結果、中心部に昔から住んでいる方々が買い物に困るようになり、いわゆる“買い物難民”化してしまったのです。

 ちょうどその頃、町にある県立高校が生徒数の減少で統廃合の話も出る状態になり、高校と駅の間にお店が1軒もないという状況を改善しなくてはいけない。コンビニエンスストアを誘致しようということになったのです。

 セブン・イレブン、ローソン、ファミリーマートという大手3社に声をかけさせていただいたんですが、最初はあまり色よい返事をいただけませんでした。幹線道路沿いとかだと交通量も多いのでコンビニもあるのですが、中心部は交通量もそこまで多くないのです。

 そんななかでローソンさんから、今『LAWSONマチの本屋さん』という事業を展開しています、というご提案をいただきました。当時はまだ全国で3店舗だったかと思いますが、その事業について話を聞いたところ、すごく良い提案だと思いました。

 そして令和5年、昨年ですね。3月にローソンさんと包括連携協定を結ばせていただきました。それを受けて今年4月26日にローソン立山町役場店がオープンしたのです」

学校や図書館と連携できるという強み

 コンビニの店舗に書店を併設するという『LAWSONマチの本屋さん』の事業については後述するが、今回オープンしたローソン立山町役場店の特徴は、立山町役場の真ん前、駐車場スペースに設置され、役場直結というイメージが強いことだ。

「町中心部で提供できる場所を見渡したら役場の敷地が一番良いという判断になったのです。役場の利用者さんの利便性とか、さきほど申し上げた高校の生徒たちの導線も考えました」(中川課長補佐)

 町役場の敷地内に書店併設のコンビニができたのは象徴的なことで、今後の運営面で自治体とローソンの協力関係が期待できるということだ。

「そもそもコンビニがなかったというのは、出店基準に適合する条件がなかったということですから、何もせずに営業していたら売り上げが見込めないわけです。ですから、今後は、町の図書館とか学校とかで必要な本をそこから購入するといった協力も考えています。

 もともと、昔、本屋さんが3軒あった時代は、図書館とか学校の本はその地元の本屋さんから買ってたんですが、今回、地元に本屋さんが復活するということで、地元の本は地元で買うという流れをつくれるかなと思っています。

 店頭でもご家族向けの児童書とかは多めに置いていただいていますし、ネット書店をなかなか利用できない年配の方やお子さんには好評のようです。オープンしてから毎日、人が途切れることなく訪れているようで、やはり需要はあったのだなと思います。ローソンさんの売り上げも想定を超えているというお話でした」(同)

 書店がなくなってしまう市町村が増えているなかで、生き残れている書店の要素のひとつとして指摘されているのが、学校や図書館に教科書や書籍を納めるという外商ができていることだ。毎年一定の需要が見込めるため、経営の安定が図れるわけだ。自治体が誘致した書店となればそういう運営上の便宜も図られる可能性が大きい。

「LAWSONマチの本屋さん」の事業展開でも、こんなふうに自治体と組むのは初めてのケースだという。

 立山町役場店は、書店スペースが18坪弱。雑誌や書籍が約4000タイトル、7000冊置かれている。一般のコンビニの店舗でも店の一角に雑誌などが置かれてはいるが、「LAWSONマチの本屋さん」の書籍売り場は、それと異なり、まさに本屋さんのイメージだ。

「地元に本屋さんができて嬉しいという声は数多く届いています。私が聞いた70過ぎの年配の女性の方は、これまで一度もコンビニに行ったことがなかったが、本屋さんがあるから行くようになったと言っていました。またこれも年配の方ですが、これまで孫に何か買ってほしいと言われても買うところがなかったけれど、今は孫に本を買ってあげられるようになって嬉しいとおっしゃっていました」

 中川さんはそう語った。

「LAWSONマチの本屋さん」の取り組み

「LAWSONマチの本屋さん」の取り組みについて話を聞くために、都内のローソン本社を訪れた。話をしてくれたのはその事業を統括しているエンタテインメントカンパニーのアシスタントマネジャー伊藤武士さんとマーチャンダイザー日下部昇平さんだ。

LAWSONマチの本屋さん(狭山南入曽店)の店内(筆者撮影。以下同)
LAWSONマチの本屋さん(狭山南入曽店)の店内(筆者撮影。以下同)

「街の本屋さんが減少し、新規で書店を出店するのは厳しい時代となっていますが、コンビニエンスストアと連動して経営することで、新たな出店ができるのではないかということで『LAWSONマチの本屋さん』の事業を始めました。

 書店併設のコンビニということで、お客様のメリットとしては、基本的には24時間オープンしていること、通常はコンビニで扱っていない書籍の注文、取り寄せも可能ですし、図書カードなどの書店機能も使えます。加盟店のメリットとしては、他の競合店に対する差別化になるし、通常コンビニは大体600~700円の平均単価ですが、本は高いものだと2000円もありますから、客単価のアップにつながります。

 お店は書店エリアとコンビニエリアという形で分けて展開していますが、入り口を入ると2つのエリアが左右に分かれるケースと、コンビニの奥に書店があるケースがあります。おにぎりを買って、本も買っていただくというビジネスを想定しています。

 書店エリアについては、標準的には46本の棚を置き、コミック17本、書籍9本、雑誌20本という比率ですね。本や雑誌の点数は、大体5000から7000、多い店舗だと1万冊という例もあります。

 4月26日にオープンした立山町役場店で、2021年からスタートした『LAWSONマチの本屋さん』は11店舗になりました。書店併設店自体はそれ以前からのものもあわせて全国で30店舗あります」(日下部さん)

 書店エリアの品揃えについては、提携している大手取次、日販(日本出版販売)が協力してくれる。委託販売で返本ができるというのは、書店ならではだが、注文で取り寄せができるという他のコンビニにはない機能が「LAWSONマチの本屋さん」の特徴だ。

「書店併設の店舗については、そうでないお店に比べてお客さんに女性やファミリー層が多いのが特徴でしょうか。書店の運営は、選書も含めて他の商品とは異なる経験が必要なので、店長などに書店運営のための研修も行っています。

 各店舗に郷土本コーナーを作るようにしており、その土地ならではの本や、出身の著者の本を置くなど一般の書店と異なる品揃えもしています。今回オープンした立山町役場店については、最初は町長のお薦め本コーナーと郷土本コーナーを設けました」(伊藤さん)

第1号店である狭山南入曽店を訪れた

「LAWSONマチの本屋さん」の第1号は2021年にオープンした埼玉県の狭山南入曽店だ。首都圏ではそのほかに川崎市の向ヶ丘遊園南店がある。

 その第1号店であるローソン狭山南入曽店を5月下旬に訪れた。通りから店舗に入るところに「本」と表示した看板が置かれ、店舗の看板には「LAWSONマチの本屋さん」と掲げられている。

 本の発注や管理を担当する松下瑠毅さんに話を聞いた。この狭山南入曽店は法人オーナーが経営しており、松下さんは同オーナーが経営する別のローソン店舗で店長を務めているという。

 オープンしたのは2021年6月3日だ。約85坪の店舗のうち書店部分は約21坪。約9000タイトルの雑誌や書籍を販売している。やや縦長のお店で、入り口を入るとコンビニエリアがあり、奥に書店エリアがある。

 売れるのはコミック、雑誌、文庫の順だという。やはりコミックの棚が多い。しかも『進撃の巨人』など超人気のコミックスは何と1巻から全巻揃えてある。売れて欠品が出たらすぐに補充するというのがコンビニらしい。このお店に行けば全巻揃っているというのを売りにしているのだろう。

ローソン狭山南入曽店の店内
ローソン狭山南入曽店の店内

 店内で目に付くのは、「本日の新刊」「〇日の新刊」あるいは「メディア化作品」などプレートが掲げられ、ジャンル別の「売り上げランキング」も目立つように掲げられていることだ。この店に来ればコミックスの新刊が買えるといったことも売りなのだろう。話題の作品などについては日販が小まめに情報を提供してくれるほか、松下さん自身も日ごろから注意しているという。

 動いている商品、売れている商品を品揃えしようと意識的に心がけているのだろう。おにぎりなどの食品の場合は、毎日の売り上げを精査して翌日の仕入れを決めており、書籍も食品ほどではないが、やはり実績や回転率を意識していると思われる。

 コミックについてはアニメ化などの情報に注意し、売れ行きを見ながら毎日、棚を入れ替えているが、文庫などについてもある程度はそうしようと考えているという。文庫も売れている作品が中心だが、作家別に棚が作られている。

 書籍については売り上げデータの分析などに多少時間がかかるため、食品のようにはいかないという。ただ書籍は委託販売で返品可能なところが他の食品などとは異なる。訪問した時には講談社のコミック『ブルーロック』が映画化されており、「話題の商品」と題して平積みのコーナーが作られていた。

 週刊誌や月刊誌は毎号買っている固定客もいるので切らさないようにしているが、書籍や雑誌は注文ができるのも他のコンビニ商品と異なる特徴だ。新聞の書評の切り抜きを持って買いに来るお客も結構いるという。深夜帯にコミックを買いに来るお客も多いそうだ。

 休日や夏休みなどにはファミリー客が多い。そのため児童書は手厚い品揃えをしているという。『大ピンチ図鑑』といったベストセラーや『図鑑NEO』のような高額の図鑑も置いてある。これは他のコンビニにはない特徴だろう。

 郷土本などその店舗ならではの特徴を出しているとローソン本部の話にあったが、狭山南入曽店の場合は、航空自衛隊の入間基地がすぐ近くにあることが特徴だ。その関連書が「当店お薦め」コーナーに置かれている。

「関連の本や雑誌もそうですが、ブルーインパルスという航空機のプラモデルや自衛隊のお菓子なども販売します。特に毎年11月に開かれる航空祭の時は、そこに訪れたお客様でお店がいっぱいになります。航空祭に備えて毎年、事前に発注をかけますが、それがこのお店の特徴かもしれません。昨年は中止になったのですが、今年はぜひ開催してほしいと思っています」

 松下さんはそう語った。

 ローソン本社の話では、「LAWSONマチの本屋さん」の事業は今後も拡大していく方針だという。無書店地域に書店が復活するひとつのきっかけになり得るか注目される。

なお全国で街の書店が消えつつある現状については『街の書店が消えてゆく』(創出版)をぜひ参照いただきたい。書店をめぐる現状を何とかしようという動きはいろいろなところで広がっており、2024年6月に開店した八重洲ブックセンターグランスタ八重洲店について書いた下記の記事もぜひご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b61cd275024c49b74e044b6efd644ec31dd3bd29

「早く帰ってきて」の声に応えた?八重洲ブックセンターグランスタ八重洲店開店の瞬間に拍手が

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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