またも痴漢冤罪か。身に覚えのない場合の対処方法
東京地方裁判所は都迷惑防止条例違反(痴漢)に問われた男性被告に19日、無罪判決を言い渡していたとわかりました。被害女性の供述に「疑問が残る」とし他の客観証拠もないという判断です。繰り返される痴漢被害と、それにともなって深刻化する痴漢冤罪(ぬれぎぬ)。改めて考えてみました。
悪質な「強制わいせつ罪」に問われる条件
主に女性を対象とした男による電車内の性的不良行為(いわゆる痴漢)が後を絶ちません。一般に発生時点で「痴漢」と称される罪はおおむね今回のような都道府県迷惑防止条例の「粗暴行為」の一種と刑法の「強制わいせつ罪」へ大別されます。後者の方が悪質とみなされているのです。1951年の最高裁判決で「徒らに性慾を興奮又は刺戟せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」とされています。
有罪事例から具体的な状況を提示すると「陰部や女性の乳房に触れたり弄ぶ」が1つ。発生しやすい電車内で想定すれば全裸で乗車しているはずがないので着衣の上から強く触れたり、下着のなかへ手を突っ込んだりする行為です。もう1つは「無理に抱きつく」です。罰は6月以上10年以下の懲役。
17年の刑法改正でこれまでの親告罪から非親告罪へと改まりました。親告罪とは被害を申告し処罰を求める意思を警察など捜査機関に表示する告訴を立件の前提とする罪で表に出したくないといった被害者の意を汲んでの措置でしたが無くなりました。
迷惑防止条例違反に問われる条件
もう1つが今回のような「条例違反」。条例とは自治体(都道県など)が法律の範囲内で定められます。都迷惑条例だといわゆる痴漢は「何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」の1つとして「公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」と定めています。罰は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金(常習でない者)。
電車内という設定だと「公共の場所又は公共の乗物」は自動的にクリア。「身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れる」の文言から「服の上から」が分かれ道。ただ前述のように胸や陰部を強くもむなどの行為は強制わいせつになり得るので絶対的基準ではありません。「著しく羞恥」「不安を覚え」ない相手ならば大丈夫と読めなくもないけれど都合よくそこにいるわけがないし万一そうならば今度は刑法の公然わいせつ罪がやってきます。
もはや痴漢は「男の敵」
筆者は仕事柄、女性の大学生や高校生と日常的に会話しており(教壇を挟んだ関係です。誤解なきよう)、彼女らがいかに痴漢に悩み、怒っているかよく聞いています。同時に段々と男性に対する目が冷たくなっているのに戸惑いを感じているのも事実。女性専用車両が当たり前になって久しく満員電車で女性の「身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れ」ないでおくのは神業です。身に覚えのない痴漢を疑われてひどい目に遭った「痴漢冤罪」も社会問題化しています。
したがって身に覚えがあって実行した者は捕まったら素直に自白して相当な罰を受けなさい(命令)。不起訴になっても、あるいは出所後も精神科などで適切な治療を受けなさい(命令)。
何で「命令」などとはしたない言葉を用いるかというと彼らの存在はもはやぬれぎぬを着せられる「男の敵」でもあるからです。また性依存症といった病は懲罰で治らないからでもあります。
今や満員電車の会社員らは痴漢に間違われないようバンザイ姿勢を取るなど涙ぐましい防止策を余儀なくされているのです。
「推定有罪」にされてしまう痴漢の特殊性
では身に覚えがない性犯罪者に仕立て上げられたらどうしたらいいでしょうか。ここでは電車内、被害者は若い女性で加害者は男性という想定で述べます。実は痴漢や強制わいせつに「被害者は女性」という限定はありません。ただ被害の大半が若い女性であるため設定しました。
まず痴漢という犯罪が意外と特殊であるという盲点を指摘いたします。犯罪の立証にはいうまでもなく証拠が不可欠。強制わいせつならば肌に犯人の指紋など痕跡が残るかもしれません。しかし痴漢となると今回のように被害女性の証言と加害者の自白ぐらいしかないのが普通です。身に覚えがなければ自白しないとすると被害者証言のみとなってもおかしくありません。賄賂罪クラスかそれ以上に立証困難なはずです。
ところが痴漢に関しては「若い女性が羞恥心を抑えてまで訴えるから信用できる」と初手から被害者証言がオーソライズされてしまいがちです。必然的に「やっていない」と否定する男性側は「うそつき」「反省なし」の烙印が。「疑わしきは被告人の有利に」の鉄則は捜査段階から適用されるはずなのに例外扱いです。悩ましいのは「若い女性が羞恥心を……」というのは多くの本物の被害で正しい点。勘違いであっても悪意がない限り本人はそう思い込んでいるのですから。
気づかぬ間に「逮捕」され人質司法に苛まれ
次に「実は現行犯逮捕だった」と気づかないまま逮捕から起訴までのルールに乗せられる恐れがある点です。現行犯人とは「罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるとき」にそうとみなされ「何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕」できる(同213条)のです。したがって被害女性自らが「この人は痴漢」と突き出しても「犯人として追呼され」(212条)周囲の善良な者がふん縛っても構いません。そのまま大方、駅の事務室に連れていかれましょう。その間に駅員が警察官を呼ぶので「直ちに」「引き渡さ」れます(同214条)。
さらに常に「人質司法」と批判される日本特有の刑事手続きが冤罪者を追い詰めます。否認し続けたら警察・検察合わせて最大23日間身柄を拘束されて裁判にかけられても保釈されないという悪癖です。その間、家族とも連絡が取れないので働いている方はいきなりの無断欠勤が続く形となります。何らかの形で知られたら知られたで「あいつは痴漢を働いた」と悪事千里を走り下手すればクビです。
そこで「迷惑防止条例違反であれば罪さえ認めれば検察官はたいてい簡易裁判所による略式手続を選択し裁判官から約50万円以下の罰金という略式命令が出されて仕舞いとなる」という情報を耳にするでしょう。延々と身柄を取られるよりマシだとやっていない罪を認める動機には十分です。かくして冤罪成立。
「逃げる」よりも当番弁護士制度の活用を
したがって「疑われたら逃げろ」というアドバイスがかつて有効とされてきました。しかし駅構内の逃亡は生命に関わるし鉄道営業法違反(37条)や刑法11章の往来妨害罪に問われる恐れがあります。今では身に覚えがなければ運転免許証などで身分を証明して立ち去るのを多くの法曹関係者が勧めています。
というのも前記の常人逮捕は成立していないという解釈も可能だから。逮捕は逃亡か証拠隠滅の恐れがある際に認められる強制処分なので住所氏名など人定が明らかで(逃亡しない)あれば、犯罪の性質上、証拠隠滅のしようがないので警察官へ引き渡す権限は誰にもないはずです。
ただ現実は理屈通り運ばないかもしれません。結局、警察に引き渡されたら当番弁護士制度を活用したいところ。警察に「当番弁護士を呼んでほしい」と依頼すれば原則として妨げられません。無料で1回限りですが身柄拘束を解く弁護活動をしてもらえるでしょう。裁判所による勾留決定がなされなければ釈放です。