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水曜夜のドラマ「特捜9」と「ハケンの品格」 コロナ禍への距離感がこんなにも違う2作

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
(写真:アフロ)

コロナ禍による撮影中止で放送が中断されていたテレビドラマもじょじょに再開しはじめた。水曜9時の「特捜9season3」(テレビ朝日系)はコロナ禍中、傑作選を放送していたが、6月17日(水)、第5話から新作を再開、10時の「ハケンの品格」(日本テレビ系)は長らく近日公開となっていたが、同じく6月17日に第1話がはじまった。

この2作、コロナ禍の影響が如実に出た「特捜9」とそうでない「ハケンの品格」と極めて大きな差が出た。「ハケンの品格」はコロナ禍前に撮影していた1話からの放送で、「特捜9」はコロナ以前に撮った4話まで放送済であるという事情の違い故である。どちらもまずまずの高視聴率であったが、コロナ以前と以後、ここまで違いが出るものかと実に興味深いものがあったので、ここに記しておきたい。これからドラマを見る参考にしていただければ幸いである。

ソーシャルディスタンスを逆手にとった「特捜9」

コロナ禍によってテレビや映画の撮影は制限を余儀なくされている。目下、感染予防のため撮影にあたっての留意事項を決めそれに沿って撮影を再開している状況だ。参考:日本民間放送連盟「番組制作における新型コロナウイルス感染予防対策の留意事項」

井ノ原快彦主演の刑事ドラマ「特捜9」はコロナ以降のソーシャルディスタンスを意識した場面が次々出てきて、まるでソーシャルディスタンスを意識した撮影のガイドのようで、ストーリーそっちのけでそういう画が楽しめた。

本来、この手の刑事ものはなにかとチームで集まって、事件についてああだこうだやりとりするものだが、画面にはひとりかふたりしか出てこない。第5話では、事件の情報共有はリモートか電話。捜査チームのリーダー役の井ノ原快彦がひとり部屋の中でモニターや電話越しに話をする。

ふたりで行動する場合は、例えば、吹越満と田口浩正がトイレの各々の個室で語り、出てきてからひじょうに丁寧に手を洗い、それから廊下とトイレで壁ごしにに会話する。また、ビルの外階段の2階の踊り場と1階に分かれて会話。そのあと、1階で合流するも、ふたりの間を何段にもダンボールを積み上げたカートが邪魔をするというチャップリンの喜劇映画みたいな雰囲気さえ漂わせていた。

傑作なのは、山田裕貴が聞き込みに行った先では、女性が透明のアルミ板を拭いていて、なぜがそれ越しに聞き込みする場面。飛沫を避ける方法をあえて見せてしまうという開き直りを感じた。聞き込み先の事務所にはマスクした人たちも……。

車の中の羽田美智子と外の津田寛治、ウインドウを口もとまで閉めた状態で語り合う場面もあった。

井ノ原や中村梅雀が各々事件と関わりのある人物と向き合って話す場面では、舞台ではよく見る上下(舞台の右端と左端)に離れて語り合うような画になっていて、それが妙にかっこよく見えた。2メートル以上離れていたと思う。優秀なソーシャルディスタンスである。でもこれは現代の横長の画角だからできることで、昔のテレビの縦横比だったら、こんなに離れた場面は撮れなかっただろう。

コロナ禍以降、舞台俳優がますます頼られそう

接近しているように見えるシーンもアクリル板で遮ってあるようで、公式Twitterには “アクリル板は、編集する際に消しています。 並んでいるように見えても、実は前後に遠近をつけていたり、写っていない側はフェイスガードをしていたりもします!”とある。あるゆる手を使って、ソーシャルディスタンスを配慮して撮影できるか試行錯誤していることを感じ、これによって、テレビ朝日のオーソドックスな刑事ドラマが、ちょっとシュールでクールな不思議な印象をもたらしていた。

1回限りのネタ回ともいえるが、今後、「特捜9」がどこまで面白いアイデアを提示してくるか興味深い。出演俳優が皆、演技巧者なので、空間のなかで自由に動きまわることができるからこそだとも思う。とくに吹越満はこういう状況で生き生きしているんじゃないだろうか。この不便な状況下では、ますますアイデア豊富な舞台経験者は重用されていくように思う。

コロナがなかった2020を描く「ハケンの品格」

一方「ハケンの品格」はコロナ禍以前に撮影したものだったこともあり、密なシーンだらけ。交差点の密、社内の密、定食屋の密……。オープニングのダンス(出来はすごく良い)は歌わないから飛沫は心配ないかもしれないが、かなり密であった。今後、こういう場面はなかなかお目にかかれなくなるかと思えば、貴重である。

「ハケンの品格」は13年前に大ヒットした、篠原涼子主演のお仕事ドラマの続編で、ひじょうに優秀なスーパーハケン・大前春子(篠原)が正社員と派遣社員の間に横たわる深い溝を己の能力で越えていく痛快なストーリーが働く女性の支持を獲得した。

脚本は、「ドクターX 外科医・大門未知子」(テレビ朝日系)や朝ドラ「花子とアン」(NHK)、大河ドラマ「西郷どん」(NHK)などヒット作を連発する中園ミホということもあって、13年ぶりに春子が復活するということで期待が高まっていたが、コロナ禍によって開始が延期になった。

幸い、旧作の再放送によって、やっぱり「ハケンの品格」は面白いという再認識もされたところでようやくの開始。だが、しかし、コロナ禍以前に撮影された1話は、2020年のいまを強調しながら、密な場面がたくさんあったうえ、内容は、人事部の人間が派遣社員にセクハラするという、この会社のコンプライアンスはどうなっているのかというもの。すべてが遠い過去という感じがする。現代ビジネスに掲載された中園ミホのインタビューによると、今後もコロナのなかった世界を描いていくらしい。ビビッドな現代劇だったはずが、違う世界線を描くSFみたいになってしまったことが、逆に面白いかもしれない。それは仕方ないし、すべての作品がコロナを踏まえて距離をとりマスクをし手を洗っているようなリアルないまを書いていても退屈だと思うし、ありえたかもしれない“いま”を描いたドラマが私達を勇気づけてくれるかもしれない。少なくとも、不遇な労働環境にあえぐ者たちのことはこのコロナ禍でさらにあぶり出された。「ハケンの品格」で描かれる不遇な労働者たちのリアルな気持ちはいっそう心に刺さるのではないだろうか。コロナのない世界ながら画面が密でなくなるときが来るのか逆に気になる。

「特捜9」のこれから、「ハケンの品格」のこれから。さらにこれからはじまる新作はコロナとどう向き合っていくか。注目していきたい。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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