“オタク気質”な長男タイプ「橋之助のリーダー論」とは
父・中村芝翫、母・三田寛子、弟・中村福之助、中村歌之助、と華やかな芸能一家で育った中村橋之助さん。古典から新作まで歌舞伎はもちろん、その他の舞台でも活躍し、宝塚歌劇団やミュージカルといったキラキラな世界が好きであることも公言しています。正月恒例「新春浅草歌舞伎」では、新たなメンバーと共に浅草の新年を彩ることになりました。自らを「“オタク気質”な長男タイプ」と評する橋之助さんに、“新リーダー”の意気込みを伺います。
―今年も残り少なくなりました。どんな年でしたか?
とてもよかったのが、『義経千本桜』の佐藤忠信という大役を、2年ぶりに2度目を勤めさせていただいたことです。これはそうそう巡ってくるお役ではありません。
大きい役は、5年以内に2度目ができるといい、と言われていて、父からも「2度目の時に初めて気づくことがある」と聞いていました。その言葉の意味が、現実としてすごく理解できたんです。見える景色が全く違いました。2回目は、自分が経験を重ねてこないとできないものでもあるので、これを経験できたのは本当にありがたいことです。
―どう違うのでしょう
世間的に分かりやすい例で言いますと、「初婚と再婚」のような感じかもしれません。僕はまだ結婚していないのであくまでも想像するしかないのですが、結婚経験があると、「この道を行ったら前と同じケンカをするな」と分かるし、解決方法も分かると思います。そこから舞台につながるのは、知っているから余裕が生まれるということです。
この作品には早拵(ごしら)えの場面があるので、1回目に(尾上)菊五郎のおじ様に教えていただいた時に、どれくらいの時間があるかお聞きしたら、「一服する余裕はあるよ」と言われていたのでそうなのかと思っていたら、とんでもない。「間に合わないかも!」というくらいギリギリだったんです。
それなのに2回目は、確かに余裕が生まれました。何が違うのかと考えましたが、自分自身がこの2年間でいろいろな役・経験をさせていただいたことで違う景色が見え、これが「自分の成長を実感する」ということなのかと、人生初の経験をしました。
―来年の『新春浅草歌舞伎』では、みんなを引っ張るリーダーの立場となりますね
(中村国生時代も含めて)7回目の出演となりますが、まずは「やってやるぞ!」という思いが先にきました。お客様が入ってくださるだろうか、など不安も感じますが、僕たちがいいものをきちんと形にして届けられれば、きっとお客様に伝わるだろうと思う自分もいて、不安と自信がないまぜになっている、不思議な感じです。
―若い共演者の皆さんを引っ張っていく役割かと思います
僕は実際に三兄弟の長男でもありますが、性格的にも「ザ・長男タイプ」なんです。学生時代は学級委員を始め、文化祭の委員は毎年やっていました。小・中・高とも部活動などでは部長・キャプテンでしたし、委員・チーフと名のあるものは大体やっていましたね。そういう“青春”みたいなものが好きなんですよ(笑)。
―今回“新リーダー”となって何をしますか
出演が決まった段階ですぐ、松竹の方にごあいさつに行きたいとお願いをしました。僕たち7名全員のスケジュールを合わせたら朝8時になってしまいましたが、早朝から時間を取っていただくことができたので、いろいろなお話やご相談をさせていただきました。初めて「新春浅草歌舞伎」に出演するメンバーも多くいますのでごあいさつをしたお陰もあって、そこから様々な動きがスムーズに運ぶように感じました。
―根回しが完璧ですね
根回しというか(笑)、僕は当たって砕けるタイプなので、やってダメなら仕方がないけど、どうせできないと思ってやらないのは嫌いなタイプです。これは性格ですね。リーダーでいさせてもらうには自分が責任を持つ、と言ったら皆も賛同してくれたので、皆にも感謝です。
―今まで見てきたリーダーの中でカッコイイと思う人はいますか
(従兄弟・中村)勘九郎の兄はカッコイイです。スタッフさんたちへの気配りもですが、何より真ん中にいる、先頭を走る説得力を持っています。勘九郎の兄がやっているのだから、僕たちはもっとやらなくてはいけないと教えてくれる方です。
(坂東)玉三郎のおじ様はご自身のやりたいことを、責任をもってやるという強い思いがあり、そのためにはこうしなくてはいけない、ということをなさいます。楽屋から1階分降りて大・小道具さんたちに「今日もよろしく」とあいさつに回られていますし、ご自身が作品・カンパニーすべてをプロデュースする能力が、本当に素敵だなと思います。
父は主演以外の目線にも目を向けられるリーダーかなと。こうしたらこの人たちがしんどいだろうというところを気遣って物事を進めていくリーダーだと思います。息子の僕から見ると自分のことは二の次で、皆に気を遣い過ぎるところがあるのかなと。父の気配りや思いを見習いつつ、自分に合うやり方を見つけていきたいと思っています。
―これまでのリーダー経験から反省点はありますか
あります。僕は「これをやるぞ」と決めたら、食べなかろうが寝なかろうがこれをやるためだったら、と突っ走るんです。でも皆がそうではなく、例えば弟たちには弟たちの走るスピードがあるし、僕には僕の走るスピードがある。以前何かの本で「自分以外は全員自分と違うと思え」と読んで、そのとおりだと思いました。他の人が僕と同じことをしていないことにイライラするのは違うと気づきました。
―今後どういうリーダーでありたいですか
(中村)勘三郎のおじ様がそうでしたが、この人のためなら、と思えるようなリーダーですかね。そして、皆を愛していることが大事です。ただ、来年の「新春浅草歌舞伎」に関して言えば少し違って、僕が引っ張っていく立場ではありますが、皆が座頭というか、リーダーとして責任の一本になってほしいと思っています。誰々がやるからいいではなく、自分も考える。
前回まで「新春浅草歌舞伎」を引っ張っていただいた(尾上)松也のお兄さんには、頼りすぎていた部分が大きかったと思います。だから今回は、僕だけではなく、出演者7人それぞれの色・パワーを届けようとすれば、お客様にも、スタッフの皆さんにも伝わると思うんです。それが今回やる上では、一番目指すところですね。
―『絵本太功記』(『新春浅草歌舞伎』演目)の武智光秀役は、どなたに習う予定ですか
“光秀”は父に教えてもらいます。十月の歌舞伎座で化粧前に並んだ時、早々に「光秀の顔はこうやるんだ」と話していました(笑)。「すみません、まだ覚えていません」と答えたら「そりゃそうだね。またちゃんと教えるよ」と言われましたが、早く僕に渡したいのだと思います。
かつらは「クセつきの菱川」と言って、くりくりパーマのような特殊なもので、光秀以外では使用する事が少ないレアなタイプなので想像がつかないだろうからと、一度父が被っていたかつらを被らせてもらうことにしました。父にとっても、息子が“光秀”をやるのはうれしいのだと思います。それだけの大きなお役です。
―お父さんに習う時はどんな雰囲気ですか
厳しいというか…緊張しますし、未だに父が舞台を観に来る時は緊張します。僕にとっては父親というよりも、どうしても師匠・先輩としての比重が多くなっていますから。それに父の演技は今の歌舞伎界で、僕は一番だと思っています。知識があり、古典ができて、正当な歌舞伎をよく知っています。その人から習えるのですから、なるべく吸収したいです。
―この役の難しさは?
光秀は主役ですが、皆が散々頑張った最後の一番いいところに出てきます。その分「大きさ」と「説得力」が大事です。二つとも難しいですけど、キラキラした役への憧れが「説得力」の一端にはなると思っていて、それは僕の中に明確に父の光秀像があります。でも「大きさ」は、どれだけ役に向き合えるか、努力できるか、何を目指すか、によっても変わってくるので、非常に難しいです。
例え話としては少し飛びますが、天皇陛下は(一般参賀などで)小さくお手を振られますが、日本国民皆に届きます。小さな動きが大きな存在感になります。
役者も、大きく届けたいからと大きく動くのではなく、小さな動きでもしっかり届けられる強さを身につけたいと思います。
―来年の抱負は?
来年は20代最後の年になるので、これまで重ねてきたものを信じることです。自分を信じる力も大事だと初めて気づいたので、信じたいです。でも焦りも忘れずに、自分の目指しているところに、近道せずに丁寧に勉強していく。そんな20代を締めくくり、30代になったらそれを使っていきたいと思います。
年明けは新春浅草歌舞伎から始まりますから、再来年も浅草歌舞伎の舞台が勤められるような1年を過ごしたいです。
―今後の夢・目標があれば教えてください
一番の夢は三兄弟(橋之助・福之助・歌之助)が、歌舞伎座のチラシにメインで載ること。これは3人の変わらぬ夢ですので、まずは成駒屋のため、歌舞伎のための戦力になることが第1段階です。先を見ることも大事ですが、今は1個1個の目標をクリアして、最後の目標に向かいたいと思っています。歌舞伎座に3人の写真が並び、“最強の三兄弟”になれるように頑張ります。
■編集後記
オタク気質だという橋之助さんは「リーダーオタク」でもありました。理想のリーダーを一言質問しただけで、歌舞伎界にとどまらず、延々と名前や行動が出てきます。自らも絵に描いたような長男像で、その佇まいには“長の風格”がありました。周囲を冷静に見る目、責任と覚悟をお持ちなので、将来の歌舞伎界を引っ張っていってほしいと、切に願います。
■中村橋之助(なかむら・はしのすけ)
1995年12月26日生まれ、東京都出身。屋号・成駒屋。父は八代目中村芝翫、祖父は七代目中村芝翫。2000年9月歌舞伎座『京鹿子娘道成寺』所化、『菊晴勢若駒』春駒の童で初代中村国生を名乗り初舞台。2016年10月歌舞伎座『熊谷陣屋』堤軍次、11月歌舞伎座『祝勢揃壽連獅子』狂言師後に仔獅子の精ほかで四代目中村橋之助を襲名。「新春浅草歌舞伎」は2025年1月2~26日まで、浅草公会堂にて上演予定。https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/915