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隣人殺害事件で実刑判決 子どもが投げたBB弾が、近隣トラブルのきっかけ?

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真はイメージ:写真AC)

昨年9月、北海道旭川市で、小学生の女児が下校中に拾ったBB弾(おもちゃの銃のプラスチック弾)を他人の家に投げ込んだ。

これがきっかけで、女児の両親がこの家を訪ね、トラブルになった。その場で、両親はナイフで切り付けられ、子どもの目の前で父親が殺害された。

検察は加害者の男に対し、殺人と殺人未遂の罪で懲役25年を求刑していた。

これに対し、弁護側は、「襲撃に来た」と誤解したことによる防衛だったとして、殺人罪も殺人未遂罪も成立しないと主張していた。

審理の末に裁判所が言い渡した判決は、求刑通りの懲役25年の実刑判決だった。

羅生門効果とは……

実はこの事件では、検察側と弁護側で事実の認識が真逆だった。そのため、裁判員も事実認定に苦労されたに違いない。

例えば、加害者が女児に「いたずらしたことを学校に告げる」と言ったのか、言わなかったのか。

「イキんなよ」と言ったのは加害者なのか、被害者なのか。

女児の両親は加害者の家を謝罪のために訪問したのか、それとも恫喝のために訪問したのか等々。

こうした争いが報道されるたびに、黒澤明監督の映画『羅生門』が思い出される。

この映画では、一つの殺人事件をめぐり、被害者、被害者の妻、加害者が三者三様の証言をしたため、捜査が行き詰まる様子が描かれている。

原作は芥川龍之介の小説『藪の中』。ここから「真相は藪の中」という言葉が広まったという。

「羅生門効果」という学術用語も使われるようになった。それは、一つの出来事を経験した複数の人が、矛盾した主張をする現象を意味する。

大映映画『羅生門』(C) 1950 Kadokawa Herald Pictures, Inc.
大映映画『羅生門』(C) 1950 Kadokawa Herald Pictures, Inc.

上記の旭川夫婦殺傷事件にも「羅生門効果」が見られる。そのため、ここでは事件の論評は控えたい。その代わり、近隣トラブルの防止について考える。

一般論として、「想像力」や「予測能力」が乏しいと、気付いたら犯罪に走っていた、あるいは、気付いたら被害に遭っていた、ということになる。

では、どうすれば想像力や予測能力を高められるのか。

それには、「人は皆、違う」という「多様性」から出発しなければならない。相手が違うなら、相手の気持ちを想像し、相手の行動を予測しなければならないからだ。

しかし、日本では同調圧力が強いので、「皆、一緒」「皆、同じ」という「画一性」が、子どもの時から無意識に刷り込まれている。

日本人の訴訟嫌いも、「皆、同じ」という前提を崩すからだ。

皆、同じなら、努力して予測する必要はない。そのため、相手が自分の考えに合わない行動に出ると、驚いたり、激怒したりする。「あり得ない!」という嘆きだ。「皆、違う」と思っていたら、「あり得る」と思うはずだが……。

最悪に備える?

日本人がよく「想定外」と言い訳するのも、予測を怠っているからだ。

古代中国の兵法家・孫武が著した『孫子の兵法』に、「算多きは勝ち、算少なきは勝たず」というフレーズがある。勝算の有無を予測するシミュレーションの重要性を説く言葉だ。

しかし、「皆、同じ」という前提の下では、孫子が推奨するシミュレーションは必要ではない。

このように、「画一性」が支配的な社会では、相手の行動を予測するシミュレーションが不要である。

海外で普通に実践されている「犯罪機会論」が日本で普及しないのも、日本人のシミュレーション能力が低いからである。言い換えれば、日本が多様化社会ではないからだ。

「犯罪機会論」は、社会のリスク・マネジメントであり、その基本は「最悪に備えよ」である。最悪に備えなければならないのは、他人は自分と違う考え方をするからだ。

要するに、個人のリスク・マネジメントでも、社会のリスク・マネジメントでも、「多様性」が出発点なのである。

近隣トラブルを防ごう!

だとしても、日本がすぐに「多様性」や「個性」を重視する社会になるとは思えない。

そこで、今の日本のような画一化社会においても、近隣トラブルを防げる策を考えなければならない。

この点で、キーワードになるのが「近所づきあい」と「低姿勢」だ。

例えば、騒音問題の解決にも、近所づきあいは役立つ。

八戸工業大学の橋本典久名誉教授によると、近所づきあいが減少すると近隣への苦情が増加するという。

気になる音には、子どもの騒ぎ声、犬の鳴き声、テレビの音、掃除機の音など、さまざまなものがある。

ところが、近所づきあいのある人が出した音だと、うるさく感じないが、人間関係が希薄だと、ちょっとした音でもうるさく感じるようだ。

このように、日頃の近所づきあいは、敵意が生まれるのを防ぎ、近隣トラブルを回避できる。近所づきあいは、個人にとって、有効なリスク・マネジメントなのである。

では、近所づきあいがない相手には、どう向き合えばいいか。

それが低姿勢だ。低姿勢でいれば、相手が不安や恐怖を抱くことはない。

しかし逆に、高飛車に出ると、相手に不安や恐怖が生まれる。すると、脳内のリスク・マネジメントが発動し、ノルアドレナリンが分泌する。ノルアドレナリンは「闘うか、逃げるか」の二者選択を迫る物質だ。

要するに、相手を追い込めば、相手が攻撃的になるのは、自然の成り行きなのである。相手が戦闘モードになっても、「あり得ない!」ではないのだ。

ちなみに、古代中国の名将・韓信が取った「背水の陣」も、同じ心理メカニズムを利用したものである。わざと川を背にして戦うように布陣させれば、兵は決死の覚悟で、尋常でない力を発揮するというわけだ。

まさに「闘うか、逃げるか」の二者選択を迫る兵法である。

相手が「背水の陣」になるのを避けるには、低姿勢を貫くことが必要だ。相手が不安や恐怖を感じなければ、相手が攻撃態勢に入ることはない。

もちろん、低姿勢が近隣トラブルの解決に結びつく保証はない。

しかし、少なくとも、近隣トラブルが悪化し、凶悪事件に発展することは避けられるはずである。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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