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シニアが笑顔になれるクッキング教室「なないろクッキングスタジオ」

斉藤徹超高齢未来観測所
「なないろクッキングスタジオ」の料理風景(著者撮影)

介護予防強化の動きの中で

 最初に、今回取材した施設をご紹介する前に、近年の介護をめぐる動きに簡単に触れておきたいと思います。一言で表すならば、それは介護度改善強化の動きと言えるでしょう。

 いかにすれば介護状態の進行を遅らせ、改善できるか。そのための方策として近年強化されているのが提供サービス内容をチェックする「地域ケア会議」であり、介護度が改善した自治体に報酬インセンティブを加えようとする動きです。

 また、その動きに連動するかたちで増加している施設が「リハビリ型デイサービス」と呼ばれる機能回復強化を目的とする運動型デイサービスです。

 もちろんこれで介護度が改善することは望ましいことではありますが、そもそも運動ぎらいな人に無理矢理運動を押しつけることは、介護保険法の「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう保健医療、福祉サービスを提供する」という方針とマッチしているでしょうか。

 デイサービスのあり方も、それぞれの人のそれまでの暮らし方や嗜好に合わせ、より多様な可能性が模索されてしかるべきではないでしょうか。今回ご紹介する「なないろクッキングスタジオ」はそのような可能性のひとつであると筆者は考えています。

通所介護型クッキングスタジオ

なないろクッキングスタジオの外観(著者撮影)
なないろクッキングスタジオの外観(著者撮影)

 東京、東急自由が丘駅から10分程度、目黒通りに面した場所に「なないろクッキングスタジオ」はあります。スタジオの外観は見るからにオシャレなクッキングスタジオ。赤を基調とするカラフルなオーニングテント、窓には大きなナイフやフォークのオブジェが飾られています。まさにクッキングスタジオなのですが、このスタジオ、実は要介護の方を対象としたデイサービス(通所介護)施設です。

 介護とクッキングスタジオ、一見すると関連が無いと思われる組み合わせですが、ここでは一体どのようなサービスが提供されているのでしょうか。11月某日お邪魔して提供プログラムを見学させていただきました。

なないろクッキングスタジオのプログラム

まず最初は調理のレクを受ける(著者撮影)
まず最初は調理のレクを受ける(著者撮影)

 スタジオ内部は、白を基調としたナチュラルテイスト。中央には楕円形のクックカウンターが設置されています。カラフルなペンダントライトや各所に飾られているインテリアが、知らず知らずのうちに気分を明るくさせてくれます。

 スタッフがクッキングの準備を進めるなか、来所した利用者が順番にバイタルチェックを受けています。スタジオ利用者の年齢は多くは70代後半から80代、要介護認定を受けている方々です。

 スタジオプログラムは、まず座学の「なないろアカデミー」からスタートします。管理栄養士のスタッフが、皆で取り組むレシピや、それぞれの食材に含まれる栄養成分について楽しく説明します。

 この日のメニューは全部で5品。この日が北海道フェアにあたるということで、特製北海・海鮮丼、鮭バターちゃんちゃん焼き、胡麻だれラーメンサラダ、チーズinパンかまロール、ズワイガニ汁という豪華メニューです。これらメニューは、フランス料理や割烹料理などを経験したプロのシェフたちが中心となって考案したもの。利用者の多くは女性(元主婦)ですが、彼女たちが今まで作ったことのない本格料理を教えることで、彼女たちにとっては好奇心の向上、引いては認知力アップに繋がる効果があるそうです。

なないろクッキング風景

皆で調理に取り組む(著者撮影)
皆で調理に取り組む(著者撮影)

 アカデミーの次はいよいよ調理の開始。スタッフの誘導のもとで、利用者は中央カウンターに集まります。それぞれの「出来ること」に基づき調理内容が割り当てられます。キャベツを刻む、じゃがいもをむく、エビの甲羅をはずす、皆テキパキと対応しています。作業の進み具合を見ている限り、とても要介護状態には見えませんが、これは彼女たちに何十年も料理経験をお持ちの方が多いから。長年、日常の調理から遠ざかっている方でも、身体が覚えており、これが認知機能に良好な刺激を与える効果もありそうです。

 ここは通所介護施設なので、それぞれの方に割り当てられた調理内容は機能回復訓練も兼ねています。この作業を通じ、最終的に自宅で料理出来るように回復することが目標となっています。今実際に出来ることの少し先の作業が目標として割り当てられています。

 和気あいあいと、かつ段取りよく調理は進められ、1時間ほどで料理は完成します。皿の準備などテーブルセッティングも利用者によって進められます。

 その後はお待ちかねの食事時間。テーブル毎になごやかに食事は進行します。あっという間に食べ終わる人、おしゃべりが中心でなかなか食事に手が付かない人、さまざまですが、いずれも食事の内容は満足そう。約3時間のプログラムはあっという間に終了しました。

食事風景(著者撮影)
食事風景(著者撮影)

なないろクッキングスタジオ誕生の経緯

 実際に見学させてもらった感想は「とてもデイサービスに見えない、デイサービス」というものでした。一般的なデイサービスのイメージは、高齢者の方々が食事をしたり入浴のために集まる場所であり、提供されるアミューズメント・プログラムも、一緒に唄を歌ったり、手芸や折り紙などが中心でしょう。言い方は悪いですが、仮に今の自分が介護状態になっても受けたいとは思えないプログラムです。

 このようなデイサービスが生まれた経緯をこの施設を展開する株式会社ユニマットリタイアメント・コミュニティ事業統括本部NANAIRO事業部の神永美佐子部長に話をお伺いしました。

 神永部長によると、彼女がこのビジネスモデルを発想するにあたり、事前に与えられたテーマが、「オシャレであること、富裕層向けサービス、都心型サービス、脱介護保険」というものであったそうです。

 「現在の介護事業は、言い方は悪いですが、全般的に地味で暗いイメージとなっています。また現在の介護サービスは本人が選択すると言うよりは、子供やケアマネジャーが決定し、利用者はそれに従うケースが大半です。」

 「しかし、これからは本人が積極的に選択したいと思えるサービスになるべきでしょう。今後、介護サービスを利用する団塊世代は、よりアクティブでお金もあり、選択眼のある人も多いのです。そんな彼らのおメガネにかなうためには、より明るくオシャレなものでなくてはならない、というトップの意見に私も全く同感でした。そうした前提の中で、従来の介護サービスとは異なる新しい事業スタイルをいくつか検討していったのです。」(神永部長)

 そして考えた企画のひとつが、「クッキングスタジオ」だったそうです。第1号店である自由が丘店がオープンしたのが2015年7月のことでした。

 なぜ料理というテーマだったのかについて、神永部長は次のように答えます。

 「私が以前関わっていたデイサービスでも、数あるレクリエーション・サービスの中で、一番盛り上がるのが調理レクリエーションでした。他のレクリエーションには全く興味を示さない人でも、電磁プレートでホットケーキを焼いたり、たこ焼きをつくったりすることは、みんな喜んで興味を示すのです。」

 「しかし、料理をテーマにやるにしても、現在の施設で展開しているような中途半端な料理ではなく、プロのシェフがしっかり教えるクッキングスクールにしたいと考えました。主婦として何十年も料理の経験を持つ方が多いだけに、中途半端な教え方では満足していただけない。一方、ちゃんとした料理を習ったことがない、新しいメニューにチャレンジしたいという希望を持っている高齢者は多いのです。」(神永部長)

デイサービスにも多様性を

 そして、それを具体的な形にしたのがこの「なないろクッキングスタジオ」だったそうです。

 施設を見学して、ここにはまさに、自分のやりたいこと、学びたいことを目標に、自然と頑張ることができるデイサービスのひとつの形があると筆者は感じました。

 繰り返しになりますが、介護状態となっても、日常生活をストレスなく快適に過ごしたいと願う気持ちは誰しも同じです。社会がこれだけ多様化している中で、介護のあり方だけ一律的な方法が求められるというのは、いささか時代に逆行しているとは言えないでしょうか。

 近年は、この「なないろクッキングスタジオ」以外にも、ゲーミングの要素を取り入れた「デイサービス ラスベガス」や、動物セラピーを取り入れた「デイサービスあみず」、働いて報酬を得ることの出来るデイサービス「町田つながりの開」など、さまざまなデイサービスが生まれています。

 今後ますます超高齢化が進む中で、私たちはデイサービスの新しい試みに注目していくべきでしょう。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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