安倍首相を敬語で讃えるワイドショーキャスター、真珠湾訪問報道の違和感-「ポスト真実」支えるメディア
安倍晋三首相は、日本時間の今日午前、バラク・オバマ米国大統領と、ハワイを訪問。先の戦争での真珠湾攻撃による戦没者を慰霊した。NHKや民放は、こぞってこの訪問を取り上げ褒め称えたが、権力を監視するというメディアの役割から考えると、これらの報道のあり方には、疑問を持たざるを得ない。
◯「歴代初」を鵜呑みにした日本のメディア
まるで歴史的快挙のごとく安倍首相のハワイ訪問を報じる日本のメディアだが、手放しで褒めるには、様々な問題がある。まず、安倍首相が、今月始めに急遽ハワイ・真珠湾の訪問を決めた際、「歴代首相で初めての真珠湾訪問」と喧伝し、メディアも当初、そうした主張を鵜呑みにしたが、実際には安倍首相の訪問は歴代首相としては4回目である。静岡新聞の系列で現地紙の「ハワイ報知」が過去の報道を確認したところ、既に指摘されていた1951年の吉田茂首相の訪問の他、鳩山一郎首相、岸信介首相も訪問していたことが判明した。こうした記録は当然、外務省にもあるはずなのだが、安倍政権はろくに確認も取らず、「歴代初」をアピール。要するに支持率アップを狙った演出であることが見え見えだった。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領との会談で、北方領土返還は果たせず3000億円の経済協力を「タダ食い」されたとのイメージをハワイ訪問で上書きすること、また今年11月に次期大統領とは言え、まだ私人にすぎないドナルド・トランプ氏とオバマ大統領の頭越しで会談し、オバマ大統領を激怒させた埋め合わせでもあるのだろう。こうした経緯を語ることなく、まるで歴史的な偉業でも達成したかのような、特にテレビでの報じ方は、報道というよりも安倍政権の広告代理店のようだ。
◯安倍政権の広告代理店?ワイドショー報道の酷さ
とりわけ、TBSの情報番組「ひるおび!」の報じ方は異様だった。同番組では、安倍首相のスピーチの解説に時間を割いていたが、キャスターの恵俊彰氏が恍惚とした表情で、安倍首相の言動を「~と、おっしゃった」「~された」と、敬語を使い讃えていたことが、何とも違和感があった。報道の最も重要な役割の一つが、権力を監視するチェック機能である。その報道関係者が首相を自身より格上の存在として、敬語を使うことが、まずおかしい。まるで独裁国家で指導者を崇めたてまつるスポークスマンのようだ。恵氏は元々はお笑いタレントだとは言え、報道人とはいかなるものか、番組のスタッフもちゃんと教育しておくべきだろう。また、実は「歴代初」でなかったことについても、恵氏は「オバマ大統領と一緒に真珠湾を訪問することに意味がある」と、安倍首相を必死でフォロー。何故、そこまで言う必要がある?と首をかしげざるを得ない。女性アナウンサーも、「日本ではすぐ首相が変わり、新しいことができにくいが、長く続けているから(真珠湾を)訪問できた」等と、安倍政権の長期政権化にヨイショ。挙句の果てには、コメンテーターの政治評論家が「(オバマ大統領と安倍首相の「和解」の言葉を)中国に聞かせてやりたい!」と言う始末。中国や韓国が、個々数年日本への批判を強めている最大の要因は、安倍政権の面々が歴史修正主義者であり、靖国神社や従軍慰安婦などをめぐる言動が、中国や韓国の国民感情を逆撫でしているからだろう。番組中、出演者らは幾度も「日米同盟は重要!」と口々に述べていたが、実際には同盟というより主従関係だ。沖縄県で墜落したオスプレイの残骸を、日本の捜査当局が証拠品として収集すらできないなど(関連記事)、日米地位協定の運用のおかしさについて、「日米同盟」を連呼するコメンテーター達が触れることはなかった。
◯“Post-truth(ポスト真実)”を体現する安倍政権
海外版「流行語大賞」とも言うべき、英オックスフォード大出版局が選ぶ「今年の英単語」で、2016年を象徴する単語とされたのが、“Post-truth(ポスト真実)”だった。これは、それが真実であるか否かより、感情論で流される政治の風潮のことを示しているが、安倍政権こそ、“Post-truth”を体現した存在だと言えるだろう。福島第一原発事故収束作業での汚染水管理についての「アンダー・コントロール」発言や、安保法制での国会審議における「集団的自衛権は、砂川事件最高裁判決によって容認されている」という主張、最近では「戦闘」を「衝突」と言い換えるような南スーダンへの自衛隊PKO派遣をめぐる一連の発言など、安倍政権はあからさまに事実に反することを強弁し続けるという政治スタイルを取っている。途中で修正したが、今回の「歴代首相として初の真珠湾訪問」もその一つに数えられるだろう。
◯“Post-truth”を支えるメディア
そうした“Post-truth”体質の安倍政権がここまで政権を維持できているのも、上述したような、マスメディア、特にNHKや民放各局などのテレビ報道や読売、産経の様な新聞が安倍政権への追及が甘く、露骨に擁護までするからであろう。民放でのニュース番組関係者は、筆者に対し「この十年ほどの中で、今ほど自由にものが言えない時はなかった。少しでも安倍政権を批判しようとすると、政治部の幹部がすっ飛んできて口出ししてくる」と嘆く。よく英語圏では権力を監視するメディアの役割を「番犬(Watch dog)」と表現するが、日本のメディアは「権力側の番犬」に成り下がってしまっている。かつて、戦前・戦中の日本の軍国主義を支えたのは、メディアだった。いわゆる「翼賛体制」の報道が、日本と諸外国の人々の夥しい犠牲を招いたのである。“Post-truth”体質の政権を批判することを避け、むしろ賞賛さえしようとする今のメディアの状況は、かつての翼賛報道に近づいてはいないか。メディア関係者はもっと危機感を持つべきだろう。
(了)