国立市のマンション解体を決定づけた「資産としての眺望」……業界に動揺と困惑広がる
東京・国立市の新築分譲マンションが、引き渡し直前に解体することが決まった。その余波が収まらず、不動産業界に動揺や困惑が広がる事態が生じている。
きっかけは6月7日の金曜日、国立市のマンションが完成間近で解体されることが決まった、と報じられたことだ。建築基準法等に違反しているわけではないし、周辺住民の反対が激化したわけでもない。にもかかわらず、事業主である積水ハウスが突然建物の取り壊しを決定。なぜ、いきなり解体するのか、という疑問が湧き出た。
当初、理由として報道されたのは、周辺住民の反対を押し切って建物を完成させ、引き渡しを強行すれば、積水ハウスへの批判が高まるため、そのことによる企業イメージの低下を避けたのではないかというものだった。
が、それは憶測で、マスコミ各社は積水ハウスに言質を取ることができなかった。いわゆる「ウラが取れない」状況だったので、本来は報道できない。そこで、業界事情に詳しい専門家に話を聞き、「企業イメージの低下を避けた」旨のコメントを利用した。
専門家の談話であれば、ウラが取れない話も出せるという暗黙の了解があるからだ。しかしながら、専門家の談話であっても事実確認が取れていない情報を流してはならないことは同じだ。
そこで、週が明けた10日の月曜日、私は積水ハウスにメールで質問を出した。
「企業イメージの低下を避けたのか」
積水ハウスの回答は「異なります」だった。加えて、「反対のご意見や販売(の困難さ)が中止・解体の理由ではありません」とも回答された。
その一方で、積水ハウスは地域の「資産としての眺望」への影響が大きな理由になったことを認めた。
わかりやすくいえば、「富士山がよく見えた」ことは地域の資産であると認定し、その資産に影響を及ぼす建物を完成させるわけにはいかない、と判断。解体を決めたというわけだ。
おそらく、マスコミ各社にも同様の回答をしたのだろう、11日の火曜日には、「資産としての眺望」をキーワードにした報道が一斉に流れた。これにすぐさま反応したのが不動産業界だった。
「ちょっと待ってよ」であり、「影響を考えてほしい」の声が渦巻いた。
不動産業界全体としての談話は出ていないし、出される気配も今のところないのだが、広く動揺と困惑が広がっているのは事実である。
資産となる眺望で、最高位「富士山」
マンションや住宅地を販売するとき、これが見えたら価値が上がる……つまり、「資産としての眺望」になると認められてきたものはいくつかある。
東京タワー、スカイツリー、海、都心の夜景……その中で、最も価値が高いと考えられるのは、やはり「富士山」だ。
首都圏の場合、富士山が見える窓は西向きとなるのが普通。西向きだと、夏の西日が暑い、と敬遠されることが多いのだが、富士山が見えるとなれば話は別。富士山の方向に夕日が沈む光景は美しく、季節によって夕日の沈む位置が変わるため、1年中見ていて飽きることがない。
今回、国立市で解体が決まったマンションも、上層階に西向きの大きな窓を付けた住戸がある。富士山が「資産としての眺望」になることを前提にマンションづくりが行われていたわけだ。
富士山が見えることは「資産としての眺望」になる。
それは、不動産業界で以前から認められてきた。だから、「富士山が見える住戸」は割高な価格設定にされたし、「これまで富士山が見えたのに、新しいマンションで塞がれるのは困る」という建設反対運動は起きるのが当たり前だった。
建設反対の動きが出たとき、不動産会社は対応や説得を行い、ときに補償も行って、問題を解決してきた。いわゆる「近隣対策」を地道に行ってきたわけだ。
ところが、今回、「資産としての眺望」を理由に解体が決まった。
解体決定までの詳細な経緯はわからないのだが、唐突な決定との印象が強い。
これにより、「資産としての眺望」が、錦の御旗のように威力を増すようなことがあったら大変だ……それが、不動産業界が動揺、困惑する理由だ。
富士山が少しでも見えなくなるような建物は断じて許さない、というような声が出て、マンション建設計画が頓挫するケースがあるかもしれない。
そのような事態を恐れて、富士山が少しでも見える土地は買い手が付かない……となれば、土地の売り手も困る。
いろいろな事態が想像されるので、動揺と困惑が広がっているわけだ。
苦労してつくっただろう建物を……
じつは、不動産業界には、もうひとつ、異なる声も出ている。
それは、せっかくつくった建物を解体するのは、見るに忍びないとの声だ。
建物の強度に不安があるとか、建築基準法に違反している、というなら、解体も仕方がない。
しかし、今回のマンションに建築上の不備はない。
多くの人間が苦労してつくりあげた建物である。そして、このマンションでの暮らしを楽しみにしていた人もいるはずだ。
解体されることになったマンションは完成間際だが、全戸完売してはいなかった。全18戸のうち、何戸が契約済みだったのかは「回答は控えたい」(積水ハウス)だった。そして、富士山がよく見える展望室のようなスペース付き住戸の買い手が決まっていたかどうかも分からない。
もし、富士山がよく見える展望室のようなスペース付き住戸の契約者がいたら、その人(家族)は、手に入るはずだった「資産として眺望」を失うことになる。
じつは、不動産会社の一方的決定で、契約者が新居での生活をあきらめざるを得なくなるのも、前代未聞の出来事だ。
新居での生活を楽しみにしている購入者のため、約束した期日通りに図面通りの建物を完成させて引き渡す。それこそがデベロッパー(開発者)である不動産会社の絶対的な使命である。
その使命を果たすことはできなかったのか。「手付け倍返しとお見舞い金」では済まない、理念にかかわる問題がある……この騒動、簡単に幕引きとはなりそうもない。