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「最高のヘッドコーチ」が語る野球におけるヘッドコーチの最重要任務とは

横尾弘一野球ジャーナリスト
WBC日本代表の白井一幸ヘッドコーチは、ジャニーズ事務所の社外取締役に就任する。(写真:CTK Photo/アフロ)

 アメリカンフットボールやバスケットボールでは、ヘッドコーチと言えば最高指揮官と位置づけられた指導者を指す。一方で野球の世界で最高指揮官は監督なのだが、総監督を置くチームもあるなど指導者の呼称や職掌は多様だ。コーチに目を移しても、投手、打撃といった部門別のコーチに加え、プロでは総合コーチや巡回コーチを置くチームもある。そのコーチ陣を束ねるのがヘッドコーチになるのだろうが、総合コーチや助監督もいる場合は、役割分担がわかり辛い。

 競技によって様々な役割があるヘッドコーチについて、プロ野球では主にどういう役割なのかを落合博満に尋ねたことがある。基本的にはコーチのまとめ役であり、監督とコーチのパイプ役。また、次期監督候補に経験を積ませようと据えるケースもあるということだが、プロ野球ならではの位置づけもあった。

「現役時代に生え抜きのスターだった人が、3年契約で監督になったとしよう。1年目にBクラスに沈み、2年目も最下位となれば、球団フロントは現場の責任を追及する。そして、本来なら監督を交代させたいけれど、かつてのスターを契約の途中で切りたくはないという場合に、身代わりになるのがヘッドコーチだ」

 そんな役割と受け止めているから、落合は2004年に中日で監督に就いた時、あえてヘッドの肩書きをつけたコーチを置かず、すべての責任は自分で取ると明言した。ただ、最近では社会人をはじめアマチュアでもヘッドコーチを置き、監督の右腕のような役割を任せているチームは多い。

 そして、「現役時代に最高のヘッドコーチは誰でしたか」と落合に尋ねると、間髪入れずに挙げたのが島野育夫だ。そう、中日、阪神で星野仙一監督をサポートしたヘッドコーチである。

 落合が「最高」と評したのは次の点だ。

「星野監督の下では、怒鳴られて萎縮したり、内心で反発する選手がよくいた。島野さんは、行動や話しぶりでそういう選手を見つけると、二人だけで話し、選手の腹の中のものを全部吐き出させ、その内容を絶対に星野監督には伝えなかった。だから、選手も島野さんを信頼して本音で話し、心の健康を取り戻したケースがいくつもある」

どんな監督でもシーズンに3回は心の病にかかる

 島野育夫という人物に興味が沸き、落合から聞いた話を伝えると、「あいつがそう言ってくれたか」と嬉しそうにヘッドコーチという仕事について話してくれた。「監督の身代わり」という落合の見方も、「実際にそうなるかは別として、その覚悟がなければできない仕事。監督の寝首を掻いてやろうなんて、野心のある人間にはできませんよ」と語る。そうして、監督とは異なる視点で選手たちを見詰め、チームを目指す方向へ導くのだ。

「私の経験で言えば、チームが連敗するなど不振を極めている時の原因は、選手の足が動かなくなっていることが多いんです。だから、打線が振るわずに負けたからと言ってバッティング練習を増やすのではなく、むしろバットを握らせず、ベースランニングや守備練習で心技ともに原点に戻ったほうが効果はあるものです」

 そして、ヘッドコーチの最重要任務をこう明かす。

「闘将と呼ばれる星野監督でも、シーズンに3回は心の病にかかります。そういう時は、感情的に選手を怒ってしまったり、選手起用や練習内容が場当たり的になるものです。それを抑えるのが私、ヘッドコーチの大事な役割ですね。嫌な負け方をして監督が激昂している時は、あえて先に帰ってもらい、私がミーティングを取り仕切ります。また、監督が無理難題の命令を下した時は、明け方まで監督と話し合いをしたこともあります。そうすることで、監督も次第に落ち着きを取り戻してくれるのですが、心の病の処方箋は、勝つことしかないんですよね」

 ベンチで監督の傍らにいるヘッドコーチとは、実は監督のメンタルをコントロールする存在でもあるのだ。今春のワールド・ベースボール・クラシックで侍ジャパンのヘッドコーチを務めた白井一幸も、三塁ベースコーチを兼務しながら、選手のプレーしやすい空気を作っていたように感じた。そうした手腕を買われ、ジャニーズ事務所の社外取締役として白羽の矢が立ったが、慣習や文化の異なる世界でどんな役割を果たすのか注目してみたい。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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