「あまちゃん」も手掛けた振付家が語る「趣里さんは踊りで芝居ができる人」〈ブギウギ〉ダンスの裏側
「趣里さんも笠置さんも、手も足も一緒に動いちゃうパッションがある」
いよいよフィナーレを迎える朝ドラこと連続テレビ小説「ブギウギ」。半年間を彩ったのは、福来スズ子(趣里)のステージ。数多くのステージを手掛けている荻田浩一の舞台演出と「あまちゃん」のダンスも話題になった木下菜津子の振り付けによる本格的なステージシーンは毎回、ワクワクするものだった。
趣里はお芝居以外に何曲も歌って踊ってほんとうに大変だったと思うが、みごとにやりきったのは、もともとバレリーナを目指していたポテンシャル。
木下菜津子にダンスの振り付けのポイントや、プロの目から見た、スズ子のモデル・笠置シヅ子のダンスの特性を語ってもらった。本編でも描いてほしかったダンサーの愉快な裏話もお楽しみください。
昭和らしさと現代らしさの塩梅を調節
――笠置シヅ子さんをモデルにしたドラマのオファーを受けたとき、どのように思いましたか。
木下菜津子(以下木下)「少し話は遡りますが、2016年に放送された、満島ひかりさんが黒柳徹子さんを演じた『トットてれび』(NHK)で笠置シヅ子さんの『買い物ブギ』の場面の振り付けを担当したんです。『ブギウギ』の主題歌を歌っているEGO-WRAPPIN' の中納良恵さんが笠置さんを演じました。そのとき私は、初めて笠置さんの曲をちゃんと聞いて、衝撃を受けました。かっこいい!と。パフォーマンスに、戦前とか戦後とか関係なく時代を超える魅力がありました。リズムの取り方もすごいし、なによりも、パコーン!と圧倒的にエネルギーが抜きん出ていた。そこから笠置さんの作品をチェックするようになって。そして今回、『ブギウギ』におけるステージシーンの振り付けのお話を頂いたとき、ふたつ返事でやります!とお答えしたんです」
――ご縁もあって振り付けを担当されるにあたり、どのように作っていったのでしょうか。
木下「趣里さんはもともとクラシックバレエをやられていたので、立ち振る舞いが美しく、バレエ特有の“型”みたいなものを持っている一方で、わはは!という開放的に笑うような雰囲気もあって、それと笠置さんの持っているエネルギーをうまく融合させたいと思いました。振りをしっかり作り込むよりは、まず音楽に合わせてリズムを取りながら体を大きく動かしてみるというようなアプローチから入りました。曲を聞いて動きながら、それをだんだん形にしていくというような。最初から型に当てはめるのではなく、一緒に作って、進化していくことを2人で楽しみました」
――ドラマの第1回で「東京ブギウギ」が登場します。まず振り付けたのは「東京ブギウギ」ですか。
木下「そうですね。後半になって若干、順番が変わったこともありましたが、だいたい物語の登場順でした。『東京ブギウギ』でまず思い描いたのは、あえて笠置さんの時代の古さを大事にしたいということでした。ただ、古さを追求しすぎると、振りの数が少なくなってしまいます。かといって振りを詰めこみ過ぎると現代っぽくなってしまう。昭和らしさと現代らしさの塩梅を調節することをスローガンにして作っていきました」
――趣里さんの足の動かし方が素晴らしかったですね。
木下「たぶん、趣里さんも笠置さんも、盛り上げたいときに、手も足も一緒に動いちゃうみたいなパッションがあってそれが面白さだと思うんです。手足を大きく動かすのは趣里さんだからできることなので多用しました。趣里さんは俳優ですが、私は“ダンサー”として接していました。ダンサーとしての共通言語で話せるので話が早くて。私がひとつ提示したものを趣里さんが膨らませてくれるのですが、身体能力が高いので、足を上げてみようってなるとしっかり上がる。張り合いがありました」
――次は「ラッパと娘」ですね。
木下「『ラッパと娘』は収録を見ていて胸が熱くなりました。この人、すごいダンサーだなと思ったし、すごい女優だなとも思いました。肉体から出るエネルギーが凄まじかったんですよ。『ラッパと娘』に関しては振りは大枠だけつけて、あとは趣里さんの心の赴くまま、芝居でやれるような作りになっています。そのときのテンション任せでした」
――第121回では水城アユミ(吉柳咲良)が『ラッパと娘』を歌い踊り、スズ子とは印象がだいぶ違うと思いますが、振りの違いはありますか。
木下「役柄上の違いはもちろんありますが、振りの違いはあまりないんです。アユミがスズ子のパフォーマンスが大好きでリスペクトしているから、この振りを使ったのだなというふうに見えるといいなと思いました」
下駄タップ、妊婦カルメン、史実はドラマでは
――「買物ブギ」では、笠置さんが下駄タップを考案したという史実があるそうで、ダンサーのかた(佐藤洋介さん)が下駄でダンスをしていましたね。
木下「その回の演出の小島東洋さんから下駄タップをやりたいと熱望されたので、間奏でやりましょうと。趣里さんがやるには、『買い物ブギ』の歌が大変で、ダンスの練習時間が足りなかったので、佐藤さんに任せました。まわりの画作りをしっかりすることで趣里さんがより素敵に見えたらいいなと思って、バックダンサーの方々に頑張っていただきました」
――バックダンサーの方々は木下さんのご指名なんですか。
木下「ステージ演出を手掛けた荻田浩一さんが集めてくださった方々です。『買物ブギ』の“おっさん”たちはダンサーではなく皆さん、俳優さんたちで、ふだんダンスをしたことのない人たちがよくあそこまでできたなあと感心します。佐藤さんは、私のよく知る、信頼できる大好きなダンサーで、出てくれて嬉しかった。彼のことを私は、“日本の宝”と思っているんです。踊りがとにかくうまいし、どんなことも素敵にやってくれます」
――下駄も巧みに。
木下「彼はふだんから下駄を履いているんですよ(笑)。佐藤さんはほかに『コペカチータ』と『ハバネラ』にも出ています」
――「ハバネラ」ではスズ子の大きなお腹を触る振り付けでしたが。
木下「荻田さんが妊娠を隠すことはないとおしゃっていて。とはいえ、母体に負荷がかからないか心配ではありますよね。スズ子はあの性格なので、舞台に立つと激しく動いてしまうので、ダンサーふたりがそれをなだめている設定なんですよ」
笠置さんは体で16ビートを刻んでいるのだと思う
――『買い物ブギ』では、スズ子の振りがちょっとタイトルバックのパペットのような雰囲気も感じたのですが……。
木下「後半のスズ子はスターで、何もしなくてもかっこいい。趣里さんはセンターに立つだけで絵になるので、あまり動かなくてもいいかなと思いました」
――「ジャングル・ブギー」などでも笠置さんは終始動き回っていますが、趣里さんはランウェイを歩くみたいなかっこよさがありました。
木下「かつてバレリーナだった趣里さんは、立ち姿や歩く姿が背筋を伸ばしていて、それだけでとても美しいので、逆に細かい振りを入れなくても成立してしまうんです。歩きだけで見せられる人のほうが少ないし、ダンサーでないとできないことです。趣里さんは目線ひとつでしなりと、足の運びひとつで、ジャングルに居る女豹を表現してくれたから、何も飾りはいらないと思いました。『ハバネラ』の目線も良かったですね」
――「ラッパと娘」の「楽しいお方も悲しいお方も」の手指の動きも表情が豊かですよね。
木下「バレエはお芝居でもありますよね。例えば『白鳥の湖』なども役の心情を踊りで伝えています。踊りでお芝居を見せられることがダンサーの力だと思うんです。趣里さんのお芝居のようなダンスは見ていて惚れ惚れしました」
――「センチメンタル・ダイナ」の最後、腕をまっすぐ上げる振りには意図はありますか。
木下「あれはその週(第7週)の演出の泉並敬眞さんのオーダーです。最後は決めたいと。演出家のオーダーを実現することも私たち振付家の仕事でもあるので、最後に拳を上げるためにはどのテンションになったら上げられるかみたいなことをゴールにして頑張りました(笑)」
――ほかにも演出からのリクエストは何かありましたか。
木下「いろいろありました。例えば、『ジャングル・ブギー』や『東京ブギウギ』の2番などで、ステージの銀橋を歩くとき、細い幅を歌いながら歩くのは怖いものなのですが、画作りのうえで、もっと中央や前面を歩いてほしいというようなことはよく言われました。趣里さんは勘が良くて、なんでもこなしていましたよ。各曲の練習も、1〜2日でしたが、飲み込みが早かったです」
――「コペカチータ」も面白かったです。
木下「あれはほかの楽曲と違った雰囲気で、衣装もかわいくて、音楽が日本でもないしラテンでもない不思議なメロディで。演出の盆子原誠さんはラテンっぽくしたいし、『マツケンサンバ』みたいにもしたいと言っていて、そのふたつを合わせたら盆踊りに行き着きました(笑)」
――笠置シヅ子さんは、体全体を震わせるような動きをよくします。振付家の視点から、笠置さんの振りはどういうふうに意図されたものだと思われますか。
木下「体で16ビートを刻んでいるのだと思いました」
――ドラムやベースみたいにリズムをキープしようしているってことですか。
木下「義務的にキープしているのではなくて、たぶん、リズムが好きというか、大切にしているのだと思います。すごいのは、あれだけずっと体を揺らせながら、豊かな声量もあることなんですよ」
――ワイルドに見えて、精密な?
木下「ワイルドなときはとことんワイルドですが、リズムを正確に刻み続けているんです。踊ってやろうってことじゃなくて自然に体が動いているのだと思います」
――趣里さんにはそれは求めなかった?
木下「趣里さんにそれを要求すると、笠置シヅ子さんのコピーみたいになってしまうかなと思ったんです。今回は、あくまでも趣里さんが演じるスズ子なので、リスペクトとオマージュは捧げながら、趣里さんらしさを大事にしてもらいました。それで、足をあげる動きやちょっとした縦ノリなどは入れたりして。最初は笠置さんをモデルにしたドラマということで見はじめた方でも、最終的には、趣里さんのスズ子さんが大好きになってしまうといいなと思っていました。現場でも、趣里さんの人柄や背中を見て、団結力が強まりました」
――現場での趣里さんはどんな感じだったのでしょうか。
木下「ステージの段取りをしていると、遠くから趣里さんの笑い声が聞こえてきて、趣里さんが来たとわかるんです。それだけいつも笑い声を絶やさない人でした。それと、バレエをやりたかった人だから、たくさん踊れて嬉しいと言っていて、ダンスのシーンをとても楽しんでいるようで私も嬉しかったです。これを機に、踊りのあるお仕事もやっていかれるといいなと思いました」
――ケガをされてバレリーナの道を諦められたそうですが、あれだけたくさん踊っても大丈夫そうでしたか。
木下「ヒールのある靴を履いていますから負荷がかかっていたと思います。疲れも日に日に溜まるでしょうし、体のあちこちは痛そうでしたが、辛い顔を見せずに頑張ってやってくれていました」
『オールスター男女歌合戦』ではダンサーの裏切りが!?
――NHK+やオンデマンドなどでドラマを、ユーチューブでダンスのフルバージョンを見返す場合、ここをぜひ見てほしいというところを教えてください。
木下「舞台をなかなか見ることができない地方の方やお仕事が忙しい方にも舞台の楽しさを見てもらえたらと思いながら全曲作りました。まわりのダンサーたちが、みんないい芝居をしていますので、そういうところを見ていただければ嬉しいです。引きの場面も楽しんでほしいです。ユーチューブだと、客席のカットがないから、引きの画が多めです。セットも素敵なので楽しんでいただければ。ふだん、先ほどお名前が出た佐藤さんのみならず、ほかにも素晴らしいダンサーが参加しています。『ハバネラ』には佐藤さんと、もうひとり大野幸人さんというすばらしいダンサーがいます。趣里さんもお目が高く、ふたりのことを安心感がハンパないととても信頼していました。ふたりのダンスの稽古も真剣に見ていましたよ」
――彼らはスズ子のお気に入りのダンサーという裏設定を妄想できますね。
木下「スターの方々には信頼していつも出演をお願いしているダンサーやバイプレイヤーがいますよね。大野さんは第121回の『オールスター男女歌合戦』ではアユミの『ラッパと娘』に出ているんです。裏設定としては、スズ子を裏切ってアユミについたという(笑)。撮影の合間、趣里さんが大野さんを『裏切ったな!』といじっていましたよ」
――羽鳥善一2000曲記念ビッグパーティーのラインダンスも木下さんの振り付けですか。
木下「そうです。あれは、パーティーなので思いきり宴会ノリにしました。バックダンサーは本物のダンサーです」
「あまちゃん」の思い出 GMTのメンバーのダンスは……
――宴会ノリからプロのステージまで様々な振り付けをされた木下さん。朝ドラといえば「あまちゃん」(13年)が印象的です。
木下「『ブギウギ』とは全然違う世界でした。これまで私もいろいろなお仕事させていただきましたが、GMTのメンバーたちほどダンスの苦手な人たちに教えたことはいまだかつてありません(笑)。みんなほんとに踊れなくて、とにかく形だけはそろえようと必死でした」
――のんさん(当時は能年玲奈)は?
木下「のんさんは器用ではないけれど、味のあるところが良さでしたが、アイドルとしては、ある一定のところまではやれないといけないので、かなり訓練しました」
――その素朴さんがまた胸を打ったんでしょうね。木下さんにとって「あまちゃん」はどんな作品だったでしょうか。
木下「初めてNHKでお仕事をした作品で、右も左もわからなくて、収録のときスタジオのどこにいたらいいのかもわからないくらいでした。もともと舞台やコンサートの仕事をしていて、テレビドラマの現場自体は初めてで。本当にNHKの方たちがとても親切にしてくれて、役者さんもすてきなかたばかりで、楽しかった思い出です」
――「あまちゃん」「トットてれび」(この2作はプロデューサーが同じ。「いだてん」も)があって、「ブギウギ」に繋がったのでしょうか。
木下「『ブギウギ』は荻田さんに誘っていただいたんです。今回は荻田さんの演出についていくというのが仕事だったので、新たな関わり方を楽しめました。あれだけのステージを演出した荻田さんはほんとうに大変だったと思います」
――最後に視聴者の方にメッセージをお願いします。
木下「最終回を迎えるともうスズ子さんに会えなくて、私自身が寂しいですが、最後まで、ほんとうのかっこいいスズ子なので、皆さんに見届けてほしいです」
最終回、ステージのキスは
――最終回では「東京ブギウギ」をスズ子が歌いました。
木下「趣里さんと話して、スズ子が長く生きてきたなかでの『東京ブギウギ』の最終形態が、どういう形になれば一番腑に落ちるか探りました。スズ子はリズムをとることも踊ることも好きで、でも年をとってきて体力の衰えもあって、前ほど動けない。そのはざまでの葛藤のようなものをどういうふうに表現できたらいいのか。いろいろ試して、踊らないという形もやってみました。その過程を経て、リズムは思わずとってしまうし、昔取った杵柄ではないですが、昔の振りは覚えていて体が勝手に動いてしまうというようなことがリアルじゃないかなというところに行き着きました。何十年も踊っていた人はそうなるんじゃないかなと思ったんです」
――福岡制作統括に伺ったのは、第121回の「ヘイヘイブギー」では、年を取って、引退も考えているから、以前よりも踊らなくなっていると。
木下「無理に動けない振りにすることもないと思いましたし、私が何かするよりも、趣里さんの体に存在しているスズ子の記憶みたいなものが一番自然に出ることをサポートし、組み立てるだけに専念しました」
――最後にステージの床にキスを荻田さん振り付けと聞きましたが、『東京ブギウギ』でスズ子が投げキスする振りから発想したのでしょうか。
木下「投げキスも、あらかじめ振りがあったわけではなくて、趣里さんが自然にやったものなんです。それがすごく面白かったです。床にキスは、日帝劇場のモデルである帝国劇場なのかな、そこで、笠置さんではないのですが、当時のスターさんが引退されるとき、手にキスして床にタッチしたそうで、そのオマージュだと荻田さんがおっしゃっていました」
Natsuko Kinoshita
東京都出身。振付家、ダンサー。10歳よりクラシックバレエを始め、15歳でジャズダンス、19歳でコンテンポラリーダンスに出会う。モーニング娘。や乃木坂46などの振り付けを手掛ける。主な振り付け作品に、テレビドラマではNHK 連続テレビ小説「あまちゃん」、「トットてれび」、大河ドラマ「いだてん」、フジテレビ「サザエさん」、テレビ朝日「奪い愛、冬」など、舞台では「カラフル」「フランケンシュタイン」「アリス・イン・ワンダーランド」「ライムライト」など多数がある。
連続テレビ小説「ブギウギ」
総合【毎週月曜~土曜】午前8時~8時15分 *土曜は一週間の振り返り
NHKBS【毎週月曜~金曜】午前7時30分~7時45分
NHKBSプレミアム4K【毎週月曜~金曜】午前7時30分~7時45分
【作】足立紳 櫻井剛 <オリジナル作品>
【音楽】服部隆之
【主題歌】「ハッピー☆ブギ」中納良恵 さかいゆう 趣里
【語り】高瀬耕造(NHK大阪放送局アナウンサー)
【出演】趣里 水上恒司 / 草彅剛 菊地凛子 小雪 生瀬勝久 水川あさみ 柳葉敏郎 ほか
【概要】大阪の下町の小さな銭湯の看板娘・福来スズ子(趣里)は歌や踊りが大好きで、道頓堀に新しくできた歌劇団に入団し活躍後、上京。そこで、人気作曲家・羽鳥善一(草彅剛)と出会い、歌手の道を歩みだす。“ブギの女王”と呼ばれた人気歌手・笠置シヅ子をモデルにした、大スター歌手への階段を駆け上がる物語。