矛盾に満ちたSNS社会で生きる若者を描くミュージカルとは
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は、誹謗中傷、フェイクニュース、依存などの危険性が世界的に指摘されながら、日々の生活や企業活動に不可欠な存在でもある。危うさと使わざるを得ない現実、矛盾に満ちたSNS社会で生きる若者たちを描く「社会派エンタメ」ミュージカル『GREY(グレイ)』が、12月16日から都内で上演される。
ミュージカル『GREY』:リアリティ番組に出演していた新人歌手が、SNSの書き込みに追い詰められて自殺未遂を図る。テレビ局を舞台に、登場人物たちがそれぞれのリアルを自らに問う物語。
出演:矢田悠祐、高橋由美子、佐藤彩香、竹内將人、梅田彩佳、遠山裕介、羽場裕一。脚本・作詞・演出:板垣恭一。作曲・音楽監督:桑原まこ。企画・製作・主催:conSept。
筆者が『GREY』を知ったのは、公演パンフレットへの寄稿依頼がきっかけだ。明るく楽しいイメージのあるミュージカルで、現代社会を問う難しいテーマを扱う理由をプロデューサーの宋元燮(そんうぉんせぷ)さんに聞いた。
大衆の愚かさをテーマに企画は始まった
宋:ミュージカルは企画を立ち上げてから、会場を押さえ、台本や曲づくりをするので、2、3年先を考えてテーマを検討します。なので、この企画自体は2019年から動いていました。一番最初に脚本を担当する板垣さんに投げたテーマは、自分も含めた群衆の愚かさでした。その時、サンプルとして出したのがフランク・キャプラ監督の名作『群衆』で、恐慌といった当時の社会背景、ポピュリズム的な要素があり、自分たちこそが愚かだと、ハッと我に返る感じを作れないか、居酒屋やカフェなどで政治や経済のことを議論しながら進めていきました。
1941年に公開された映画『群衆』は新聞社が舞台となっている。リストラされた記者が作った架空の投書記事が大反響を呼んだことから、新聞社は売上を伸ばそうと投書者ジョン・ドウ(名無しの権兵衛という意味)を仕立て上げる。人々はジョン・ドウこそが自分達の代弁者であると熱狂し、新聞社のオーナーはそれを政治的に利用しようとするといった内容。ポピュリズム、匿名性、メディアなど現代に通じる多くのテーマを持つ。
宋:板垣さんは貧富の格差に興味を持ち、自分は匿名性にこだわって議論をしていました。議論はコロナで一時中断していたんですが、その後、メディア企業の過労死問題や(リアリティ番組に出演してSNSの誹謗中傷で亡くなった)木村花さんの出来事が頭をよぎり、それらの構造は自分たちの業界にも関係がある、だから我々なりの手法で訴えてみようとなりました。SNSがテーマになったのは2020年末です。結果として、とてもタイムリーなものになりました。
SNSをやめるわけにはいかないけれど…
コロナの感染が広がる中で、エンタテインメントは「不要不急」とされSNSで攻撃対象となった。その一方で、エンタテインメントを支援するツールとしてもSNSは活用されている。宋さんもコロナ禍で苦境に陥った舞台スタッフをサポートするためにアーティストたちとクラウドファンディングで支援を呼びかけた。
宋:バッシングもありましたが、それは舞台が世の中に認知されてなかった、身近ではなかったんじゃないか、と反省するきっかけにもなりました。普段から舞台を身近に感じてもらいたいと、U-22向けの無料チケットを用意するなど、きっかけづくりに取り組んでいます。
コロナ前からエンタテインメントの世界では、告知やファンとの交流などSNS抜きには成り立たない状況となっていた。SNSをテーマにしたミュージカルをすることで、攻撃が公演に向かってくる可能性もある。
宋:このテーマは自分たちに跳ね返ってくる問題です。僕自身が会社の作品を宣伝するツールとして使っているので、SNSをやめるわけにはいかないけれど、ツールとしての気持ち悪さも感じています。最近、(英国発の化粧品ブランド)LUSHがInstagramの更新をストップしたのはすごいですね。
SNSが子どもたちに悪影響を与えているとの告発に対し、LUSHがFacebookやInstagramの更新を停止すると発表すると世界に反響が広がった。だが、LUSHは2019年にも同様の取り組みを行っており、更新の停止は問題を投げかける意味合いが強い。企業にとっても、人にとっても、巨大な力を持つSNSを断つことが簡単ではない現実を示している。
『GREY』もリアリティ番組やSNSを扱うが、否定や肯定ではなく、問題が起きる構造やそこに関わらざるを得ない人間模様が描かれる。リアリティ番組の出演者はSNSの反応で人気が上下する、テレビ局員はSNSについて出演者にアドバイスをして、批判的なコメントが増えすぎないかにも注意を払っている。それでも自殺未遂は起きてしまう。なぜ…
シリアスさと楽しさを両立するミュージカルに
宋:ミュージカルは明るく楽しいという世の中の印象があるように思いますが、映画化されて話題になっている『ディア・エヴァン・ハンセン』は、自分が作りたかった作品の方向性でした。国内でも、エンタメでもありつつ、身近な話題を取り上げるミュージカルを紹介していきたいと思っています。
『ディア・エヴァン・ハンセン』は、ブロードウェイで初めてSNSを題材に扱ったとされる。現代のSNS社会を生きる若者の苦悩を描くというミュージカルとしては異例のテーマ設定が議論を呼び、大ヒットした。2017年のトニー賞を6部門受賞している。
宋:『GREY』は作品のテーマは重い分、音楽は軽やかで、バンドの演奏はすごくビートが効いています。物語については上演後にもう一度考えてもらってもいいですが、せっかくミュージカルですから上演中はぜひ音楽に身を委ねて体で楽しんでいただきたいです。
ミュージカル『GREY(グレイ)』は12月16日から東京都港区六本木の俳優座劇場で上演される。上映日程やチケットなどは下記URLから。