朝夏まなと「嫌だったら逃げればいい」、人生を賭けたのは“あの瞬間”
長い手足、華麗な動き、ハッキリした濃い顔立ちが印象的な朝夏まなとさんは、その笑顔から“太陽”とも称されてきた元「宝塚歌劇団」宙組トップスター。退団後もミュージカルを中心に舞台等で活躍しています。どこか浮世離れした、非現実空間で生きることを生業にされていますが、そんなスターがバリバリの会社員になったとしたら…!?舞台のお話はもちろん、日々の仕事、理不尽な人間関係の世の中、朝夏さんがどう生き抜いているのかを伺いました。
―今回の作品『SHINE SHOW!シャイン・ショウ!』は、朝夏さんのこれまでのイメージとは全く違う会社員役ですね。
とても新鮮です。初めての役ですし、そもそもカタカナの名前を名乗ることが多くて日本人を演じる機会が少ないので、“鈴本真紀”という役名から「鈴本!」と呼ばれることが新鮮です。
―経験がないのかと思いきや、実は会社員時代がありましたね。
阪急電鉄の社員でした(笑)。当時は「宝塚歌劇団」入団から7年目まで、新人公演に出演する間は会社員だったんです。宝塚音楽学校に合格した時には、父に「阪急電鉄に就職するんだな」と言われましたから。何も会社員らしいことはしてないですが、“パス”をもらっていたので乗車料金は無料でした。
―もし一般企業の社員だったら、どんな社員になっていたと思いますか?
私は何の資格もないし、なれないと思います。すぐ飽きちゃうから続かないですし。ただ、“フリーアドレスで自分の決まったデスクがないオフィス”にスタバのカップを持って通勤する…みたいな、流行りのスタイルにはちょっと憧れますね(笑)。
今回の作品は、とある複合オフィスビル内の会社の社員たちが歌唱力を競う、夏のカラオケ大会が舞台。“サラリーマン出場者”はもちろん、その舞台裏で数々のトラブルに見舞われながらも乗り切ろうとする運営スタッフの物語です。
私が演じる鈴本は、1日限りの運営スタッフとして、カラオケ大会の裏方を務める設定。無線を駆使しつつバックステージでキビキビ働く感じなので、普段自分たちのステージにいる敏腕女性スタッフさんをイメージしています。彼女は、舞台稽古がうまく回っていなかったり待ちが長い時には、「次はこの場面です」とかすぐに状況を伝達してくれたり、物事をキャッチする力が高い人なので、とても参考になりました。
―歌劇団で組のトップといえば、ある意味“社長”。トップの苦しみを経験したことはありますか?
トップの苦しみ…全責任が自分に来ることですかね。公演が成功するかしないかは、自分の責任だと思ってやっていました。
―充実感を覚えた瞬間は?
一生懸命やっているので、それは何度もあります。自分が印象に残っていることで言えば、宝塚時代の『王妃の館 - Château de la Reine -』というコメディー作品が、皆で意見を出し合って、どうやったら面白くなるかを考えながら作ったので、思い出がありますね。演出家の先生とは、脚本の内容・セリフの相談、ここで盛り上がる曲があったら面白いですね、などいろいろ話し合っていました。
―カラオケ大会・パーティーなどでは、朝夏さんはどんなタイプですか?
あまり人前に出たくない、すみっこに居たいタイプです。打上げとかでも本当は端っこで飲んでいる方が好きで、壁が近くにあると落ち着きます(笑)。普段舞台に立っている反動なのか、乾杯の発声も苦手だし、元々手を上げて発言する方ではなくて、押し出されていつの間にか前に出て「あれ?」というタイプです。人とオフで喋るのは好きだけど、何かを発表する場は得意ではなくて、緊張するんです。
―最近行って面白かったライブ・イベントはありますか。
笑えるものが好きで、この前はシソンヌさん・三浦宏規さん・鈴木拡樹さん・原田優一さんの舞台(『Why don’t you SWING BY?』)を観に行って、声を出して笑いました(笑)。お笑いは、昔から関西にいたので触れる機会が多かったんです。
朝の情報番組が、もうお笑いなんですよ。私が関西にいた時は、『せやねん!』(毎日放送)とか陣内智則さんとなるみさんの『なるトモ!』(読売テレビ)を見ていたので、お笑いが普段の生活に組み込まれていました。土曜日は『よしもと新喜劇』(毎日放送)だし、“間”とか“ボケ・ツッコミ”、ハマるんですよね。今の私に、絶対その影響はあると思いますよ。
―今回、中川晃教さんと初共演ですが印象は。
コンサートや番組でご一緒して面識はありましたけど、お芝居は初めてです。外国人を演じていい声で歌われるイメージでしたから、日本人の日常の生活感溢れるお役をされているのがすっごく新鮮です。アッキーさんのこんなところ見られるんだ~みたいなところがいっぱいあって、キュンキュンする場面もありますよ。
「そうくる?」と思わせてくれる、普通の感覚では出ないことをされるんですが、役としては全然はみ出ていないので、そのバランスがすごいなと思います。例えば、このセリフだったら「ガッ」と来ると思っていたら、引いたりするんですよ。斬新です。
―日常で理不尽さを感じたことはありますか。
皆さんそうだと思いますけど、上司がいて、そっちから見るものとこっちから見るものは違うじゃないですか。例えば遅刻したとして、上の人は“遅刻をした”という一面しか見えていないから、理由があったとしても知らなかったらそれだけで怒られることもありますよね。
理不尽な思いはたくさんあるはずだけど…私はセンサーが弱いのか、すぐ忘れてしまう。少し感覚が麻痺しているかもしれず、「だったらやってやろうじゃん」となっちゃう。「言ったな、見てろよ」のタイプです(笑)。今回の作品では、理不尽に立ち向かってスマートに物事をさばいているので、もし理不尽なことで悩んでいる人がいたら参考になると思います。
世の中しんどい人が多いですよね。「人生それがすべてじゃないよ。生きているだけでいいんだよ」と言ってあげたいです。嫌だったら逃げればいいし、続ける必要ないです。私は逃げる前に忘れちゃいますけど(笑)。
―日々のルーティンがあれば教えてください。
今は稽古中ですが、思ったより動きが少なめなので、ウォーキングを始めました。以前はランニングをしていたんですけど、暑いので疲れるのが早くて、今は朝か夜に1時間弱歩いています。
基本的にルーティンはないんです。よくある“お風呂に浸かる”とかはありますけど、面倒くさかったらシャワーにするし、決めないのがルーティンです。決めたことができないとストレスになるじゃないですか。それはいらないストレスだと思っています。私、ストレスを溜めて爆発するタイプなので、なるべく溜めないように発散するようにしています(笑)。
―今までに人生を賭けたことは?
宝塚歌劇団に入ったことですね。あの時は本当に確固たる意志があったので、「絶対入りたいから受験させてほしい」と親を説得しました。中学卒業のタイミングで受けたかったのに、「来年受けなさい」と言われたんです。中学卒業(15歳)で受けないと、4回目に失敗した時に後悔するのは嫌だから(応募資格:15歳~18歳)、「とりあえず今年受けさせてください」と、自分でもすごく強い意志を持って説得しました。
そうしたら、「高校受験もしなさい」と言われ、「よし、やってやろうじゃないか」となり、宝塚音楽学校も高校も両方受かりました。それだけ強い思いがありました。「夢を見つけた!」と思ったんです。それまでは将来は漠然としていて、モデルやアナウンサーもいいなと思ったりしていましたが、宝塚の公演を観た時に、ここに絶対入りたいと思ったんです。すごく輝いて見えて、ここに立ちたい、将来はこれしか考えられない!となったんです。
―最初にそう思ったのはいつですか。
1999年、月組の「うたかたの恋」がきっかけです。真琴つばささんが主演でした。その1年後、2000年に合格しました。感じ悪いと思われるかもしれませんが(笑)、何かに引っ張られた感じがありました。高校に行くかどうか進路をどうするかというところだったので、人生を賭けていましたね。
宝塚を卒業しても、ご縁あって今もこうしてやりたかったことを続けさせてもらっているのは、本当に周りに恵まれていると思います。
【編集後記】
スタイル抜群で、キラキラと華やかなオーラに包まれています。でも、話し出すと笑いの絶えない空気になり、関西で過ごした日常のお笑いの空気が染み込んでいるというのもよく分かります。華やかな世界のトップを走り続けていると理不尽なことにも多く接してきたでしょうが、いい具合の“鈍感力”も身につけられたのでは、と感じました。落ち込んだ時に真似してみようと思います。
■朝夏まなと(あさか・まなと)
1984年9月15日生まれ、佐賀県出身。2002年、宝塚歌劇団に88期生として入団。星組大劇場公演『プラハの春』で初舞台から花組を経て2012年、宙組に組替え。2015年大劇場公演で『王家に捧ぐ歌』でトップスターとしてお披露目公演を果たす。2017年大劇場公演『神々の土地―ロマノフたちの黄昏―/クラシカルビジュー』で宝塚歌劇団を退団。退団後は『マイ・フェア・レディ』『王家の紋章』『天使にラブソングをーシスター・アクトー』など、ミュージカルを中心にコンサートや舞台で精力的に活動中。『SHINE SHOW!』は8/18~9/4まで東京・シアタークリエにて上演予定。