セレブにも愛された名店がなぜ? 老舗が次々に閉店に追い込まれ「ニューヨークらしさ」がなくなっていく
行くとなぜかホッとする、昔懐かしい感じがする、ほっこりした気分になる。
そんなレストラン、皆さんの地元や今住む街にもきっと1つや2つあるのではないだろうか。そのような店は貴重だ。時代を超えていつまでも残り続けてほしいと、誰もが願う。
セレブにも愛された店
10月14日(日)、ニューヨークのとある名店が、惜しまれながら28年の歴史に幕を閉じた。
「Coffee Shop前で待ち合わせね」
「どこのコーヒーショップ?」
「ユニオンスクエアのあのCoffee Shopっていうダイナー(昔ながらの簡易食堂)よ」
ニューヨーカーなら、こんな会話を1度はしているはず。
スーザン・サランドンやスタンリー・トゥッチ、ジュリアン・ムーアなど数々のセレブにも愛され、人気ドラマ『Sex and the City』に登場したこともあるマンハッタンの名店、Coffee Shop。
最盛期は店の外にまで長蛇の列ができるほどの人気だった。
ある人にとっては週末のブランチを楽しむ場所、または夜遊びした後に朝までまったりと過ごす場所、またある人にとっては結婚相手に出会った記念の場所...。
ちなみに私にとってのCoffee Shopは、「スノーボードに行った帰りに、温かいものを食べに寄る場所」だった。(ツアーバスの解散がそこからすぐの場所だったため)
この店にまつわるストーリーは十人十色。ニューヨーカーのそれぞれの思い出がたくさん詰まったユニオンスクエアのアイコンは、多くの人に愛されてきた。
売上はよかった。なのになぜ閉店?
閉店の前週、久しぶりに店を訪ねた。平日の午後だったので満席とはいかないまでも、相変わらず賑わっていた。
『レストランビジネス』誌の最新の発表では、2017年の1年間でCoffee Shopが提供したのは31万4,000食。客単価が47ドル(約5,250円)にして、年間売上高1,430万ドル(約16億円)にものぼり、独立形態のレストランとしては全米で79位にランクインするほどだった。
前年(2016年)もそれまでも、毎年全米100位以内に堂々と入る「好調なレストラン」の常連だったのは間違いない。
人気もあり売上も好調。
ではなぜ閉店しなければならなかったのか?
10月12日付けの『フォーブス』誌は、Coffee Shopのオーナー、Charlies Milite氏のコメントをこのように掲載した。
「賃貸料が月商の27%も占め、異常に高過ぎる」
「売上も良く全米でも上位にランクインするほどのレストランが、閉店に追い込まれている。(ニューヨークの)飲食業界でパラダイムシフトが起こっている。これは警笛だよね」
つまり、地元の人に愛されいくら繁盛していても、地価の高騰が一途を辿るニューヨークでは、大資本でも入らない限り中小企業はビジネスの行く手を遮られ、スモールビジネスは今後さらに淘汰されていくことを示唆した。
ニューヨークの地価、どれだけ高い?
世界一地価が高いと言われているニューヨーク。ニューオープンの数だけ閉店も多い。
参考記事
『「世界一地価が高い」ニューヨークの住宅事情』東洋経済ONLINEより
マンハッタンの五番街にある「ユニクロ」の旗艦店の賃料は、15年間で3億ドル(約277億円)と過去最高額を記録。
参考記事
『ユニクロがNY5番街に旗艦店オープンへ、過去最高の賃貸料金で契約』ブルームバーグ紙より
名店が次々に閉店に追い込まれている
老舗がクローズするニュースは、頻繁に耳に入ってくる。今年に入ってからも、Coffee Shopのみならずさまざまなニュースが報じられてきた。
例えば、マンハッタンの中心街、タイムズスクエアの老舗ライブハウス、B.B.King Blues Club & Grillは2018年4月、18年の歴史に幕を閉じた。
また、世界の高級ブランドが軒を並べる五番街を牽引してきた老舗デパート、Henri Bendelは全23店すべてを2019年1月にクローズし、123年の歴史を閉じると発表。また同じく、五番街のLord and Taylorも、全50店ある中の10店を2019年頭に閉店する。
(余談だがLord and Taylorの11階建の歴史的なビルは、ニューヨーク発のコワーキングスペースWeWorkが一部のスペースを除いて買収したと発表された。WeWorkのビル購入額は850ミリオンドル、約954億円と言われている)
一等地に出店できるのは超大手のみ
ちなみに、冒頭のCoffee Shopの跡地が次に何になるのかはまだ発表されていないが、米大手銀行がオープンするのではないかと地元では囁かれている。
マンハッタンの中心地から離れたダウンタウンやアップタウンも、イーストリバーを越えたブルックリンも、歴史的価値のあるものは建物ごと「歴史保存地区」として行政により大切に保存され、昔ながらの名店もいまだ多く残るが、同時に近年賃料が高騰し、ビジネスが困難になり店を畳むケースは少なくない。
『フォーブス』誌の記事で、Coffee ShopのオーナーMilite氏は、芯が強いニューヨーカーらしく前向きなコメントを残している。
「マンハッタンという街の大きな損失とも言えるような出来事。心にポッカリ穴が空いたような気分だ。でも感傷に浸るだけ浸って、30日もすれば人々は前を向いて前進するだろう。それが常に変化し続けるニューヨークの魅力さ」
その一方で、ニューヨークに長年住むある日本人女性は、このように本音をもらした。
「ビルにしても、ここ数年ピカピカの高層ビルばかりがどんどん建っていき、昔ながらのニューヨークらしさが少しずつ失われてきているのはとても寂しい」
「ニューヨークらしさ」という言葉に、私も妙に納得した。
世界的にも類を見ないニューヨークの都市景観の魅力は、100年以上も前に建てられた古いビルやタウンハウスなどが今でも現役で大切に使われており、それら歴史的な建造物群と、近代建築&ガラス張りの最新の超高層ビル群の混じり合い、つまり新旧の混合にあると思っている。
しかし21世紀に入って、以前のような味のあるデザインの看板やビルがだんだんと姿を消している。
それにとって変わって出現しているのは、世界中どこの大都市に行っても見られるような、決してセンスがよいとは言えない表面がキラキラ輝いた画一的なデザインのビルや看板だ。
このようにして、「ニューヨークらしい」景観の魅力がなくなってきている印象は否めない。
私が住むブルックリンも、街の景観が近年変わりつつある。
重厚なブラウンストーンや倉庫跡地など、歴史を感じる低層ビルがこの街の魅力の1つだが、この数年で大手ディベロッパーによる開発が一気に進み、最近は空を見上げると新築の高層ビルが容易に視界に入るようになってきた。
進化することはよいことだが、同時に消失も伴う。
大企業やチェーンストアだけが店舗を持てるような街は、残念ながら魅力的とは言えない。人々に愛されている地元の名店も含んだ「古き良きニューヨークらしさ」が今後も残り続けてほしいと願うのは、昔からこの地に愛着がある私だけではないだろう。
(All photos and text by Kasumi Abe) 無断転載禁止