Yahoo!ニュース

「俺が代わりに言っておいてやった」 LGBTQの「アウティング」被害で労災認定

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 職場でアウティング被害に遭い精神疾患を発症したLGBTQ(性的少数者)の若者が、国からその被害を労働災害であると認定された。アウティング被害による労働災害は全国初とみられる(これまでに報道された例はない)。

 本日、当事者のAさん(20代)を支援しているNPO法人POSSEと、Aさんが加盟する労働組合「総合サポートユニオン」のメンバーらが記者会見をし公表した。

記者会見の様子(厚生労働省記者クラブ)
記者会見の様子(厚生労働省記者クラブ)

 労働災害とは「労働者災害補償保険」の略称で、職場環境が原因で病気や怪我を発症した際に、休んでいる期間の生活補償や治療費などを支給する制度である。また、アウティングとは、本人の意に反して自らの性自認がLGBTQであることを第三者へ暴露する行為を指す。

 自らの性自認を勝手に暴露されることは、当事者へ差別の対象となる恐怖を抱かせ、最悪の場合本人の命に関わる問題となる。その危険性を社会へ認知させるきっかけとなったのは、2015年に起きた一橋大学のゲイの学生がアウティング被害に遭い、校舎から飛び降りて自死してしまった事件であった。

 同事件では、ゲイの学生から恋愛感情を告白された異性愛の男性が、その後、友人ら7人にグループメッセージでその学生が同性愛者であることを暴露したことをきっかけとして、ゲイの男性が心身に変調をきたし転落死したとされる。

 LGBTQへの差別やアウティング被害の蔓延については、宝塚大学の日高庸晴教授が当事者へ行った調査がある。同調査では、当事者の71%が職場や学校でLGBTQへの差別的な発言を見聞きしたことがあると答え、またLGBTQの4人に1人(25%)がアウティング被害に遭っていることが分かった。

 今回紹介するAさんも、アウティング被害によって精神疾患を発症し、それ以降体調不良が現在まで続いているという。先の調査が裏付けているように、同様の被害は全国の職場に蔓延しているとみられるが、「労働問題」として社会に表れているのはごくごく一部に過ぎないのが現実なのである。

 今回のAさんの労災認定が社会へ与える影響は大きいものと考えられる。今後同様にアウティングによって精神疾患を発症した場合、被害者が労災認定を得て生活補償を受けられることはもちろん、企業や加害者への謝罪や賠償といった責任追求へと道を開くものになるからだ。

同僚の態度が急変 「一人ぐらいいいでしょ」と上司のアウティングが発覚

 私たちへ相談を寄せたAさんは、2019年5月に営業職として東京都豊島区にある保険代理店へ入社した。Aさんは入社前から豊島区のパートナーシップ制度を利用し、同性のパートナーと結ばれていた。

 Aさんは、入社面談の際に、様々な事情からパートナーの名前を緊急連絡先として伝えざるを得なかった。これがAさんにとっての職場での初めての「カミングアウト」であった。ただし、その際には、Aさんがゲイであることを業務上知る必要性の高い正社員にのみ、Aさんから自分のタイミングで伝えると会社と取り決めた。

 ところが、入社から1ヶ月が経過した頃に、Aさんが何度話かけても無視をされるなど、パート労働者のAさんに対する態度が急変した。突然のことに、Aさんは事態を理解できなかったという。

 ちょうど同じ頃に、Aさんは直属の上司から2人きりの飲み会に誘われた。そこで、Aさんは上司から「同性のパートナーが居ることを、パートに言った。自分から言うのが恥ずかしいと思ったから、俺が言っといたんだよ。一人ぐらい、いいでしょ」と笑いながら告げられ、アウティングの事実を知ることとなった。その際に上司から謝罪などは一切なく、あまりの衝撃にAさんは言葉を失ってしまった。そのパート労働者はアウティングから程なくして退職してしまった。

 その一件以降、Aさんは上司を信用できなくなり、上司との関係性も悪化していった。上司からは電話で「ふざけるな」「ばか」「頭悪い」などと暴言を繰り返し吐かれるようになった。上司への恐怖心が日に日に強くなり、何度も社長へ相談したが「なんとか頑張ってくれ」「わかってるから」などと言われるだけで、改善に動いてくれることはなかった。

 結局、アウティングとそれを契機とした様々なパワハラ行為により、Aさんには、動悸、対人恐怖、不眠、希死念慮などの症状が生じ、「上司が他の社員にも自分がゲイであることを広めているのではないか」と人間不信に陥ることで、会社に行くことができなくなってしまった。2019年11月にAさんは精神疾患の診断がなされ、それ以降長期の療養を余儀なくされてしまった。

支援団体につながり、「デモ」などを行い全面和解を実現

 深刻な体調不良に陥ったAさんだったが、幸いなことにパートナーのサポートもあり、徐々にではあるが「こんな理不尽なことは納得できない。泣き寝入りはしたくない」という想いが生まれてきたという。

 相談窓口を探しNPO法人POSSEへ相談し、その後、総合サポートユニオンへ加入をして会社に責任を求める団体交渉(会社との話し合い)をスタートした。両団体には、LGBTQの労働問題に対応した経験のあるスタッフがおり、また学生ボランティアや連携している当事者らも支援に加わった。

 会社は当初、「上司がアウティングをしたことは認めるが、もともとAさん自身がゲイであることをオープンにしていきたいという意向があったので、善意でやったことだ」と開き直っていたという。

 そのような不誠実な対応に対して、AさんやPOSSEのメンバーたちは、アウティング禁止条例がある豊島区への通報を行ったり、会社前で会社の問題を訴えるスピーチやチラシ配布をするなどの宣伝活動を行った。また、職場でのアウティングに抗議する「デモ」を池袋にて企画し、当日は飛び入り参加も含めて200名ほどの大きなアクションとすることができた。

会社前での宣伝活動の様子。総合サポートユニオン提供
会社前での宣伝活動の様子。総合サポートユニオン提供

池袋でのデモの様子。総合サポートユニオン提供
池袋でのデモの様子。総合サポートユニオン提供

 以上のような支援活動の結果、2020年10月、最終的に会社はアウティングの事実関係を認め、謝罪・賠償をし、再発防止策を約束するという包括的な解決をすることができた。

 LGBTQの労働問題がまだまだ顕在化しない中で、会社側の適切な対応を引き出した解決は、多くの当事者たちへ勇気を与えるものとなっただろう。

参考:LGBTQの「アウティング」に全面謝罪 当事者は「制度」をどう活用したのか?

国はアウティング被害を明確に事実認定

 会社と和解した上で、2021年4月、Aさんはアウティングによる精神疾患の発症について、国へ労災申請をした。Aさんが労災申請をした理由は、職場でのアウティングが公的に労災認定されるようになれば、同様の被害を受けたLGBTQの労働者が生活補償を受けられることはもちろん、企業や加害者への責任追求も容易になり、アウティングを社会的に無くしていくことにつながると考えたからだ。

 しかし、アウティングは現在の労災の認定基準の中へ明確に位置付けられていなかったため、法制度上のハードルがあった。そこで、Aさんらは労災申請をすると同時に、記者会見を行い、オンライン署名「#職場でのアウティングは労災」をスタートした。職場でのアウティング被害について社会問題としてアピールすることで、現状の法制度の課題を乗り越えようとしたのだ。

 署名は、すぐに約2万筆が集まり、2021年6月、厚労省へ署名提出と申入れも行った。その際に厚労省からは、現行の労災認定基準自体には「職場でのアウティング」は必ずしも明記されていないものの、2020年に国が出した「パワーハラスメント指針」などの関係指針等から総合判断し、「労災と認められうる」という回答を引き出すことができた。

 新たにできた「パワーハラスメント指針」に記載のある「個の侵害」の中には、「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」と項目が新たに定められていたのだ。

 そして、労災申請から約1年が経過した2022年4月、ついに、国はアウティングの事実関係を認定し、Aさんへの労災の支給を決定をした。国に対して行った情報公開請求で明らかになった認定理由を示す書類の中にも、明確にアウティング被害が事実として認定されていた。

国の労災決定書。「アウティング」事実認定している
国の労災決定書。「アウティング」事実認定している

 これまで、LGBTQへの差別的言動である「SOGIハラスメント」での労災認定はあったものの、アウティングは日本初の事例と思われる。職場でのLGBTQへの差別や人権侵害をなくすため、当事者の権利主張と支援団体の助力により、ようやくこの問題に救済の道が開かれたのである。

今も続く被害

 2022年4月に労災は認定されたが、Aさんは体調が安定せず、記者会見を開催するまで1年以上の歳月を要した。Aさんは今も精神疾患が完治していないにもかかわらず、記者会見では次のように語ってくれた。

アウティングがどれだけ人を傷つけるか、生死を分けることかを改めて多くの人に知ってほしい。人間不信になったが、NPOやユニオンなど一緒に行動する人とつながったことで人を信じれるようになってきた。今回の取り組みをきっかけに職場でのアウティングやLGBTQへの差別を無くしていきたい

 Aさんにとって、今の状況を変えるために共に行動する「仲間」の存在がいかに問題を解決する上で重要であったかがわかる。

 また、記者会見に参加したPOSSEの学生ボランティアのBさんは、「今回労災に認定されたことで、今後、様々な企業の中で起こっているLGBTQへの差別的な言動やアウティングに対して責任追求したり、状況の改善を求めやすくなる。労働現場を含め日々の生活で受ける差別に対して声を上げる仲間を増やし、連帯していきたい」と語った。

 Aさん同様に労働問題を抱えているLGBTQの方は、専門の相談窓口へぜひ相談をしてほしい。

参考:本事件の支援団体の情報

 NPO法人POSSEでは、LGBTQに限らず様々な性差別を改善するための取り組みを、学生や若手労働者たちが進めている。

 8月6日(日)午後に新宿にて、同法人がこれまで取り組んできたジェンダー差別に抗する取り組みを紹介し、この社会でなぜこうした差別が起きるのか、それを変えるために私たちに何ができるのかを考える以下のイベントを開催する。ぜひ、関心のある方は参加をしてみてほしい。一人ひとりの行動が、より良い社会を作っていくことになるだろう。

【イベント】職場のジェンダー差別×ストライキ〜更年期差別、家事労働差別、アウティング

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

メール:soudan@npoposse.jp

Instagram:@npo_posse

*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

*個別の労働事件に対応している労働組合です。誰でも一人から加入することができます。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事