Yahoo!ニュース

街から人が消えました――“封鎖”武漢で暮らす20代女子の日記(その1)

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
防護服に身を包んでショッピングモールに立つ人=武漢市で2月25日、ロイター(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス感染が世界中に広がるなか、その発生地となった中国内陸部の湖北省武漢市の近況が心配になる。街が事実上封鎖されるという事態に際し、市民らは何を、どう考え、いかに行動したのか。筆者が連絡を取った武漢在住の女性、王海霞さん(20代、仮名)の小さな日記から、ウイルスがもたらした日常の変化を読み解いてみる。

              ◇

「ネット授業、仕事、生活用品のネット注文なんかに、(封鎖以後)2月20日までに70GBのデータを使っているんですよ。武漢市民の大変さはこの数字をご覧になればおわかりになりますね」

 約4分間の音楽をダウンロードするのに必要なデータ通信量を4MB程度とすると、1GBあれば250曲、70GBでは1万7500曲をダウンロードできる計算となる。

 新型コロナウイルスの拡散により街は混乱する。デマによって必要物資がなくなる。日々ストレスの連続で、ポカポカの陽気さえ贅沢に感じられたという。

 武漢市は人口約1100万人。中国の陸と空の交通の要衝で、高速鉄道の武漢駅には主要幹線が通り、武漢天河国際空港では東京や大阪をはじめとする世界各地への国際便が運航している。

 武漢市は昨年12月30日、市内の医療機関で原因不明の肺炎患者が相次いで確認されたと公表した。年が明けた1月11日にはウイルス性肺炎で61歳男性が死亡したと発表した。初めての死者だった。15日には2人目が死亡。感染は日を追うごとに急激に拡大していった。20日には中国政府の専門家が「人から人への感染確認」と発表した。

 王さんが22日午後6時すぎ、薬局に行くと、既に入り口は閉鎖されていた。「84消毒液(次亜塩素酸ナトリウム系消毒液)売り切れ」「アルコール売り切れ」「オセルタミビル(インフルエンザ治療薬)売り切れ」「マスク売り切れ」と大きく書かれた手書きの紙が扉に張られていた。

 翌日未明には中国中央テレビ(CCTV)のウェブサイトが「23日午前10時に武漢市の公共交通機関、地下鉄、大型バス、長距離バスの営業を停止する」と伝えた。「特別な理由がない限り、市民は武漢を離れてはならない。武漢の空港や列車駅はしばらく閉鎖する。解除時間は改めて通知する」という報道内容だった。

 この日、王さんは日記にこう綴った。

≪突然、街が閉鎖されるというのは市民にとっては想定外です。おそらく各市場では食料品の奪い合いになるでしょう。武漢に残る者は自己管理をしなければなりません。一方で楽観的な生活することも必要かもしれません≫

 ネット上で1枚のポスターを見かけた。武漢の市街地を撮ったモノクロの写真に、こんな文言が添えられていた。

「私の街が病気になりました。でも私たちはそれを治せるでしょう。そしてみなさん、武漢にいらっしゃることを歓迎します」。武漢当局が作ったものなのか……。その写真には「私が生まれ育った町よ、私はあなたを信じる」というコメントがあった。王さんは「いいね」を押した。

 今年の春節(旧正月)は1月25日。その前日(大晦日)は「除夕」と呼ばれ、この日から中国は大型連休に入る。今年は24~30日で、多くの人が連休を利用して帰省したり旅行したりする。除夕には家族そろって夕食を取り、中国版・紅白歌合戦「春節聯歓晩会」を楽しんだりする。

≪24日、封鎖2日目。午後1時半、商店はシャッターが閉じられ、公共交通機関は全く見かけませんでした。表通りはとてもうすら寒い。ただ、スーパーの中にはまだ商品は十分あるようです≫

 春節の25日、日本の厚生労働省は、旅行で日本にやってきた武漢在住の30代女性の感染を確認したと発表した。一方、武漢市の周先旺市長は26日の記者会見で「春節や新型肺炎の要因で500万人ぐらいが武漢を離れた」と述べた。武漢に残っているのは900万人余り。王さんもその一人だ。

≪26日、封鎖4日目。ネット上で冷静に、理性的に問題を考えている人が増えているようです。みんな外に出られないので、家で麺を作って食べています。毎日つまらないので、みんなブログやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で麺の写真をアップして、誰の腕前が一番なのか競っています≫

 李克強首相が27日、武漢に入った。共産党は25日に習近平国家主席の主宰で政治局常務委員を中心とする会議を開いていた。そこで新型肺炎対策チームの設置を決めて、トップに李首相が就任した。李首相は武漢入り後、ウイルス感染患者が収容された病院などをマスク姿で回り、激励した。

≪27日、封鎖5日目。李首相が来ました。心なしか安心感が出てきました。応援の医療従事者も陸路で到着し、防護物資も配布されました。短期的な需要には応えてくれるでしょう。きょうは外出していませんが、聞くところによると(スーパーなどの)野菜の供給量は既に十分ではないようです≫

=つづく

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事