「歌舞伎が好き、それだけです」市川染五郎の内に秘めた熱い思い
近年大きな役を勤め、回を重ねるごとに深みが増し、成長が止まらない、歌舞伎俳優・市川染五郎さん。9月には『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』、10月には『源氏物語』、と坂東玉三郎さんと共演した舞台でも注目されました。10代最後となる来年のお正月には、若手の登竜門として知られる「新春浅草歌舞伎」に初挑戦します。歌舞伎に対する強い思い、家を背負う覚悟、意外な素顔まで、熱く語っていただきます。
―お正月の恒例「新春浅草歌舞伎」に初出演が決まりました
メンバーが代わるということは聞いていましたが、自分が入らせていただけるとは思っていませんでした。ここ数年、1月は歌舞伎座で祖父(松本白鸚)・父(松本幸四郎)と三代そろって舞台に立つことが続いておりました。祖父の年齢的に、なるべく一緒の舞台に立ちたい…という思いを持ちつつも、今まで若手のお兄さん方のところに入らせていただく機会がありませんでしたので、どちらも貴重な機会と悩んだ末、新しいところに飛び込むことを決めました。
―「新春浅草歌舞伎」はどういうイメージでしたか?
若手の登竜門と言われる公演ですので、本興行ではまだできないような大きなお役を経験させていただけるイメージです。今回勤めさせていただく『絵本太功記』は初めてで、武智光秀役は自分が憧れているタイプの役ですので、本当にうれしいです。
―白鸚さん、幸四郎さんの反応は?
父は「線の太い役をやれるといいね」と言ってくれていましたが、武智光秀は俳優祭で1度やったことがあるだけなので「先を越されちゃった」と悔しそうでした(笑)。
今回この役は祖父に教わります。祖父との時間を大切に、なるべくいろいろな役を教わっておきたいと思っているので、この機会をいただけたのがありがたいです。2人とも張り切って教えてくれるようでしたので、そこは楽しみです。
―武智光秀のどういうところに憧れているんですか?
“線の太い役”というところです。線が太い役は高麗屋がやってきた役で、光秀はどっしりとした武将でありながら、影や孤独を感じる人ですので、そういうところにすごく惹かれます。
―染五郎さんは美少年のイメージで見られることが多いのではないでしょうか
そのようなイメージを持たれることが多いようですが、どういう役が好きかと聞かれれば、むしろ正反対の線の太い役が好きですね。声も低い方なので、こういう役の声が出しやすいですし、数年前に比べたら、声も太くなってきた感じはあります。
―この役の難しさとは?
(中村)吉右衛門のおじ様(大叔父)がよくやられていた役で、最初は笠で顔を隠して出てきて、それをバッと上げて見得をするのですが、その時、客席に“じわ”がくる(=最高潮の場面や優れた演技の際に客席にざわめきが起こること)のが理想だとおっしゃっていたことがあります。
実際に2階席の一番後ろからその姿を観て鳥肌が立ちました。姿形だけでお客様を圧倒するような凄みがないとできない役なので、その凄みを出すことがまず難しいのではないかと思っています。
同時に母親と息子を失う役どころなので、感情の動かし方、心情をどう見せるかも課題です。ストレートに見せすぎても人物として小さくなってしまうので、肚(はら)の部分でしっかり作らないと、光秀として見えないと思います。余裕や落ち着きを出せたらいいなと思います。
―普段はどういうお稽古をされるのですか
映像を観たり、実際に教わったりします。特に今年の9、10月は玉三郎のおじ様と共演させていただいて、声の出し方をしっかり教えていただきました。
9月は『妹背山婦女庭訓』でご一緒しました。玉三郎のおじ様の楽屋にご挨拶に行きますと「そこに座って」とおっしゃるので、幕が開くまでの間、数分間おしゃべりすることが毎日恒例になっていました。
何でもない話をされる時もあれば、芝居の話をしてくださる時もあって。「どんな役をやりたいの?」と聞かれたので、自分が一番憧れている役が『勧進帳』の弁慶なので「弁慶をやりたいです」とお話ししたら、太く響く声の出し方を少しずつ教えてくださるようになりました。
10月は『源氏物語』でご一緒しましたが、「弁慶をやりたいと言っていたから教えているのよ」と、続けて教えていただきました。
―「源氏物語」はとてもお似合いで、美しい世界でした
光源氏はいつかやりたいと思っていた役で、幻想的な世界観も好きなので、その中に入れるのはとてもうれしいです。あまり声が太くなりすぎても光源氏ではなくなりますけど、玉三郎のおじ様には響く通る声を毎日教えていただきました。
喉の筋肉をその声を出す形に矯正していくと、声を出し続けることで形になっていくので、響く声を出す筋肉の形になるように、ひと月かけて自分も意識してやっていました。筋肉は急には変わらないので、毎日出し続けることが大事です。
―歌舞伎モードにスイッチが入った、本気になった瞬間はありますか?
最初から本気です。一つあるとすれば、5~6歳の時に1回だけ役を断ったことがありまして…小さい頃はお化粧をするとベタベタするし、痒くてもかけないし、お化粧がすごく嫌だった時期に「出ない」と泣いて嫌がって、結局その役をやらなかったことがありました。
そうしたら、その舞台が上演されている新橋演舞場の横を通った時に、母が劇場の外を歩いている方を見て「あなたがやるはずだった役をやっている方よ」と言ったのです。その姿を見たら、なぜ自分はやらなかったんだと後悔の気持ちがあふれてきて、まだ小さかったですけど、それ以来「絶対に役は断らない!何でもやろう!」と思いましたね。
歌舞伎は最初から好きで本気でやっているので嫌いになったことはないです。未来のことは分からないですけど(笑)。世間的には固い世界に思われがちですけど、意外と柔軟な演劇で、何でも取り入れてやれるのは魅力だし、強みだと思います。
―染五郎さんのいいところはどこですか
いいところはないです。普段の生活でも舞台でも自分を俯瞰で見るタイプで、常に本体とそれを見ている自分がいるので、役者として自分自身を俯瞰で見て分析する視点を持っているのはいいところなのかなと思っています。分析した結果、いいところはないです(笑)。
―何をモチベーションに頑張れるんですか?
歌舞伎が好きだから。好きなことをやりたい、それだけです。
―弱点は見えるんでしょうか
それは毎日です。その時は「このやり方だ」と思ってやっていたことが、数ヶ月後に他の舞台や役を経験してから振り返ると全然ダメだったりします。ただ、そう思えるということは、今の自分自身がその時より多少でも成長できているのかなと思うので、そういう思考に切り替えてさらに成長できるようにしています。これでいいと思ってしまったら、そこから成長できないですし、振り返って悪いと思うのなら、今の自分の方がより高いステップから過去の自分を見ているのだと思います。
―言われてうれしいことはありますか?
何をおっしゃっていただいてもありがたいですしうれしいですが、「線が太くなった」と言われたら、高麗屋の役者としてすごくうれしいです。
―『棒しばり』(『新春浅草歌舞伎』で勤める演目)も人気作品ですね。狂言、楽しい役はお好きですか
大好きですね。コメディは好きですし、やる側が楽しまないと楽しんでいただけないと思います。同時に技術がないとできない作品でもありますし、(共演の中村)鷹之資のお兄さんとも息が合わないとできないので、稽古を重ねてしっかり作りたいと思います。
―今までアドバイスをもらったことは?
『棒しばり』は初めての演目です。コメディということで言えば、ドリフターズと吉本新喜劇で父から英才教育を受けてきましたので(笑)、お客様を笑わせたいという感覚はあります。
―好きなものは何ですか
ジュリー(沢田研二)、マイケル・ジャクソン、デヴィッド・ボウイが好きです。ビジュアル面もこだわられる方たちですし、デザインや見せ方、自分の世界観を持っている人が好きですね。
基本的に趣味がないタイプでして、ゲームをすること、絵を描くことは好きですけど、ゲームは歌舞伎につなげてしまうところもありますし、新しいことを想像したり、何かをデザインしたり、自分でお芝居の台本を書いたりしていました。
―その台本は今どこにあるんですか?
家にあります。小さい頃に遊びで書いていたものなので、その作品でということではなく、いずれ公演で形にしたいとは思っています。新しいものを作ってみたいということですね。
―どんな歌舞伎俳優になっていきたいですか?
高麗屋らしい役者になりたいです。それが最大の目標です。でも高麗屋らしさがまだ理解できていないと思うので、それを含めて目指したいと思います。
―来年20歳になられますが、どんな年にしたいですか?
あまり年齢を意識していなくて、おじさんになってもおじいさんになっても、年齢を意識していたくないと思っています。もう何歳だからこれはできない、というようなことは言いたくないです。
それよりも、今の自分にできることを精一杯やって積み重ねることです。20歳になった瞬間からお芝居が上達するとか人間的に進化するということではないと思うので、年齢で区切るよりも、今の自分がどれだけレベルアップし続けていられるかを考えてやっていきたいです。今までと変わらず、やるべきことをきっちりやっていくこと、その中で自分がやりたいこと、挑戦・表現したいことを形にしたいなとは思っています。
―来年は、まずは「新春浅草歌舞伎」ですね
若手でやる公演ですので、自分も若さを武器にやっていきたいと思っています。メンバーも代わりますし、若者の熱さを、熱量を浴びに来ていただきたい。よく“クール”と言われますが、自分では熱い人間だと思っていますし、やりたいことが溜まってきていますので、どんどん形にしていきたいです。
■編集後記
金太郎さん時代から舞台は長年拝見していますが、特にここ数年は観る度にどんどん印象が変わるので、私の中で「今見逃してはいけない方」となっていました。今回お話を伺い、静かな佇まいの中に熱いものを秘めているのがよく分かりました。伏し目がちにお話しされることが多かったのですが、ふとした時に目を上げる仕草にはドキッとさせられます。ゆっくりした目線の動かし方は10代とは思えぬ色気に包まれていました。「やりたいことがどんどん出てくる」と微笑む姿は、お父さんの幸四郎さんにそっくりです。
■八代目市川染五郎(いちかわ・そめごろう)
2005年3月27日生まれ、東京都出身。父は十代目松本幸四郎、祖父は二代目松本白鸚。2007年6月、歌舞伎座『侠客春雨傘』で初お目見得。2009年6月、歌舞伎座『門出祝寿連獅子(かどんでいおうことぶきれんじし)』の童後に孫獅子の精で四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年1・2月、歌舞伎座『勧進帳』源義経他で八代目市川染五郎を襲名。2022年6月、『信康』で歌舞伎座初主演。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、映画『鬼平犯科帳 血闘』など幅広く活躍し、『レジェンド&バタフライ』森蘭丸役で、第47回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。『新春浅草歌舞伎』は2025年1月2〜26日まで、浅草公会堂にて上演予定。