銀座で行われている料理と日本酒のペアリングが他とはちょっと違うワケ
本格再開する飲食店
緊急事態宣言が全国で解除され、時短営業や酒類提供の禁止もようやくなくなりました。
期間中には、少なからぬ飲食店が通常営業できずにいたのは周知のところ。一等地にあったり、席数が多かったり、高級であったりする飲食店は、ランニングコストもかかるので、半端な営業では経営状況が悪くなるだけです。そのため、休業したり、営業日を厳選したりする飲食店は少なくありませんでした。
こういった苦境を耐え凌ぎ、全ての飲食店が通常営業できるようになったのは非常に喜ばしいことです。本格再開することになった魅力的なファインダイニングをシリーズで紹介していきましょう。
銀座8丁目に開業した「季苑」
2021年4月5日銀座8丁目に開業し、日本酒と料理のペアリング専門店として注目されたのが「季苑(KION)」。時短営業や休業を余儀なくされていましたが、10月から本格始動することになりました。
料理を手がけるのは1993年生まれの鈴木建也氏。生産現場や里山に赴き、自然豊かな環境で腕を磨いてきました。2020年2月から本格的に料理を学び始め、銀座のレストランで料理長を務めるという才能の持ち主。
日本酒を担当するのは1996年生まれの土井貴文氏です。唎酒師の資格を有し、山形県小国町の桜川酒造で日本酒造りを学んだ経験をもちます。日本各地の酒蔵を訪ねており、日本酒に対する造詣が深いです。
コース内容
若い2人が提供するのは、2種類のコースのみ。料理9品と日本酒9種類から構成される「スタンダードコース」(10,000円、税・サ込)と、料理6品と日本酒6種類からなる「ショートコース」(8,000円、税・サ込)です。
オリジナルのブレンドティーやカクテルなどのノンアルコールペアリングやハーフペアリングも用意されているので、お酒が飲めない人でもドリンクを楽しめます。
いくつかのメニューと日本酒を紹介していきましょう。
セミドライ蜜柑のガレット
先付けはガレット。日本料理だと思っていると、手で巻いて食べるガレットが現れるので、新鮮な驚きがあります。
セミドライされたミカンの濃厚な甘味、ブルーチーズとパンチェッタの塩味、フェンネルの香りが合わさって、非常に複雑な味わい。アマランサスの赤が目を引きます。珍しい食材の組み合わせですが、ガレットに包まれるとそれぞれがぴったりと調和。
ペアリングはソーダ割りにした富山県桝田酒造「満寿泉 貴醸酒 オーク樽熟成」。ウィスキーや紹興酒のようなニュアンスもあり、ブルーチーズやセミドライのミカンとよく合います。
蒲公英とカカオニブのポンデケージョ/馬肉のタルタル 梨 ハリッサ/蔵王鴨 山葡萄酢 林檎 黒大蒜 ビーツ
冷前菜3品はサプライズのあるプレゼンテーションで提供。2品目に現れるのが、フィンガーフード3種の盛り合わせです。アツアツのポンデケージョに入れられたカカオニブの苦味、馬肉のタルタルのハリッサの辛味、蔵王鴨の山葡萄酢の酸味と、味わいにメリハリある変化。
千葉県岩瀬酒造の「岩の井 純米吟醸山田錦」は、それぞれのフードに合わせて、ぬる燗、冷、常温で。土井氏いわく「日本酒の温度、酒器の形によって食味が異なるので、是非ともそれを感じていただけたら」。
経産牛の包み焼き 醤油のもろみとカカオパルプ
メインディッシュとなる宮崎県の黒毛和種の経産牛は、赤身肉の旨味がたっぷり。パンダンリーフで包み焼きにしているので、オリエンタルな香りが移っています。醤油のもろみもほんのりトロピカルな味わいがあるのは興味深いところ。
岩手県民宿とおの「とおのどぶろく 生もと」はパイナップルのような香りがあるだけに、料理との相性も抜群です。
SANCHAIの揚げ出し
ネパールのヒマラヤ山脈でつくられた完全無添加無農薬のピーナッツバターが「SANCHAI」。これと葛を合わせて生み出された揚げ出しは、ピーナッツ風味が豊かです。
これには広島県榎酒造の日本酒をブレンドしたお酒を合わせて。「華鳩 六段仕込み 超濃厚貴醸酒」をベースにし、「華鳩 貴醸酒8年熟成」と「華鳩 さわやか貴醸酒colombe」を加えて、アルコール度数13.5%の濃さに。熟成酒のカラメルやナッツのような香りと相性がよいです。
酵素玄米ちまき
有機栽培されたササニシキと黒千石大豆を使った酵素玄米のちまき。見た目は赤飯にも似ています。酵素玄米は3日間熟成させており、栄養価が高く、モチ米のような心地よい弾力。ムカゴ、ギンナン、シイタケ、豚の角煮と、具材も豊富です。「季苑」のスペシャリテらしい記憶に残る一品に仕上がっています。
京都府向井酒造の「伊根満開 古代米酒」は赤米が原料となっているだけに、酵素玄米にも寄り添う味わいです。
「季苑」の特長
特徴のある料理と日本酒でしたが、改めて「季苑」の特筆するべき点を挙げていきましょう。
まず述べたいのは、日本酒ペアリングの妙味。料理に日本酒を合わせるのではなく、日本酒が生きる構成になっているのが新しいです。鈴木氏と土井氏がしっかりコミュニケーションをとり、メニュー開発には1ヶ月から1ヶ月半もかけています。面白いフォルムの酒器や有田焼を用いており、テーブルウェアも見どころが満載です。
クミンやカカオニブ、ハリッサなどスパイスの使い方が巧みなのも素晴らしいところ。「知人の料理人から教えてもらったりして独学で学んだ」という鈴木氏によって薬膳も取り入れられており、おいしくヘルシーに食べられます。
サプライズ要素も大きな特長。タネが明かされないように詳説しませんが、前菜3品のプレゼンテーションやメニューの表現方法など、ワクワクさせられます。「次に何があるかわからない方が楽しみがある」と土井氏が述べるように、思い出に残るような食事となるでしょう。
日本酒の魅力を国内外へ発信
2020年における日本酒の輸出総額は引き続き前年よりも増加しました。コロナ禍であったにもかかわらず、輸出が伸びたということは、日本酒が海外から求められているということ。
鈴木氏と土井氏が日本酒にこだわっているのは、日本酒を海外や日本の若い人たちに向けて発信しようという強い思いをもっているからです。
これから徐々に戻ってくる訪日外国人に対してはもちろん、日本の若者に対しても、「季苑」が日本酒の魅力を伝えていく場になることは間違いありません。