地元バンドや大物が配信で出演!緊急事態下の名古屋のライブハウスだからできること
名古屋の個性派ライブハウスが定額制配信企画をスタート
コロナの蔓延が続く中、とりわけ厳しい経営環境に置かれている業種のひとつがライブハウスです。昨年3月以降、年末までに全国で30軒以上が閉店したとの調べもあり、名古屋でも8月に名古屋ブルーノートが閉店してしまいました。そんな中、名古屋の個性派店で定額制ライブ配信企画が始まりました。
「緊急事態特別配信企画」を5月12日からスタートしたのは名古屋市千種区のライブハウス「Tokuzo(トクゾー)」。昨年、コロナ禍の初期段階にもインタビュー記事(「ライブハウスの灯は消さない!コロナ危機を生き抜くオーナーたちの決意」)で取り上げた名古屋きっての独自色の強いライブハウスです。
同企画は6月20日までの期間限定。チケットをオンラインで購入すれば、期間中全ライブを2000円で見放題となります。出演バンドは30組以上。地元のバンドが中心ですが、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』のテーマソングを手がけた大友良英さんの名前も! インディーズからビッグネームまで多様性に富んだラインナップとなっています。
緊急事態宣言発表直後に独自のネットワークで出演交渉
なぜこのタイミングでライブ配信を始めたのか? なぜ期間限定なのか? なぜこのような出演者リストになったのか? オーナーの森田裕(ゆたか)さんに聞きました。
――このタイミングで配信企画を始めた理由は?
森田 「ライブ配信は東京のライブハウスでは結構やっているところもあって、それは日本中にファンがいるメジャーなアーティストが出演するから視聴数も多くて成り立つ。ローカルだとそんなにたくさんは観てもらえないから割に合わない。そう思ってたんだよね。でも、こんな時だからやっぱり何かやらないとと思って、休業の協力金なども使って機材を買いそろえた。それで全国区のアーティストが出演する時にライブ配信を何度かやってみたら、配信の視聴料だけでひと晩でン十万円になって十分儲けが出る。単独で視聴者を集めるのはハードルが高いけど、たくさんのバンドを集めてパッケージすれば観てもらえるんじゃないかと考えて、去年からシステムづくりを模索してたんだ」
―― 水面下で準備をしていたことを緊急事態宣言下でやってみよう、と。
森田 「4月末に東京に3回目の緊急事態宣言が出て、愛知もそのうち発令されてアルコールも出せなくなるな、と予測していた。密対策で入場制限をしてなおかつ酒も出せないとなると採算が取れないので、これはもう無観客配信に切り替えよう、と。ただし正式に発表されるまではバンドにはいえないので、愛知県もようやく5月7日に『5月12~31日まで緊急事態宣言発令』と発表されて、そこからスタッフ総出でバンドに声をかけてスケジュールを埋めてったんです」
―― 30組以上が出演となっていますが、もともとその日にライブが予定されていたアーティストではないんですか?
森田 「何組かはあるけど大半は一からブッキングした。ギャラは配信チケットの売上をうちと折半という条件なので大した額は払えないんだけど、事情を説明するとほとんどが“やりましょう!”と言ってくれて、思ったよりスムーズにスケジュールを組むことができた。5月7日に動き始めて、12日にはスタートしたからね」
―― ラインナップにはあの大友良英さん(大友良英 New Jass Quintet)の名前も!
森田 「大友さんのライブは全国ツアーで決まっていて(5月28日)、単独のライブ配信でやってもらってもよかったんだけど、大友さんから『特別配信企画のひとつに入れてくれ!』と言ってくれたんだ。他の何十組のバンドとギャラを分け合うことになっちゃうから単独でやった方がずっと実入りはいいのに、ひと肌脱いでくれたんだよ」
30組以上のバンドを観られる定額制配信は全国でも異例の企画
―― 2000円で全アーティスト見放題。しかもアーカイブでさかのぼっても観られる。いわゆるサブスクリプション(定額制)配信です。また生配信は当面の予定では6月1日まで、アーカイブ配信が6月20日までのあくまで緊急事態宣言下の期間限定企画です。同様の企画は他のライブハウスでもあるのでしょうか?
森田 「定額制配信は他でもあるけど、期間を区切って何十組を集めてという企画は俺が知る限りはないなぁ。ただアーカイブで観られるようにするには、初期費用もランニングコストも高額なサービスが多くて、仕組みをつくるのは結構大変だった。そこはうちのPAの河野(悟)がいろいろ工夫してやってくれたんだ」
河野 「今回はPeatix というサービスを利用しています。アーカイブ配信をしようとすると初期費用だけでン万円、月額でまたン万円という高額の手数料が必要なサービスもあるんですが、Peatix は少額の手数料のみで済む。プラットホームはYouTubeを利用して限定公開していて、アーカイブはそのURLを毎回一覧にし、チケット購入者にメールで送っています。チケットはオンラインで買えるんですが、作業は僕が人力でやっているので、僕が寝ている時にチケットを購入してくれた方にはメールをお届けできるのが翌朝になってしまう(苦笑)。デジタルな企画なんですが、実はすごいアナログな手法でやってるんです」
―― 30数組のアーティストをパッケージにして配信することで、アーティスト、視聴者が得られるメリットは何でしょう?
森田 「バンドにとってはいつも来てくれるファン以外の人に観てもらえるチャンスが広がること。お客さんにとっても聴いたことなかったバンドを観てみようというきっかけになること。名古屋の名前も知らないバンドのライブを観に行こうとはなかなか思えないだろうけど、大友さんとかTURTLE ISLANDの(永山)愛樹とかザッハトルテとか、ひとつ観たい名の通ったバンドがあればチケットを購入して、あとはいくつ観ても2000円なんだから、“ちょっと観てみるか”という気になってくれればいいな、と思ってる」
地元バンド中心のラインナップだから意外性ある対バンで
―― コロナショックが起こって以降のこの1年は、海外はもちろん東京などからもアーティストを気軽には呼べなくなってしまいました。そんな状況下でTokuzoではどれくらいライブを開催できたのでしょう?
森田 「緊急事態宣言が出た時期(愛知県は2020年4~5月、2021年1~2月)以外はやれるだけやった。海外のバンドが来られなくなった時も地元のバンドに出てもらって、8~9割の日程は埋めたからね。地元中心になるからこれまでなかった対バンの組み合わせにしたりして、バンド同士、お客さん同士の風通しがよくなる、それも意識しながらスケジュールを組んできた」
―― 今回の特別配信企画ではほぼ毎日2組のアーティストが出演します。意外なバンドの組み合わせがあったりして、この1年取り組んできたことが活きているんですね。
森田 「この1年はトークイベントの比率も増えたしね。もともとうちは落語や1人芝居があったり、音楽もロック、パンク、ジャズ、ブルース何でもあり。やったことないのはヘビメタとアイドルくらいかな(笑)。とりあえずは今回は配信企画第1弾だけど、もし第2弾、第3弾と続ける場合は、もっと意外な組み合わせをやるのもいいかもしれないね」
【出演アーティストの声】
「無観客で配信のためだけにやるのは今回の企画が初めて。目の前でお客さんの反応がないので普段と違う何か変な緊張感がありますね。普段のライブだと勢いでゴマかしちゃうところがあるんだけど、レコーディングしている感覚に近い。でもお客さんは2000円を払ってチケットを買ってくれているので“頑張ろう!”と思ってやってます」(名古屋のバンド、UpRah-M(アップラーム)のベーシスト、村上聡志さん)
「Tokuzoならではのラインナップの中に混ぜてもらえたことで、観てもらえるチャンスが広がるのがありがたい。演者としては、音響、照明、映像とも質が高い環境でやれて、気持ちよかった! 今回は弾き語りだったけどバンド編成でもやってみたいですね」(角田波健太with Shinox <トップ画像のデュオ>の角田波健太さん)
売上は半分以下に激減。だからこそ地方らしい独自のプログラムを
今回の配信ライブでは、アーティストがちょっとした楽屋トークをくり広げた後で演奏を始めるというユニークな演出も。また、ステージではなく普段は客席のフロアで演奏を行い音の響き方がいつもとはちょっと異なるのもマニアックな聴きどころです。さらには、チケット購入者に1万円分の食事券などが当たるキャンペーンも! いろんな意味でレアでお値打ちな企画となっています。
新型コロナウイルスの感染拡大がなお続く今、ライブハウスにとっては依然苦しい状況が続きます。Tokuzoは本来、ライブ終演後は翌朝5時まで居酒屋営業する形態で、「チケット収入だけじゃないから何とかやってこれているけど、肝心の飲食の方は時短要請の影響が大きい。この1年の売上は通常の半分にも満たないくらい」(森田さん)といいます。
一方でファン層の広い大物アーティスト、熱心な追っかけが多いアイドルなどはライブ配信で大きな利益を上げているケースも少なくないといいます。地方のインディーズアーティストが収益を上げるのは簡単ではありませんが、今回の企画のような“まとめ売り”は、顔見世興行として有効。こうした機会の積み重ねで配信がより一般化していけば、次第に視聴者を獲得しやすくなり、収益性も高まっていくと期待されます。
また、地方のライブハウスは出演者との関係性も密ですから、非常事態時でもそのネットワークを活かして小回りが利くイベントを打っていけば、他にはない独自性のあるプログラムを提案していけるのではないでしょうか。
緊急事態だからできること、ローカルのライブハウスだからできること。それを形にしたTokuzoの特別配信企画が、コロナ禍の全国のエンタメの現場に明かりをともすモデルケースになってほしいものです。
(写真撮影/筆者 ※筆者出演のイベント写真は親族撮影)